「アルフィー」

~気がつきゃ夜風が身にしみる~
2004年 米 チャールズ・シャイア監督


目下、最高の当り役か

さして期待していなかった映画だけど面白かった。脚本と演出のセンスがいいせいだろう。殊に脚本がいい。監督・脚本チャールズ・シャイア、なかなかである。アルフィーの語りで進められていくというノリの良さと、彼の台詞にちりばめられた人生の警句がそれなりに的を得ていて、ふふーんと思う。イギリス男アルフィーはN.Y.でリムジンの運転手をしながら、知り合うさまざまな女たちと気軽な遊びを楽しんでいる。ぼろアパートに住んで、服装だけには分不相応な金をかける主人公はどこかで見た誰かのよう。そう男版・神野桜子である。
「人には賞味期限がある。女は男よりいい思いをする。だから男よりも賞味期限が短い」
「すべて終わりのある関係には”あ?あ”の瞬間が訪れる。ほんのちょっとしたことで突然、関係の終わりを予感する」
さよう、その通り。まさにいい得て妙である。


 「アガサ 愛の失踪事件」

~身長と男前度は比例しない~
1979年 米 マイケル・アプテッド監督



この作品は、とにかく時代背景と時代風俗が大好きな20年代であるところにもってきて、キャストも撮影も良かったので昔から大好きな映画の1本である。とにかく男女の服装に建物、車、食器、家具、小道具など全ての物がデザインが良く、今みてもとても洒落た形をしている。おまけに音楽はチャールストン。このチャールストンダンスを身長差をものともせずダスティン・ホフマンの記者とバネッサ・レッドグレーブのアガサが踊るシーンがあるが、ユーモラスでいいシーンである。この作品では悉く二人の身長差を印象付ける事で演出上の面白みを出そうとしている。撮影はビットリオ・ストラーロ。さすがの光線使いである。音楽はジョニー・マンデル。メランコリックな主題曲が雰囲気を盛り上げている。

14歳という年齢 その2

そして14歳というともう一人、即座に脳裏に浮かんでくる少女がいる。ナディア・コマネチである。14歳当時の彼女の写真をみると、本当に「サブリナ」のヘップバーンを思わせる美少女で、ヘップバーンから愛嬌を除くとコマネチになる、という感じである。彼女は愛想がなく、かわいげもなく、ニコリともしない美少女で、その動かない表情の背後には、鉄のムチが唸る共産圏のステートアマシステムが厳然として存在していた。そして彼女はそのシステムが生んだ最大のスターであり、犠牲者でもあった。

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14歳という年齢 その1

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永遠の14歳 ビョルン=タッジオ

14歳というのは特別な年齢だと思う。17?8歳では育ちすぎて少年・少女というイメージから離れだすし、12から13歳では幼すぎる。14から16歳が少年・少女期のミッドな年齢だと思うが、中でも14歳というのは何かスペシャルな年齢のように思えて仕方がない。少年期のもっとも少年らしい時期であるとともに、美しい少年少女にとっては、最も美しい時期=人生のプライムであったりもする。その時期を過ぎるといかな絶世の美少年・美少女といえども凡庸なものに変容していかざるを得ない。

「理想の結婚」

~相手に幻想をもたぬこと~
1999年 英 オリバー・パーカー監督



「ゴスフォード・パーク」でジェレミー・ノーサムを観てふとこの映画を思い出したので、引き続き英国上流社会モノ「理想の結婚」などをひとつ。原題は「AN IDEAL HUSBAND(理想の夫)」。かのオスカー・ワイルドの原作である。ワイルドの原作ものではつい最近も「ウインダミア夫人の扇」が「理想の女(ひと)」というタイトルでリメイクされたが、定番的な人気があるようだ。

「ゴスフォード・パーク」

~イギリス俳優名鑑~
2001年 米 ロバート・アルトマン監督



つい最近まで、ワタシはこの映画の事を知らなかった。映画ブログをやっているにしては迂闊な話だけれど、2001?2年あたりは、あまり新作映画に興味がなく、劇場に映画を見に行くこともあまり無く、映画界の動向にもさして興味がなく、だからアカデミー賞にも注目していなくて、すべての面でこの映画が意識から抜け落ちてしまっていたらしい。そんなわけで今ごろになって初めて観たわけなのだけど、観たら昨今気になる俳優がテンコモリに出ていて、今観て正解だったのかもしれない、と思った。

 「恋は邪魔者」

~かわいいお遊び~
2003年 米 ペイトン・リード監督



格別出来がいいわけでもなんでもないのだけど、なんだか好きな映画というものがある。ワタシにとってこの映画などはその最たるものかもしれない。マンガチックなコメディで、映画としては50~60年代の脳天気なラブコメのパロディなのである。全編これパロディ。昔のコメディをいまどきの俳優で作りなおしたらどうなるか?というお遊びの映画である。パロディとしては本当に良く出来ている。だからパロディとしての出来映えをうふふふふん、と面白がる観客にしか受けない。そうでない人には、ただの馬鹿馬鹿しいコメディに過ぎない。だから興行成績も悪かった。さもありなんと思う。これが今の世の中で大ヒットしても奇妙なものだろうと思う。ただ、そこそこお金をかけてこういう徹頭徹尾趣味的な映画を作るというマインドには拍手を贈りたい。たまにはこんな無駄があってもいい。無駄だけれど楽しいお遊び、それをこそ贅沢と言うのではあるまいか。


遠いお江戸が近くなる 「江戸アルキ帖」

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文政四年 竹屋の渡し

杉浦日向子という人は、TVなどに出てしゃべっているのを見て苦手な感じがしていたのだけど、これを読んで一挙にこの人に対する見解が変った。ねっちょりと女臭い人のように思っていたのだけど、かなり男前な性格の人だったようである。お見逸れしていた。これの第2弾やソバ屋探訪記の新作などを楽しみに待っていたら、一昨年、訃報を聞いた。ナンシー関の訃報を聞いた時ほどではないが驚いた。人間、いつなんどきどんな事になるか分ったものではない。やりたいと思った事は思い立った時にやっておかねばならない、と思ったりした。

「トゥームレイダー」

~ファザコン娘のマッスル大冒険~
2001年 米 サイモン・ウェスト監督


逞すぃララ

前に一度、サササっと見たと思っていたけど、今回見てみたら殆ど覚えているシーンが無かった。居眠りでもしてしまったのかもしれない。だから、けっこう新鮮な気持ちでレディ・クロフトの大冒険を見た。多分、前に見た時は冒頭のいかにもゲームっぽいロボットとの格闘シーンで眠気を催して、そのままうつらうつらしてしまったんだと思う。にしても、なんたら卿の娘、という設定ほどアンジー・ジョリーから程遠いものはあるまい。あのクチビルに、あの爆弾オッパイである。でも、鍛えぬかれた肉体でこれでもかと身体能力を誇示するアンジー先生にはさすがの一言。あの両側の回廊から伸縮ゴムみたいなので釣り上げられて、くるくると回転しながら上下するエクササイズ(サルティンバンコか中国雑技団かというようなシーン)を撮影するには、やってるマネだけでも相当全身に筋肉がついていないと出来なかろうと思われる。

悪魔の囁き 「アロイス」

1975年 小学館 萩尾望都 著

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萩尾望都の作品で最初に読んだのは「トーマの心臓」だった。多分、中学生の頃だ。萩尾望都は既に名声の確立した少女マンガ界の巨匠であり、「ポーの一族」「トーマの心臓」は名作として古典的名声を打ち立てていた。