「京化粧」

~昭和の二枚目 佐田啓二

1961年 松竹 大庭秀雄監督


あぁ、前髪が切なくてよ

ワタシは佐田啓二という俳優がとても好きだ。子供の頃に初めてTVで彼の映画を観た時から、無条件に好きだった。のちに敏ちゃんこと三船敏郎も愛するようになったが、日本の二枚目俳優としては一貫して佐田啓二を愛し続けている。同じ前髪パラリの二枚目では、松竹の佐田啓二に対して、東宝の池部 良がいる。うちは両親とも池部 良ファンで彼のエッセイ本もかなり揃えている。東京っ子でサッパリした池部 良はワタシも嫌いではないが、佐田啓二は子供だったワタシが誰にサゼスチョンを受けたわけでもなく、何の先入観もなく、ただ画面に現れた彼を観て「いい感じ!」と思った二枚目である点で特別な存在である。そんな佐田啓二の特集が現在、神保町シアターにおいて「男優・佐田啓二」と銘打って行われている。いとしの佐田啓二をスクリーンで観られる上に、しかも場所は神保町である。味わい深い。これは行かずばなるまいて。

「キャデラック・レコード」 (CADILLAC RECORDS)

~ビヨンセの “At Last”~

2008年 米 ダーネル・マーティン監督



今年の夏は7月こそ少し蒸し暑かったものの、8月に入ると妙に曇って涼しくなり、朝と晩にはそよそよと風が吹いて、20日を過ぎると夜には秋の虫が一斉に鳴きはじめた。もう秋が来ている。確かに猛烈に暑いのは疲れる。涼しいと楽でいいし、来年は花粉の飛散量も少ないだろうから有難いのだけど、モワリと生ぬるく気の抜けた夏を象徴するかのように、8月の封切り映画はワタシ的には何となく食指の動かないものが殆どだった。が、この作品だけはひと月程前にトレーラーを観た時から行こうと決めていた。そんなわけで今回は、ワタクシが8月に唯一映画館に足を運んで観た映画、「キャデラック・レコード」でございます。

「インディアン・ランナー」 (THE INDIAN RUNNER)

~メッセージは、捕まらない~

1991年 米 ショーン・ペン監督



ショーン・ペンの初監督作品である本作は、彼が自ら脚本も書いている。前からなかなか良いらしいという噂は聞いていたのだけど、観る機会がなく打ちすぎていたが、このほど映画チャンネルにて観賞した。この作品は何と言っても、若くてロンゲで危うくて不気味なヴィゴ・モーテンセンありきの映画だが、彼の存在をより際立たせているのは堅実でまっとうな兄を演じたデヴィッド・モースの懐深い安定感である。この兄弟の父役で、老人になったチャールズ・ブロンソンが顔を見せる。ブロンソン登場で、ワタシのこの作品への印象は格段にアップした。その他、被害者になるためだけに登場するようなデニス・ホッパーも出演シーンは短いのに存在感は強烈。さらにヴィゴの彼女を演じるパトリシア・アークェットも上手い。美人度は姉ロザンナの方が上だが、演技力は妹に軍配が上がる。ヒーローの兄とアウトローの弟。構図が些か図式的過ぎるキライはあるが、ひと口には語れない兄弟の関係というものを描いてみせた手腕は、さすが、やんちゃくれでも才能のあるショーン・ペンならではだと思った。

「スパイダーマン2」 (SPIDER-MAN 2)

~悩める Eensy weensy spider~

2004年 米 サム・ライミ監督



アメコミ物に興味のなかったワタシが、初めて「お!」と思ったのがサム・ライミの「スパイダーマン」(2002)だった。1作目の封切り時に最初に予告編を観た時の、あのビルの谷間をひょうーん、ひょうーんと渡ってくるスパイダーマンの浮遊感に「ほぉ」と感心した事をいまだに新鮮に思いだす。あれこれと悩み多き若者ピーター・パーカーのキャラ設定もしんみりとして翳があり、単純なアメコミヒーロー物の枠を脱していた。私生活で踏んづけられまくりのピーターは、スパイダーマンになっても労多くして報われない事夥しいので、ちっとぐらいは報われてちょうだいな、と思いつつ健気に奮闘する姿を見守ってしまうわけである。スパイダーマン・シリーズは外れがないというのが定評で、確かにどれも面白い。が、シリーズ3作のうちでワタシは2作目が一番好ましい。というわけで、今回はスパイダーマン2。

「落下の王国」 (THE FALL)

~絶景のただ中への落下~

2006年 インド/英/米 ターセム監督



ターセム監督の作品は数年前に「ザ・セル」を観た。「ザ・セル」も非常に印象的な作品で、ジェニファー・ロペスが好きでなくても、サイコパスの連続殺人犯を扱ったサスペンスであろうとも、その、人の心の中(殊に犯人の心の中)を描く心象風景の描写が奇妙な静けさと不気味さをともなって、美しく、哀しく、夢魔のようで、忘れがたい映像美と映像感覚だった。あの有名な馬の胴を輪切りにするシーン(このシーンだけで語られる事も多いけれど)だけではなく、漂白された女性の死体など、不気味でおぞましくもある反面、全編奇妙な美しさとストライキングな色彩感覚で彩られていて、時折思いだしてはふと観てしまう作品だったのだが、そのターセム監督が「ザ・セル」の次に繰り出したのが「落下の王国」だ。あの独特の映像感覚がファンタジー主体の映画で全面的に展開することを思うと心踊り、トレーラーを最初に観た時には絶対に劇場に観に行く!と思っていたのに、いざ封切りになるとなんだかその気がなくなり(気分屋なもので…)、放置しているうちに早朝またはレイトショーでしか上映されなくなってしまって、もはや行くのが億劫になり、劇場で観るのは断念した次第。

「トーク・トゥ・ハー」 (HABLE CON ELLA)

~この愛の物語~

2002年 スペイン ペドロ・アルモドバル監督



アルモドバル監督作品は、最初に「バッド・エデュケーション」を観てしまったので、そのむわぁっと濃い世界に些か引き、次に手に取ってみた「オール・アバウト・マイ・マザー」もなんだか疲れそうで、開始15分ぐらいでDVD観賞を中断した。そんなわけで、アルモドバル作品にはなかなか手が伸びなかったのだが、この程、ふとその気になって「トーク・トゥ・ハー」を観てみた。アルモドバル監督の良さが初めて分った気がした。脚本が良い。音楽が良い。そして映像が美しい。その魅力的な音楽と映像を強力な磁力として有効に使いながら、それぞれに昏睡状態の女を愛する二人の男の運命の交錯を綴っていく演出力はさすがの一言。久々に気持ちよく映画の世界に入る事ができた。

思い出の化粧品モデルたち


山口小夜子

つい先日、本棚やクロゼットを整理していたら、古い記事や広告の切り抜きが出てきた。これらは小学生の頃からの切り抜きで、懐かしいものが一杯フォルダに挟まれて詰まっていた。沢山の黄ばんだ昔の新聞記事や、雑誌の広告の中に山口小夜子の写真があった。ワタシが子供の頃にTVで観た化粧品のイメージモデルで一番印象深いのは資生堂の山口小夜子である。小学校低学年だったと思うけれど、「ベネフィーク」というシリーズのCMモデル(のちに「リバイタル」にシフト)だった山口小夜子には強い印象が残っている。その非常にオリエンタルな、人形のようにパツパツっと切れたボブヘアは、当時流行っていた一条ゆかりの漫画のヒロインとイメージが被ったせいもあり、その目の化粧とともに忘れようたって忘れられないインパクトだった。

ファラオの墓と矢車草



ついこの前、NHKで、最近発見されたツタンカーメンゆかりの王族の墓を調査したドキュメンタリーを観た。ツタンカーメンの妻だったアンケセナーメンの墓だろうと研究者が色めきたった墓だったが、棺の中にあったのは2つの大きな石だった、という結末で、拍子抜けがするというよりもミイラとなっても気の毒なアンケセナーメンに対して、しんとした気分になった。そのドキュメンタリーの中でも紹介されていたが、ツタンカーメンの墓には蓋が締まる前に妻アンケセナーメンがすばやく入れたと思われる枯れた矢車草の花束があった。このアンケセナーメンの矢車草と、その花束をどんな財宝よりも美しいと言ったツタンカーメンの王墓発見者ハワード・カーター。
このエピソード、ワタクシなんだかとても好きなんですのよね。

「扉をたたく人」 (THE VISITOR)

~心の震えを取り戻す ということ~

2007年 米 トム・マッカーシー監督



トレーラーを観たかぎりではさして引っ張られなかったのだけど、案外良いらしいという評判は漏れ聞こえてきていたので、終了しないうちにと恵比寿ガーデンシネマにて観賞してきた。とにかく主演のリチャード・ジェンキンスの演技に尽きる映画。心を閉ざした偏屈者の教授が音楽を媒介に再び人間性を取り戻していく様子が静かに丁寧に描かれている。監督は俳優のトム・マッカーシー。監督のトムも、主演のリチャード・ジェンキンスも、顔は知っているが名前まではチェックしていなかった俳優だったが、いや?今回、しっかりと覚えさせていただきました。