2014年 米 Fox21 Showtime Networks他
ワタシが観ている海外ドラマの中では、「HOMELAND」と「パーソン・オブ・インタレスト」は、本国USでの放映と殆どタイムラグなしに日本でも最新シリーズが放映されている人気ドラマだ。タイムラグがないという事は嬉しい。半年や1年後というのではなく、USとほぼ同時ぐらいに観られるというスピーディさは、今の世の中、大事なことである。それに、吹き替え版を作っている時間がないから字幕版のみだというのも良い点だ。というわけで、本国USでもリアルタイムで6話分ぐらい先を放映している状態の「HOMELAND」Season4。相変わらずの面白さである。
Season3の最終話で、ブロディは「公開処刑」され、彼の子を孕んでいるキャリーは、その末期の姿を刑場のフェンスの外から見守った。その後キャリーはCIA内で昇進し、イスタンブール支局長というポジションを得て、ブロディとの子を産み落とすと任地に向かったわけである。臨時でCIA長官を務めていたソールは、CIAを去って民間会社に高給で転職したが、仕事も会社も好きになれないでいる。CIAを辞めてNYに転居した事を喜んでいるのは妻のミラだけである。どこがいいのかサッパリ分からないが、ソールはインド系の我の強い妻ミラを愛しており、離婚など論外である。妻は、夫がCIAを辞め、命の危険もなく長期に家をあける事もない民間企業に転職した事を歓迎しているが、ソールがCIAに戻ったら、忽ち離婚を決めて家を出ていくに違いない。
ソールもねぇ、あんな我儘なインド系妻なんか早々に分かれてしまって、パキスタン大使になっている昔の恋人とヨリを戻した方がいいんじゃないかと思う。もしかして、Season4で、そういう方向性が出て来るのかもしれない。そうしなさい、ソール。その方がいい。
余談だが、ソールを演じるマンディ・パティンキンはフランシス・フォード・コッポラに似ている気がする。だからどうという話ではないのだけど(笑)
Season4では、キャリーはイスタンブール支局長ではなく、アフガニスタンのカブールの支局長として活動している。より危険な前線地帯だから、空きが出たのを幸い、好んで手を挙げて異動したのだ。平和な土地では娘を呼び寄せて育てながら仕事をしなければならなくなるのを避けたかった事、そして何より、ストレスフルでも何でも、一触即発の最前線で仕事をしていなければ生きているような気がしないから、なのだろう。つくづく因果な性分の女である。
Season4では、始まって早々、情報提供者からの情報を元に支局長としてゴーサインを出した爆撃の命令が最悪の結果となり、非難を浴びるキャリー。イスラマバード(パキスタン)の支局長は有益な情報提供者を持っていたが、一方で彼もどこかに情報を流していた可能性が出て来る。その裏事情を訊き出す前に、イスラマバード支局長サンディは地元民の暴動に巻き込まれ、非業の死を遂げる。その場にキャリーとクインが居たが、サンディを助けようとしたキャリーが危険に晒されるのを防ぐため、クインはサンディを見殺しにする形でその場を去ってしまう。
このイスラマバード支局長の惨殺事件により、キャリーは国内勤務を命じられ、クインは自責の念からCIAを去ろうとし、苦しみのために酒浸りの日々を送るようになる。
酒浸り
当初、登場した時には何事にも動じないクールなプロフェッショナル、という雰囲気を横溢させていたクインだが、一緒に仕事をするうちに、いつしかキャリーに惚れてしまってから、人間的な弱さを折々に出すようになった。恋愛感情は、人としては人間性を増幅させるので良い事なのかもしれないが、工作員としては致命傷になりかねない弱点である。
アメリカに戻り、退職を認めないCIAの意向をよそに組織を離れたクインは、アパートで昼も夜も酒浸りの生活を送るが、アパートの管理人の女性と会話をかわした事から、いっとき交情を持つようになる。孤独なクインが、自分がそれまで生きて来た世界と全く無縁な、しかし、どことなく片隅で生きているフリークのような管理人の女性に、なにがしかの慰めを見いだした様子には、彼の荒涼とした心象風景と、しんしんとした孤独の深さが読み取れる。この管理人の女性はものすごく大きいのだが(縦横十分な横綱サイズ)、クインがそういう巨体の女性と交わる姿には、何がなし「善き人のためのソナタ」のヴィースラー大尉を想起させるものがあった。旧東独シュタージの工作員だったヴィースラー大尉も、無味乾燥だった彼の世界に、監視対象の芸術家カップルの教養豊かな世界が入ってきた事で人間性に目覚め、他者との人間的な関わりを求めたくなったのだ。たとえその相手が、中年の肥満した娼婦であったとしても…。
クインがいっときの慰めを見いだす管理人の女性は、かなりでっかいけれども痩せれば割に可愛いのではないか、という雰囲気を漂わせていたし、その容姿のせいでさんざん厭な思いもしてきただろうので、性格的に練れている、という感じもよく出ていた。クインは彼女と朝食を摂りに行ったカフェで、彼女の体型をあげつらった男たちを半殺しの目に遭わせたりもするのだが、それは彼のイライラが暴発した結果だったのだろう。自分を抑えられなくなっている。工作員としては非常にまずい状態である。
クインを演じるルパート・フレンドは、出て来た当初(2004、5年ごろ)は長髪の優男という雰囲気で、役柄も女たらしか、柔らかいフェミ男のような役が多かったと思うのだけど(「プライドと偏見」のウィッカムとか、「クレアモントホテル」のルードとか、「シェリ」のシェリとか)、うまい具合に優男路線を脱却して、「男」という感じになってきたな、と思う。元々、よく観ると顔の輪郭もエラが張っているし、あごも頑丈だし、眉毛も濃いし、鼻もしっかりしていて、造作的には男らしい顔つきではある。タイプとしては、若い頃のローレンス・オリヴィエっぽいかな、と最近思うようになった。優男から、男らしいセックスアピールもしっかりと出せるいい男に変貌した、という感じである。もちろん演技力があるのは言うまでもない。
優男時代
渋みを増してきた昨今
少し前、久々に「クレアモントホテル」(2005年)を観たのだが、長髪にざっくりセーター姿のルパート・フレンドは、ルックスはいかにもなモテ路線のイケメンで、おまけに感じが良くてスィートな青年をキュートに演じていた。現在のピーター・クインを観ていると、なんだか隔世の感がある。2009年の「シェリ」のあたりまで、ワタシは彼を優男専門職だと思っていた。
余談だが、ルパート・フレンドと「クレアモントホテル」で共演した老女優ジョーン・プロウライトは、ヴィヴィアン・リーの次にローレンス・オリヴィエの妻(つまり最後の妻で未亡人)になった女優。…というと、とても美しい女性を想像するが、わりに逞しい顔つきの女性である。でも、彼女こそは、ヴィヴィアンの双極性障害によるヒステリー発作に疲れ果てたオリヴィエが癒しを求めた女性なのだ。
「クレアモントホテル」で、ジョーン・プロウライトと
「クレアモント・ホテル」では、相思相愛だった夫に先立たれた老未亡人が、ロンドンの長期滞在型ホテルで、一人、暫く生活してみようと思い立ち、思いがけず作家志望の若者(ルパート・フレンド)と知り合い、晩年に心温まる人間関係を得て人生を終えるというお話。
プロウライトの老未亡人は、オリヴィエに先立たれた彼女自身のイメージをダブらせた役。亡き夫に独り言のように話しかけるパルフリー夫人の姿は、そのまま彼女自身の姿に重なって見えたりもする。それで、なんとなくローレンス・オリヴィエについて考えたりしながら観ていたので、若い頃は優男風味だけれども年齢とともに段々と男らしい風貌のハンサムマンになった、という点で、ルパート・フレンドって、オリヴィエにちょっとタイプが近いんじゃないかな、と思ったりしたのかもしれない。
…と、クインを演じるルパート・フレンドの話はこれぐらいにして、一方のキャリーはというと、Season3では、どんどんお腹が大きくなっていくのに、堕ろす決心もつかず、かといって育てる決意も固まらないまま、非常にショッキングな形でブロディとの別れが訪れ、やがて臨月を迎えたキャリーは、子供が生まれてくる事を本気で恐れながら、女児を産む。
キャリーは到底、母親には向かない女である。自分でもそれをよく分かっている彼女が赤ん坊を生んだのは、それがブロディの子だったからに他ならない。ブロディの子でなかったら、とっくに堕ろしてしまっていただろう。腹の子が唯一、ブロディと自分を繋ぐよすがになる、と思えば、いかに自分が母親に向かなくても堕ろす事は出来なかったのだ。
そうして、キャリーは生物学的には母親になったものの、生みっ放してすぐに海外の任地に赴き、子供は姉に押し付けてそのままになっている。姉には既に3人の子供がおり、夫も仕事もある身だが、身勝手なビョーキの妹が生んだ乳飲み子に振り回されて自分の生活はむちゃくちゃになってしまっている。そんな折、イスラマバードの一件で国内勤務を命じられたキャリーは、故国に戻り、いやいやながら現実と向き合う羽目になる。待ち構えていた姉は、キャリーに母親としての自覚と責任を持たせようと懸命になるが、キャリーがなけなしの母性を総動員しても、自分とブロディとの血を分けた赤ん坊(娘)に愛情が湧いてこない有様を描いた2話目は、キャリーという女の身勝手さと欠陥ぶりが、非常によく分かるエピソードだった。
ブロディの子を生んだが、どうしても愛情を持てない
クレア・デインズはまさにキャリーになりきっていて、デインズという女優は消え、キャリーという双極性障害を抱えた女が、自分が生んだ幼児を持て余している姿が如実に画面に映っていた。キャリーの姉を演じている女優も巧かったと思う。勝手に産んでおきながら、姉がいるのをいいことに育児放棄している妹に怒りながらも、まだ赤子である姪を放り出す事が出来ない姉の心情が本当によく伝わって来た。
困ったちゃんの妹キャリーに振り回される人のいい姉マギー
自分の子供にどうしても愛情を持てないキャリーだが、一方で子供をカゴごと助手席に乗せ、かつてブロディが家族と住んでいた家の前に行ったりもする。そして、「パパはあなたの事を喜んでいたわ」と子供に語りかけるのだ。どうしても愛せない我が子に…。
キャリーには、国内に住んで子供と向き合いながら仕事をしていく事など到底できない。なんとか子供を姉に預け飛ばして、陰謀渦巻く、血沸き肉踊る現場に戻りたくて仕方がないのだ。そうしなければ、平常心を保つ事ができずに、おかしくなってしまうに違いない。…つくづくと因果な性分の女なのである。
キャリーが子供を風呂に入れていて、手を滑らせて娘を溺れさせそうになってしまうシーンがある。そこで、ふと魔的な誘惑にかられて、小さな厄介者を処分する、という方向に気持ちが向かいかけるシーンなど、いかにもキャリーならさもありなん、という感じだった。今は、あなたを何故生んだのか分からない、と幼い娘に語りかけるキャリー。いずれ姉の養子になるのかもしれないけれど、この幼い娘はどんな大人に育つのか…。
どこから借りて来た赤ん坊だか知らないけれども、キャリーの娘として登場する赤ん坊が、赤毛で、色素が全体にちょっと薄そうな、目元のキョトンとした感じなど、どこかブロディに似ていた。よく似た子供をキャスティングしたなぁ、と感心してしまうぐらいに、あの赤ん坊はブロディを演じるダミアン・ルイスに似ていると思った。
長官と取り引きをしたキャリーは、イスラマバード支局長として、再び現場に戻る事に成功する。最前線で活動を始めたキャリーに請われ、一度は組織を離れようとしたクインは、再び最前線の現場に復帰することをしぶしぶ了承する。
…一途なクイン。彼の気持ちはキャリーも重々知っている。だが、有能な工作員としてのクインを必要とはしているが、男としてのクインを求めてはいないのがキャリーである。キャリーはブロディを愛しているのだ。それをクインは百も承知である。しかし、彼は自分でも知らないうちにキャリーに惚れてしまったのだ。無意識のうちに、彼女を救うためなら他の人間を犠牲にしてしまうほどに。
キャリーの身辺はキナ臭い。だから離れていたかったのだが、彼女に懇願されると、ほだされないわけにはいかないのである。惚れた弱みというのは、本当に弱点だ。
ピーター・クイン役は、俳優にとってはけっこう美味しい儲け役だと思う。ルパート・フレンドも、いい具合に新生面を出しているし、役にも合っている。実らぬ想いを抱えて、一人でじっと耐えているクインの姿は、毎度胸きゅんである。
ブロディが還らぬ人となった今、クインにも大いにチャンスはあるのかもしれないが、しかし、ブロディは本当に還らぬ人となったのか?
ワタシは、これについてはSeason3の最終回を観た時から、眉唾だと思ってきた。最近の潮流として、「死んだと思わせておいて、ところがどっこい ギッチョンチョン」という展開があまりにも多いため、死んだということになっていても疑いの目で見る癖がついてしまっているのだ。少し前に「気になるドラマの新シーズン」で書いたように、ワタシはブロディは死んだと思っていない。「HOMELAND」はクレア・デインズとダミアン・ルイスがW主演のドラマであるし、レギュラー出演者が7年縛りということは7シーズン続く筈のドラマの中盤で、主役の一人が出なくなってしまうというのはあり得ないだろう。それに、死にでもしない限り、地の果てまで追われそうな状況だったブロディにとって、最善の方策は処刑されて死んだ事を衆人環視の中で見せつける事しかなかっただろう。それ以上追われないために公開処刑の場で死んだフリをキメこみ、以後の追求を逃れて地下に潜ったのだ、と。多分それで間違いはないだろうと推察する。
そして民間企業に再就職したソールは、代行ではないCIA長官に返り咲くのであろう。かくしてキャリーの身辺には、なじみの男たちが再び雁首を揃えるのである。
…というわけで、微妙にリアルなアメリカの中東情勢を盛り込みつつも、その中に折々、人間の業や、宿命や、それでも捨てられない愛や、祖国や家族への複雑な想いの交錯する「HOMELAND」。Season3は怒濤の展開だったが、ブロディ絡みで、観ていて非常にしんどいシーンも多かった。Season4は、これまでの展開では異様にしんどいシーンもなく、しかし緊迫感と人間ドラマをはらんで推移しており、このドラマ特有の面白みに満ちていると思う。