「黒い十人の女」

~シニカル・アイロニカル・コメディ~
1961年 大映 市川 監督


左より、岸田今日子、宮城まり子、 恵子

前に一度観たきりだったので、CSででも放映されたらまたじっくり見ようと思っていた。市川 特集で放映されたので、うほうほ、と鑑賞した。待ってましたよ。この時を。冒頭、闇の中にぽかりと浮かぶ山本富士子の顔、追われる彼女は夜道をひたひたと歩く。彼女の後を一列になって追う黒い女たちの影。 …来てる、きてる。ふふふふふ。
市川 は、妻・和田夏十の脚本でメガホンを取っているときに最良の仕事をしたと思う。最盛期の傑作の殆どは妻であり、最強の相棒だった和田夏十の脚本あってこそ。言い換えると、和田夏十なきあとの市川 は、「細雪」他数本以外には、これぞ市川 という仕事はなかなかできなかったようにも思うのだ。市川 の仕事の核は、やはり大映時代の傑作群がその主流なのである。


それにしても、監督も、脚本家も、演じる俳優陣も、脂の乗った盛りの時期であるということは、凄いものがある。 恵子山本富士子、中村玉緒、岸田今日子、宮城まり子…、これら女優陣を受け止めるのは大映でずっと二枚目の看板を張り続けた船越英二。考えてみるとこの人は、女優王国とも言える大映にあって、ひとりで京 マチ子、若尾文子、山本富士子ら看板女優の相手を勤めてきたわけである。
さりげに凄い。

タイトルバック、芥川也寸志の音楽に乗って、主要な出演者のアップが印象的に登場する。そこからすでにして、この作品の世界に引き込まれる。非常に黒の効いた映像。そのコントラストの強い、黒がしっかりと効いた画面に映る、女ざかりの女優たち。

暗闇に浮かぶ山本富士子の匂うような眉。
タバコを手に、こちらへ視線を投げる 恵子のアンニュイ。
知的で不思議なムードのある岸田今日子
しっとりとした色気をにじませる宮城まり子。
そして、若くてコケティッシュな中村玉緒。

こんなに贅沢に女優を使って、キレのいい脚本で演出できたら、監督冥利につきるというものだろう。とにかく、非常にスタイリッシュでテンポがいい。この時期の市川 は実に冴えていたと思う。それに加えて黒の効いたシャープでスタイリッシュな画面を作る小林節雄のカメラ、下河原友雄の斬新なセット美術。芥川也寸志の音楽に和田夏十の脚本。 いい仕事が積み重なった上に、市川 の演出。まさにこの時代にしか作れなかった映画なのだ。

中でも、 恵子山本富士子の美しさと凄みはがっぷり4つ。
ことに印象的なのは、この二人が他の女たちを風(船越)から遠ざけるために
狂言を企てようと料亭の一室で目論むシーンだ。



どちらもそれぞれの魅力をたっぷりと出しながら、芝居も互いに引かない互角の勝負。女同士の意地の張り合いもありつつ、ふとしたところで手を結んだりする摩訶不思議な女ごころ。それにしても、 恵子が映ると、なぜかふっとその瞬間だけヨーロッパの香りがたちこめる。
大人のいい女。エヴァ・ガードナーにも負けていない。
岸 恵子、いまさらながら稀有な女優だと思う。
着物を着れば日本の女の空気を出し、洋服を着て登場するとなぜか彼女が映ったシーンはヨーロッパの映画の空気。やはり、おフランス映画の匂いがするのだ。



そして、山本富士子
しっとりした京女というイメージが強いが、ちゃっかり屋で計算高いシビアな女をやらせると、とても生彩を放つ。ここでもそういうキャラでトレードマークの和服姿はそのままながら、きびきびした身ごなしや、目の動き、セリフ回しによくこの妻のキャラを出していた。この人も一時期の美女の代名詞だった人だが、顔とお尻が大きいし、和風の鷲鼻が立派過ぎてどうもなぁ、と前は思っていたのだけど、近年、「夜の河」を再見して、う?ん、やっぱり一時代を築いた女優にはそれなりに理由があるものなのだな、と良さを再認識した。



女たちは皆、それぞれに個性があるが、軽薄で口がうまいだけのような風を「優しい」と言って夢中になってしまっていることは同じである。が異口同音に「素敵とは思わない」と言いつつ、他の女と一緒のところを見るのは耐えられないという状態。風本人にしてからが「どうしてボクが気になるの?つまんない男だよ」と抜けぬけと嘯く。飄々として、ノラリクラリととらえどころがないながら、10人の女に囲まれる男・風 松吉を演じる船越英二。「誰にでも優しいということは、誰にも優しくないということ」であるが、女たちは面と向かうと彼のマメさにほだされてしまうのだろうか。この男のどこがいいのか観ている方も分からないが、そこがミソなのだろう。
男女の仲など、当事者以外にはけしてわからぬものなのだ。



ワタシはこれまで、この人をあまり上手いと思ったことはなかったのだけど、すみません、上手かった。 こういう役はこの人なればこそだ。正面切った二枚目よりも、強い女優陣の相手をするせいか、弱弱しかったり、ズルくて抜け目がなかったりする男をよく演じていた。風 松吉のキャラは、大映に船越英二あってこそ設定できたキャラだろう。
他の会社の二枚目にはこの味は出せなかったに違いない。マメで軽くてC調で、どんな女よりも、実は自分の職業を一番愛している男…。そして、しっかり者の女房に実は惚れていてその手のひらの上で好き勝手をしているのが楽しい男。つまりそこらによくいる男だ。
彼の愛する職場を描くシーンに、この頃売り出してきたクレイジー・キャッツが1シーン登場するのも作品の隠し味。植木さん。フテブテしい色悪風、という初期のキャラで独特のムードを漂わせている。 ハンサムだ。クレイジー・キャッツのお目見えのギャグも、シニカルなビター・テイストで映画の空気にマッチしていた。

夜、局の屋上に出た風が、駆け出し女優を忽ち引っ掛けるシーンのつやつやした夜景の美しさ。
背後を流れる芥川也寸志のロマンティックなメロディ。昔の日本映画は、こんなにも大人だったのだ。

そして、この映画でワタシは初めて「ねむの木学園」園長・宮城まり子がこんなにも色っぽい女優であったことを知った。ひとり命がけで風を愛する女の役柄だからでもあろうが、声もしぐさもとてもしっとり、シンネリしている。それだけではないのだろうが、ふふ?む、この色気が吉行淳之介を虜にしたか と納得した。

他の女と取っ組み合いの喧嘩までしたというのに、若いアナウンサー(伊丹十三!)に心を移す中村玉緒。玉緒も若いが、伊丹十三、若くてお坊ちゃんぽい二枚目。顔はそのままだけどナイスな好青年ぶりにニヤニヤ。


おぼっちゃま風 十三

商売上手な水商売の妻と、TVプロデューサーという芯から好きな仕事という両輪の上に乗って、手当たり次第につまみ食いをしてきた風は、共謀した女たちに「監禁」されるハメになる。監禁する役目を買って出て、妻から風を譲り受けたかのような愛人1号の新劇女優(岸 恵子)。
彼女はついに宿願を遂げたかに思われるのだが…。
勝者かと思った者が空くじを引き、敗者かと思われた側は執着から「開放」されて活き活きする。人生の皮肉。

ラスト、車を運転してパーティ会場を去る岸 恵子。
夜道で通りかかる交通事故の炎。
その炎の反映を受ける岸 恵子の凄みのある横顔。
このシークェンスの、なんという暗黒。

一見、ドライなようでいて一途な「結婚したい女」である、岸 恵子演じる新劇女優と、情念系の容姿をしていながらシンネリムッツリかと思ったら、非常にドライな本妻・山本富士子の対比が鮮やか。新劇女優の引退披露からラストまでのシークェンスはまさにブラック。そして、二人のキャラの対比が効いている。岸 恵子、山本富士子、ともに女優として脂の乗った盛りの「艶」と「技」を存分に発揮している。また、風の上司の局長で登場する永井智雄がいい味を出していた。
いや?、堪能させて貰いました。

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