「恋のゆくえ」

~ほろにがの程よき味わい~
1989年 米 スティーブン・グローブス監督



原題は「The Fabulous Baker Boys」
これもオールタイムベストの1本で、昔から折に触れて思い出しては観ている映画である。(やはりLDで持っているのだけど…)それにしても、クラブやホテルのラウンジでピアノを弾くのが商売なんて、思いきりその日暮らしな感じでいい。それでも兄は郊外に家も買い、高校時代のガールフレンドと結婚して子供もこさえ、ごく一般的な人生を歩んでいる。(この兄ちゃんは学校の先生とか、実直なサラリーマンとかしかできなさそうな人なのに、なんでラウンジのピアノ弾きなどというヤクザな稼業で何年もやってこれたのか少し不思議な気がしてしまう)対する弟は根無し草。古いアパートに住み、老化現象の出始めた愛犬だけが家族という体たらく。女関係はその場限りいきずりで済ませている。これを実際の兄弟、ボーとジェフのブリッジスブラザースが演じていることでも、確か話題を呼んだと思う。全くタイプは違うようでありつつ、顔はどことなく似ているのが実の兄弟の面白いところだ。


似てないような似てるような…。
しかし、このジェフ・ブリッジスという俳優は、割と二のセンでもてる役なぞをよく振られているけれど、どうもタイプじゃないので、女が毎度なびく様子を見ていても首をひねらざるを得ないワタシである。この映画では少し痩せているので、髪が沢山あったころのシェゲナベイビー・内田裕也氏に妙に似て蝶に感じる。まあ、だから余計にやさぐれた町のピアノ弾きという役にはぴったりとハマっていて、この役に関してはとても適役だったと思う。好みじゃないが、芝居も上手いし、いい俳優な事は間違いない。


ジェフ・裕也・ブリッジス

が、この映画はなんといってもミッシェル・ファイファーの女盛りの艶を楽しむ作品であろうと思う。彼女はたまに貴婦人などに扮してコスチュームプレイの映画にもでるけれど、あまり額を剥き出しにしてしまうとケロヨン顔がはっきりと出てしまって雰囲気がなくなる。貴婦人などのお上品な役をやってハマるというタイプではないのだ。彼女を最初に観たのがアル・パチーノ狂気の熱演「スカーフェイス」の愛人役だったので、余計にそういう印象が強いのかもしれない。キャリアウーマンにしてもやさぐれた女にしても、気が強く気位が高い女というのがタイプキャストの1つであることは間違いないだろう。どんな場合にも「気の強い女」というのが彼女の場合には外せないポイントのようでもある。慎ましい女を演じている時もあるが、それほど輝かない。彼女の作品ではもう1つバツ1子持ち同士の男女がケンカしつつも距離を縮めていく1日を描いた「素晴らしき日」も好きである。ジョジクルと共演でいいコンビネーションだった。

この映画は気の利いたセリフが多いことも特筆すべき点である。ジャックがラウンジのピアノ弾きよりも、ジャズクラブなどで本筋の客を相手に即興演奏などをしたいという本音を持ちつつ、けれど自分自身の怠惰や、長年コンビでやっている兄の都合も考えてそれに踏みきれずにいる。彼は忘れた夢を思い出すように時折町のジャズクラブに行き、座興でピアノを弾く。馴染みのバーテンに「最近はホテルラウンジの仕事はどうだい?」と聞かれ、「別に。トラブルのない世界さ」と答えるジャック。「それじゃ、なんでここに来るんだ?」と聞かれ「トラブルを探しに来るのさ」と切り返す。なかなか粋である。

男二人のピアノ演奏では段々仕事も取れなくなってきて、兄弟が募集したボーカルに応募してきたのがミッシェル・ファイファー演じるスージーである。パーティホステスで思いきりやさぐれている。やさぐれてはいるが、歌い出したらその場を浚う輝きを見せ、兄弟は彼女を採用する。トリオ初お目見えの日に彼女の服装がケバ過ぎるので、ホテルのアーケードで兄が服と靴を選び、土壇場で間に合わせる。「ギャラから差し引く!」と言う兄に呆れながら彼女が「You are Prince(んまぁお優しいこと、というニュアンスか)」と皮肉を言う場面もいい。このセリフはどこかで使ってみたいな、とずっと思っているのだけど、なかなかふさわしい場面に出くわさない。(笑)
ミッシェル・ファイファーは殆どのシーンに超ミニ姿で登場。そのキレイな脚を存分に見せてくれる。製作当時、日本ではバブル絶頂期。森高千里がミニスカで ♪ストレス?が…などと歌っていた。当時付合っていたBFが森高のファンでワタシも時折ミニスカを穿いたりした。…懐かしい。ちと脱線。



ミッシェルの歌は凄く上手いというのではなく、さらーっと歌って一種の雰囲気ボーカルなのだけど、それが非常にいい感じなのである。登場してすぐに「More than you know」を歌うシーンでは兄弟ならずともほぉ?とウットリしてしまう。彼女が初ステージで手首に巻きつけた歌詞カードを床にばら撒き、曲が始まっているのにそれを拾い始め、兄弟が仕方なくバースをトホホに歌い出すと、1番の歌詞が始まるところですーっとミッシェルの声が入ってくるという演出も気が利いている。

売れてきた3人が保養地のホテルに呼ばれて行くシーンが楽しい。思いのほかゴージャスなホテルで3人は大喜び。テラスで「ムーングロウ」を聴きながらスージーとジャックが踊るシーンもいい。奴と踊ると女の子は昔から腰砕けになったんだよ、と言う兄貴の言葉通り、彼女も腰砕けになってしまうのだ。

昼間、ひとり誰もいないホールで即興演奏をするジャックを見て、スージーがその横でウットリと演奏を聴くシーンには、恋する女の気持ちがしみじみ現われていて、似合いの二人だから、なんとかうまく行かないものかと見ていて感情移入する。ホテルで続き部屋を取っているので、二人が互いに相手が気になりつつ、それを悟られないように、相手の動きを探ったり、彼女のあとをさあらぬ振りをしてジャックがつけたりするシーンにクスクスと来る。

ここでの年越しステージで、赤いドレスのミッシェルがグランドピアノの上でポーズを取りながら「メイキン・ウーピー」を歌うシーンはあまりにも有名。とにかくサマになっている。こうるさい兄貴は家庭で問題が起こり、急遽一人帰宅して、残った二人は思い通りのコンサートを行い喝采を浴びる。


魅せるミッシェル

宴のあとのバンケットルームで、ホステス時代の屈辱をふと語るスージー。宴会の後、客に誘われると心が動いた時だけ付合った。ゴージャスなホテルに泊まり、天蓋付のベッドで眠っても、目覚めたら鏡に映るのはいつもの私(same old Susie)と自嘲的に語る。このシーンの、というかこの映画の頃のミッシェル・ファイファーは本当にいい女である。


"same old Susie"

気持ちが最高に寄り添った二人はついに垣根を取り払うが、一晩たつと、傷つくまいという意地を張る悪い癖が出て、ずっとスィートな気分に浸れない。お互いに好きなくせに、素直になる時が二人、微妙にずれてしまうのだ。一人が素直になっていると片方が意地を張って場をぶち壊す。年だけ大人になっても、中身はまだまだ青臭いガキなのである。男は30半ば、女は30前後あたりの設定だろうと思うけど、そのへんの大人になれない感じがよく描けている。当時27歳ぐらいだった監督。どうしてそんな若い時期に、上の世代の感情の機微が手に取るように分っていたのか、つくづくと感心する。才能が早く開花しすぎて、その後大成しなかったキライもある。その後監督としてはこれを凌ぐ作品は出していず、脚本家としてハリーポッターシリーズなどを手がけているようだ。そのうちダニエルとブランシェット嬢を主演に、ビタースィートな大人の恋愛ドラマでも撮ってほしいものである。

スージーに引き抜き話が来たことで、トリオの蜜月は終わってしまう。引きとめて欲しい女。またも意地を張って引きとめない男。彼女が抜けてピアノデュオに戻った兄弟には凋落が待っていた。貧すりゃ鈍するの兄弟ゲンカでついに袂を分かつ。これもなるべくしてなった事かもしれない。そしてスージーはCMソングの歌手として長い道のりを歩き始める。ヨリを戻せないかと訪ねてくるジャック。(また会えるか?とジャックが訊くが、これは冒頭でいきずりの女と別れる時に、女から「また会える?」と訊かれて「いや」と答えるシーンと対になっている)スージーは何も答えない。また会えるさ、勘だよと自問自答するジャック。しかし、もうそういう時期は過ぎてしまったのだ。女にはそれがわかっている。男には分らない。物事はあるポイントを過ぎるとけして元には戻らないものなのだ。そのへんのほろにが加減が絶妙である。年だけ大人になってもなかなか中身が大人になれない今のワタシが見て、やはり唸るほどよく出来ている作品だと思う。人間は、それなりには成長しつつも、いつまでも大人になれずに、試行錯誤しつつさまよっていくものなのかもしれない。


もっとも輝いていた時期か

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