「風の視線」
ますらをの一族

さてさて、そこはかとなく哀愁を漂わせる「愁わしの一族」と並んで、ワタシが愛好するのは男くさい魅力を振りまく「ますらおの一族」である。ただ男臭いだけではなく、彼らはギラギラとした野性味と同時に繊細な内面性をふとした拍子にちらっと覗かせるのが真骨頂。「愁わし」と「ますらを」のいずれにも属さないけれど好ましい俳優というのももちろんけっこう居るが、ワタシがどうしても惹きつけられてしまう男は、概ねどちらかに属しているように思う。というわけで今回は「ますらをの一族」について。
愁わしの一族

どういうものか、ワタシは昔から目元や雰囲気に哀愁の漂っている男が好きだ。
20代の頃、どういうタイプが好きなの?などと聞かれて、「肩先や目元に哀愁の漂う人かな」と答えたら「エエ〜!なに?その哀愁って!」などとのけぞられた事があった。「哀愁」について、「元気がない」だの「ウシロムキ」だのとしか捉えない人種というものが、世間にはけっこう多いのだなと認識した。それ以来、ニュアンスが伝わらなさそうな相手にはその場限り適当に口からでまかせなタイプを言い続けてきているが、昔から、ワタシの基本的な好みは殆ど変わっていない。それは大別して哀愁系と男くさ系とに分れる。
今回はそのうちの哀愁系の核を構成する「愁わしの一族」について。
「レス・ザン・ゼロ」 (LESS THAN ZERO)
〜弱さという泥沼〜
1987年 米 マレク・カニエフスカ監督

タイトルだけは知っていたが、つい最近まで一度も観た事はなかった作品。
80年代の青春スターというのは、ワタシにとっては魅力に乏しい俳優ばかりでいずれにもあまり興味が湧かなかった。アンドリュー・マッカーシーってどんな顔をしてたんだっけ?という感じで漠然と眺めていたら、若い若いロバート・ダウニーJrだの、若い頃から毒ダミのような役をやらすと存在感の光るジェームズ・スペイダーらがわらわらと登場して、ほほぉ、とちゃんと観る気になった。よくあるブラットパック物だろうと思っていたのだけど、次第にロバート・ダウニーJrの痛々しさから目が離せなくなった。
…そうか、こういう映画だったのね。
1987年 米 マレク・カニエフスカ監督

タイトルだけは知っていたが、つい最近まで一度も観た事はなかった作品。
80年代の青春スターというのは、ワタシにとっては魅力に乏しい俳優ばかりでいずれにもあまり興味が湧かなかった。アンドリュー・マッカーシーってどんな顔をしてたんだっけ?という感じで漠然と眺めていたら、若い若いロバート・ダウニーJrだの、若い頃から毒ダミのような役をやらすと存在感の光るジェームズ・スペイダーらがわらわらと登場して、ほほぉ、とちゃんと観る気になった。よくあるブラットパック物だろうと思っていたのだけど、次第にロバート・ダウニーJrの痛々しさから目が離せなくなった。
…そうか、こういう映画だったのね。
「Dr.パルナサスの鏡 」 (THE IMAGINARIUM OF DOCTOR PARNASSUS)
「シャネル&ストラヴィンスキー」 (COCO CHANEL & IGOR STRAVINSKY)
〜白と黒のエクスタシー〜
2009年 仏 ヤン・クーネン監督

あれこれと作られたシャネル映画の真打ちとの評判高い本作。時代設定も衣装風俗も建築も美術も、どれを撮っても絵になる時代だけに、いやが上にも期待は高まる。殊に、昨年観たシャネル前期がテーマの「ココ・アヴァン・シャネル」とは異なる“大人の”シャネルが観られるに違いないのでとても楽しみに待っていた。楽しみはもう1つある。デンマークのリーディング・アクター、マッツンことマッツ・ミケルセンがストラヴィンスキーを演じるとあってはいやがうえにも期待しないではいられない。都内では銀座、新宿、渋谷のミニシアターで公開されているが、ワタシはもちろん銀座のシネスイッチへ。
2009年 仏 ヤン・クーネン監督

あれこれと作られたシャネル映画の真打ちとの評判高い本作。時代設定も衣装風俗も建築も美術も、どれを撮っても絵になる時代だけに、いやが上にも期待は高まる。殊に、昨年観たシャネル前期がテーマの「ココ・アヴァン・シャネル」とは異なる“大人の”シャネルが観られるに違いないのでとても楽しみに待っていた。楽しみはもう1つある。デンマークのリーディング・アクター、マッツンことマッツ・ミケルセンがストラヴィンスキーを演じるとあってはいやがうえにも期待しないではいられない。都内では銀座、新宿、渋谷のミニシアターで公開されているが、ワタシはもちろん銀座のシネスイッチへ。





