「運命の逆転」

~ジェレミーのすだれ頭~
1990年 米  バーベット・シュローダー監督

 すだれのジェレミー

ワタシはこの映画で初めてジェレミー・アイアンズという人を見たので、この方ったらイギリス紳士で男前だけどスダレっておられるのね、などと思っていた。その後、他の映画に出てきてスダレてないので、あら、カブっておられるのね、などとまた思っていた。数年して、どうもそうではなくこの「運命の逆転」の時にカトちゃんにも負けぬハゲヅラを乗せておられたのだ、とようよう思い至ったのだけど、そのぐらい強烈な印象のスダレっぷりであった。しかも、そんなスダレであるにも関わらずモテモテで、悠々たる紳士ぶりで終始人を食ったような態度のまま99%は間違いなくクロでも、もしかすると違うのか、と思わせてしまうクラウス・フォン・ビューローという不可解な人物の不可解さを表現しきっていた。そして植物人間になってしまう富豪の妻・サニーに扮したグレン・クローズもさすがの存在感である。お金だけは腐るほど持っていても人間けして幸せにはなれない、という事をこのサニーという女性ほど体現している存在もないだろう。彼女は酒に溺れ、各種のドラッグに手を出し、根深い孤独と退廃の中で生きていたのだった…。



 堂々たるグレン・クローズ

最初の結婚生活も夫に裏切られ、今度こそはと思いつつ敗れる幸せな結婚生活の夢。
妻に対して態度は従順でも陰では愛人を拵えている夫クラウス。物語はベッドに寝たきりの妻サニーの語りが適宜入って緊迫感を失わずに最後まで流れていく。
昏睡状態の時も、元気な時も、サニーを演じるグレン・クローズはほぼ完璧といえる人物造形でサニーその人になりきってみせる。トイレで昏睡に陥るシーンでは大理石の冷たい床の上でパンツ丸出しで横たわる。この倒れた姿や、病院で植物状態になっているシーンがやたらにリアルで、さすがクローズ!と思わせる。



そして、クラウスを演じるアイアンズの人を食った様子ときたらアッパレなほどで、一審で有罪判決をくらって控訴を決め、ハーバード大の教授で弁護士のアラン・ダーショウィッツに弁護を依頼する。ダーショウィッツは当初乗り気ではないが原告側の証拠集めのやり方に憤りを感じたので弁護を引き受ける気になる。「ひとつ有利な点がある。君は嫌われている」というダーショウィッツに、クラウスは悠然と「では、そこから始めよう」と言う。この弁護士と被告の間の人を食ったやり取りも面白い。ダーショウィッツはユダヤ人である。教授が本業で弁護士で生計は立てていないので憤りを感じた事件の弁護のみを引き受けるというポリシーを持つ。それと同時にダーショウィッツにはクラウス・フォン・ビューローという男に対する興味もあったのだろう。フォン・ビューローには母親殺しの容疑がかかった過去もあったが、その時も無罪で切りぬけているのだ。法律家であれば、こんな人物には興味を持つに違いない。
クラウスがダーショウィッツの家を尋ね、彼の教え子たちで構成されている弁護チームにあれこれと質問攻めにあいつつも、平然とあれこれ答えるシーンなども興味深い。サニーは二度昏睡になるのだが、最初の昏睡は結婚生活に絶望した彼女が自殺を企てたからだったとにおわせる。何故か?と訊かれて自分は散々浮気をしていながら平然と「彼女は不幸だったのだよ」などと答える。煮ても焼いても食えない男である。

 食えない男

植物状態のサニーが淡々と語る二人のなれそめの場面は全編中で唯一ロマンティックで美しい場面である。アメリカの富とヨーロッパの爵位というのは結びつき易いが、サニーの最初の夫もヨーロッパ貴族で、しかも若くてハンサムで浮気者。ヨーロッパ中の美女と寝ている男だった。その最初の夫と共に招かれた知人の城でサニーはクラウスと出会い、恋に落ちる。園遊会に突如紛れ込んだ虎に周囲が恐れをなす中、人よりも動物が好きなサニーは悠然とこの虎に餌を与え、そんなサニーの傍に近寄ったのはクラウス一人だった。この時、二人の間には確かに何かが通じ合っていたのだ。

 "あの日に帰りたい"

しかし、歳月は流れ、二人の間にあった何かは死に絶えてしまった。
それにしても、欧米の夫婦というのはこんなに愛情が死滅しても、まだ形式的にダブルベッドに並んで眠ったりしなくてはならぬものだろうか。寝る前にはクラウスは耳栓をしてくるりと背を向けてスタンドの灯りを消す。背中を向けて寝るんだったら別の部屋に分れて一人で真中に寝た方がよほどせいせいするだろうに、とワタシなどは思ってしまう。原告側の強引な証拠集めの方法もあいまって、結局はフォン・ビューローは無罪になるが、真実の廻りをあれこれとほじくり返す不毛な法廷ショーのようなこの裁判をサニーは「サーカス」と嘲笑する。確かに馬鹿らしく、小賢しく、法律とは一体何か、裁判とは茶番か、結局は命の沙汰も金次第かと思うし、フォン・ビューローは当初からどれぐらいの勝算があってこの事件を起こしたものだろうか、などとも思う。ラスト近くでフォン・ビューローが「女たちを全て、愛しているし憎んでもいる」とダーショウィッツに言うが、この男が唯一本音を語ったのはここだけだろうと思う。結局、真実は藪の中であるが、どの角度からみてもフォン・ビューローはクロである。ダーショウィッツは「法的には勝ったが、君の良心は君の心の問題だ」と最後に一言釘をさす。しかし、フォン・ビューローには毛ほども堪えまい。…あ、また毛の話になってしまった。

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