「春の雪」

-果敢な挑戦-
2005年 東宝 行定 勲監督



「春の雪」(三島由紀夫著 豊穣の海?)については、前に原作小説についてのレビューを書いたのだけど、その時、映画化作品についてはあまり…と書いた。主演の二人が、ワタシの脳内に出来上がっているイメージとかなり違うので、あまりちゃんと映画そのものを観なかった事もあるかもしれない。が、以前CSで放映されたものを一応録画しておいたので、このお正月休みに観てみた。相変わらず主演の二人はやや子供っぽすぎるという印象は変わらないが、映画全体としては「春の雪」の小説世界をかなり原作に忠実に、一生懸命映画化しているなぁ、という姿勢に好感が持てた。(まぁ、何しろ原作ファンというのはうるさいもんでして)偉大な明治と激動の昭和に挟まれた束の間の春・大正の華族社会を背景に浮世離れた若君と姫君の悲恋が展開する作品なので、お正月向きかしらんとUPしてみました。
「春の雪」は、とにもかくにも三島作品らしく、大正時代の華族社会が舞台な事もあって、主人公の男女は非常に繊細優美な美形であることが前提条件なので、その点だけをとってみても実写化というのは「潮騒」などと違って困難なのは火をみるよりも明らか。それを承知の上で敢て挑戦に出た行定監督のチャレンジ精神にはアッパレの一言。企画には原作者三島由紀夫の長男・威一郎氏が絡んでいる事を今回、初めて知った。かなり原作に忠実な映画化になっているのもその為だろう。

この映画だけを観た人は、主人公の松枝清顕(まつがえきよあき)の性格があまりに身勝手きわまるので、まさに身から出た錆としか思われないに違いない。これは四部作の長い輪廻転生の物語(豊穣の海)の発端編。映画はその発端の部分だけを単体として映画化したものである。「豊穣の海」では、若干二十歳にして生き代わり死に代わる主人公たちは、皆、いずれも激しく何物かに掴まれている。自分ではコントロールできない何かに。清顕が掴まれているのは、自らにも不可解な「絶対の不可能」への挑戦という形での恋愛の情熱である。幼馴染で2歳年上の聡子とは、彼がその気になればなんの障害もなく結婚できたのに、聡子がフリーでいる間は何の関心も示さずにいて、彼女が宮家の許婚者となり、その結婚に天皇の勅許も下りた時になって、彼女への狂おしいまでの恋が清顕の中に燃え上がってくるのである。宮家の許婚者を奪うという背徳と禁忌に酔う清顕。それまで若い命を何に燃やす事もなくのらくらと生きてきた清顕が初めて真剣に人生を生きるのは、破滅的な恋愛に燃え上がった時なのだ。そして、何事にも興味薄だった虚無的な美青年は悲恋ゆえに二十歳の命を春の雪の中に終える事になる。



こういう清顕を具現化させるのは、まぁ、難しいですわ。原作を読んでいると自分の中にアリアリと清顕のイメージは浮かんでくるのだけど、それに肉体を与えるのは至難の業。いにしえの巨匠なら全国オーディションで清顕探しをやったところだろうか。ワタシが監督だったらやったでしょうね。ブッキー(妻夫木 聡)は頑張ってはいるものの、やはり清顕のイメージではない。では他に今の俳優で誰が清顕?と言われると他の候補もいない。ただ、なんというかもう少し涼しげでないと清顕のムードが出ないのだ。公家の公達なんですからして。対する綾倉聡子を演じる竹内結子も、聡子としては顔立ちが幼な過ぎるというか、やはりイメージが違うのだが、ただ、ブッキーと並べてみると子犬のカップルという感じで似合ってはいる。(この二人は子犬顔という雰囲気で、顔の印象が似ていると思う)かくのごとく、ワタシとしては主演の二人のイメージがどうも脳内のそれと違うので残念な気もするものの、二人の恋を盛り立てるロケ地や衣装、美術、撮影などはかなり頑張っていてクラシカルな小道具の数々や、都内各所に点在するレトロ建築を使った撮影などは一見の価値がある。洞院宮邸としてはお馴染みの旧細川公爵邸(現:和敬塾本館)、観劇に出かける劇場には、上野の国立博物館本館のエントランスを上手く使っている。清顕が蓼科を呼び出す朱塗りの回廊は根津神社でのロケじゃないかと推察されるがどうでしょうかしらん。原作でも印象的な二人きりの雪見シーンなどは、映画でも人力車を馬車に変えてなかなか風雅に表現されている。その他、松枝家で催された園遊会の余興の無声映画上映会で洞院宮治典王に引き合わされた聡子を、庭に張った白いスクリーンの裏側で荒々しく抱き寄せる清顕、背後にハラハラと散る桜の花びら。うふふふの演出。その他、松枝父子が語らう撞球室のシーン、そして清顕の夢のシーンなども、それなりに雰囲気が出ていたでしょうかしらね。また、松枝家の別荘、終南別業のシーンでは招かれたシャムの王子たちが木の間から見える大仏に思わず膝間づいて遥拝するシーンが入っていたのが原作ファンとしては嬉しいところだった。

  
お屋敷といえば和敬塾

キャスティングの中で、お!と思ったのは聡子の大叔母にあたる月修寺の門跡役の若尾文子、清顕の祖母役の岸田今日子、聡子の許婚者となる宮様・洞院宮治典王殿下にミッチー・及川光博というあたりだろうか。このへんはいいですね。見ていてニヤニヤ。ミッチー、宮様にピッタリである。ミッチー殿下が見合いの場で、聡子に自慢のコレクションのレコードを聴かせるシーンで、マーラーの交響曲第5番第4楽章が流れる。お約束の選曲ですねぇ。このシーンの気取り倒したミッチー、笑えます。でも宮家の邸内の内装がとてもいい感じ。美術が頑張っている映画なのだ。

  
お久しぶりの若尾文子

  
そっくりかえる宮様ミッチー

俗物である清顕の父・松枝侯爵には榎木孝明なのだが、これはもっと俗物っぽい人の方が良かったような気がする。聡子の侍女でカビが生えたような公家の家に仕え続ける(初老だが枯れた外見の内側にネッチョリと淫猥なものを閃かせる)蓼科役に大楠道代。うーん、これも微妙。原作から受ける蓼科のイメージだと、白石加代子あたりにシンネリと演じて貰いたいたかった気がする。清顕と聡子が密会するあいまい宿の主人に石橋蓮司が顔見世的にちょっとだけ出てくる。うふふ、蓮司。
原作とキャラを変えてあるのが、清顕の友人である本多だろうか。原作では本多は剣道などにいそしむタイプではなく金時計組の秀才で、勉強ばかりしている謹厳な男である。彼は長生きして、二十歳になっては生まれ変わる清顕の転生にその後何十年にも渡って立ち会う事になるので、傍観者、観察者としての側面が強いキャラなのだが、ここでは清顕の遊惰や貴族的な頽廃や気まぐれと分かり易く対比させる人物として、剣道に勤しむ質実剛健で単純なキャラクターになっている。映画的に少し脚色を加えているのは本多のキャラぐらいかもしれない。

 
上野国立博物館のエントランスをうまく背景に使っている

ただ、残念だったのが鎌倉の別荘に聡子を車で送り迎えする役目をになう本多が、彼らの罪に加担しているつもりでヒロイックな状況に酔っていると、聡子が夢をみるようにうっとりと「罪はわたくしと清様と、二人だけのものですわ」とやんわり、しかしきっぱりと本多の介入を拒否する場面が無かったのが残念だった。あれは映画の中の聡子に欠けていたキャラを現す部分で、聡子というのは優雅でしとやかだが、どこか端倪すべからざるところがあり、清顕などよりもいざとなるとよほど肝が座っているウワテな女である。禁忌を侵しつつも優雅で美しく、無礼なまでに「女」である女なのだ。だからちょっとね、竹内結子じゃ荷が重いですわね。脚本・演出のせいもあるが、ただただひらすら受身の女になっていたような感じで、古風過ぎる面だけが出てしまっていた。

ともあれ、映像美はなかなかだし、クラシカルでロマンティックな雰囲気もよく出ていて、映画全体としてはまずまず原作のムードをかもし出していた作品だった。

年末にオリジナルと全く同じ脚本を使って意味なくリメイクされた邦画作品が同時に2本、地上波で放映されていて、こういうリメイクに一体何の意味があるんだろう?と改めて首を捻ったのだが、「春の雪」はこの原作初の映画化であるというところにも意味があると思う。既に評価の定まった作品の無意味なリメイクと比べたら、その果敢な挑戦にはそれなりの意義もあろうというものかもしれない。

コメント

  • 2009/01/05 (Mon) 18:31

    あけまして kiki様、おめでとうございます♪ 年末年始 お元気でお過ごしでしたでしょうか?

    「春の雪」、原作は 学生時代に4部作 たて続けに読みましたが、一昨年 此の僻地でも 映画祭で拝見することができました。
    ブッキー、個人的にファンなので(子犬の顔して、ジョゼの粘着キッサーぶりが好き・笑) 埃かむった文庫本を引っ張り出してきて 予習までしまのですが… うーん、どうなんでしょうね、この「春の海」が 一番 映像化し易いのかな、とも思いますが、素人考えでは。

    ちなみに、清様の心の移り変わり、アングロな方たちには ただの「傍若無人な若者」としか映らなかったようで、しれっとした空気が流れ… サブタイトル言葉足らず感 も原因ではありますが(汗) 我が家といえば、観賞後 「○○様」と呼び合い、「○○あそばして」な~んて 春の海ごっこ に ひとしきり興じておりましたが… 

    というわけで、今年もどうぞ宜しくお願いします☆ 

    • ゆうこまん #-
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  • 2009/01/05 (Mon) 23:31

    ゆうこまんさん。どうもどうも。今年もよろしくお願い致しまする~。
    年末年始はお天気もよく、美味しいものを食べながらとても気持ちよく過ごしましたわよん。ゆうこまんさんはいかがでした?里帰りされたのですの?
    それにしても、そちらで「春の雪」、上映されたんですか。ほっへぇ~。こんなの上映しても、そりゃポッカ~ンでしょうねぇ豪州の人々は。ただちっとクラシカルで、ワンシーンだけ芸者が出るから、とかそんな事で上映したんじゃありますまいね(笑)原作がなければ、日本人だって「ナニコレ?」状態ですからなぁ。でもゆうこまんさんも原作読まれたのねん。ワタシは「春の雪」と最終の「天人五衰」が好きですわ。映画化するなら「春の雪」が一番手ごろでしょうね。ブッキーはそういえば「ジョゼと虎と~」のねっちょりキッサーぶりが印象強いですね。そして、ゆうこまんさんちでは「春の雪」ごっこですか。ははは、無邪気なり。でも、気持ち分かりますわよん。

  • 2016/09/13 (Tue) 09:22
    三島由紀夫は喜んだと思いますね

    妻夫木聡君の褌姿を見られて生きていれば、三島由紀夫は喜んだと思います。
    『潮騒』も、主人公の少年の褌姿が見たかったのでしょうか、本当は三島由紀夫は。

  • 2016/09/14 (Wed) 23:06
    Re: 三島由紀夫は喜んだと思いますね

    > 妻夫木聡君の褌姿を見られて生きていれば、三島由紀夫は喜んだと思います。

    確かに喜んだかもしれませんね。ふほ。

    > 『潮騒』も、主人公の少年の褌姿が見たかったのでしょうか、本当は三島由紀夫は。

    それもあるかもしれませんね。

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