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コーチ選びが死命を制す



どうも昨年あたりから流れがあまりにキム・ヨナに向かっているので、
よほどの事でもない限りは勝てないだろうと思っていたけれど、
やはり浅田真央は銀メダルに沈んだ。
浅田真央がキム・ヨナに勝てなかったわけはただひとつ。
コーチ選びを誤ったせいである。
実力で負けているわけではない。容姿でももちろん負けてはいない。
二人の明暗を分けたのは、バンクーバー五輪に向けて、
どういうコーチを選んだか、という事に尽きると思う。

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「女殺油地獄」 (おんなころしあぶらのじごく)

~女は魔物、男は子供~
1992年 松竹 五社英雄監督



これも随分前に、樋口可南子が油まみれになっていたなぁ、と漠然とは記憶していたが、本編を見た事はなかった。が、例によって映画チャンネルより流れてきたのを捕獲、観賞してみた。監督の名だけでは見なかったと思うが、この作品には樋口可南子以外にも実はけっこう役者が出ておりまして。岸辺一徳 真一、石橋蓮司に藤谷美和子と、クセモノ勢ぞろいで俄然食指が動いた。五社英雄お約束の「女の掴み合い」シーンもさらっと一箇所あったが夢の中の事に止めて、近松モノですゆえ男女の情念がメイン。でもドロドロ感はあまり感じず、陰影に富んだ映像の中で、二人の魔性の女に翻弄される男の顛末が妖しく美しく描かれている。遺作になった作品ゆえか、五社英雄のいつものギラギラ感はなく、エッセンスだけがスっと染み出している雰囲気の作品。題材のわりにドロドロしていないのは樋口可南子の個性も影響しているかもしれない。

「早春」

~ささやかでも、退屈でも、まわり道があっても~
1956年 松竹 小津安二郎監督



日本映画黄金期の前髪パラリ系二枚目と言えば、松竹の佐田啓二と東宝の池部 が双璧だ。その池部 が東宝から松竹の小津作品に他社出演したのがこの「早春」。ワタシは小津作品では「麦秋」が一番好きだけれど、小津の王道世界ともいえる「麦秋」と並んで、やや異色な「早春」も好きな作品だ。ヌボーっとしてるだけなのになんだかモテる既婚のサラリーマンを池部 がさらりと演じている。倦怠期で気持ちがすれ違いつつある妻に淡島千景池部がつい火遊びしてしまう若いタイピストに 恵子は水際立った容姿で目を引く。映画が制作された時代においては尚更だが、今見てもこんなOLはそうそう居ない気がする掃き溜めの鶴っぷり。垢抜け度合いが時代を超越している。

冬季五輪雑感



時折、思い出したように深夜のハイライトなどを見ている冬季五輪ですが、
冬の競技って、マイナーなんだけどさりげに命ギリギリ、みたいなモーレツ競技
多いですわね。名づけて「特攻野郎Aチーム」系競技とでもいいましょうか。
その最右翼はトリノから正式種目になったらしいスノーボードクロス。
いやもう、命知らずに吹っ飛んでいくねぇ。
昔からあるアルペンの滑降なんかもけっこう凄いけど、今回、うっひゃ?と
思ったのは断然スノーボードクロス。命知らず度No.1競技という感じ。

「イングリッシュ・ペイシェント」 (THE ENGLISH PATIENT)

~愛と死 そして砂漠~
1996年 米 アンソニー・ミンゲラ監督


この作品については、封切り当時はさして興味がなくスルーしてしまい、1年半ぐらい前にコリン・ファースが出ているので一度観たものの、ご贔屓コリンがあまりにルックス的にも役柄的にも冴えない寝取られ男を演じていたのと、苦手なジュリエット・ビノシュが出ていたのとで、観賞熱が薄れ、サササと観て終了してしまっていた。この次はちゃんと観てみようと思っていたところ、映画チャンネルで放映される事が分ったので録画しておいて真面目に観賞。 ふ???。 さてもさても、いと物狂おしき砂漠の大ロマンスかな。

復権なるか、日の丸飛行隊



夏も冬も始まる直前まではどうでもよくって、「あれ?今年だったっけ?」なんていうぐらいに興味薄なオリンピックだけれど、いざ始まると何となく気になるもんですね。本日の東京は(今日に限らずここ数日はずっとだけれど)非常に寒くて天候も悪いので、こんな日は暖かいおうちの中でワインでもちびちびやりつつ、開会式でも眺めているのが平和でよろしいかもしれません。明日はお出かけ日和、今日はおこもり日和。
さて、今年はバンクーバーがどうした事かやけに生暖かくって雪などおぼつかないというありさまらしいけれど、競技会場のあたりは大丈夫そうだということ。でも大丈夫じゃなくたって、この際バンクーバーはどんな手段を使っても大丈夫にするしかないでしょうね。雪がなくっちゃ話にならぬものね。

「インビクタス/負けざる者たち」 (INVICTUS)

~イーストウッドの直球勝負~
2009年 米 クリント・イーストウッド監督




2月の封切り作品はほとんど食指の動かないものばかりなので、2月は旧作月間と参りましょう、などと思っていたのだけど、友に付き合って観る予定のなかった本作を観賞することに…。

「風の視線」

~オトナの男・佐田啓二
1963年 松竹 川頭義郎監督



まだ一度も観た事のない佐田啓二のレアな出演作を観てみようという事で、ピックアップした松本清張原作の「風の視線」。共演者には新珠三千代岩下志麻とくれば、万一ハズしてもそこそこ楽しめるかもしれぬしね、などと思って観賞スタート。

ますらをの一族



さてさて、そこはかとなく哀愁を漂わせる「愁わしの一族」と並んで、ワタシが愛好するのは男くさい魅力を振りまく「ますらおの一族」である。ただ男臭いだけではなく、彼らはギラギラとした野性味と同時に繊細な内面性をふとした拍子にちらっと覗かせるのが真骨頂。「愁わし」と「ますらを」のいずれにも属さないけれど好ましい俳優というのももちろんけっこう居るが、ワタシがどうしても惹きつけられてしまう男は、概ねどちらかに属しているように思う。というわけで今回は「ますらをの一族」について。

愁わしの一族



どういうものか、ワタシは昔から目元や雰囲気に哀愁の漂っている男が好きだ。
20代の頃、どういうタイプが好きなの?などと聞かれて、「肩先や目元に哀愁の漂う人かな」と答えたら「エエ!なに?その哀愁って!」などとのけぞられた事があった。「哀愁」について、「元気がない」だの「ウシロムキ」だのとしか捉えない人種というものが、世間にはけっこう多いのだなと認識した。それ以来、ニュアンスが伝わらなさそうな相手にはその場限り適当に口からでまかせなタイプを言い続けてきているが、昔から、ワタシの基本的な好みは殆ど変わっていない。それは大別して哀愁系と男くさ系とに分れる。
今回はそのうちの哀愁系の核を構成する「愁わしの一族」について。