「細雪」

~美しきニッポンの残影~
1983年 東宝 市川 監督



谷崎潤一郎の「細雪」は船場の没落した商家の4人姉妹を軸に、昭和初期、戦争に突入していく寸前の、ほんの一瞬の「戦前」的優雅さを醸しつつ、失われゆく「美しき日本」のありようを愛惜を込めて描き出した昭和絵巻である。4人姉妹物であるから豪華女優の共演で映画を作りやすく、これ以前に二度映画化されてきた。が、どれもその時々の名匠といわれる監督が撮り、時々の豪華四大女優が共演するということだけが売りの、顔見世興行的な出来に終わってきた。それを鮮やかに覆し、まさに、「細雪」映画化の金字塔ともいうべき完成度を示したのが、この市川 版の三度目の「細雪」である。移り変わる四季を追って、まずは京都および吉野の桜がオープニングを飾る。(そうだ、京都行こ)流れるのはシンセサイザーの「オンブラ・マイ・フ」 晴れ着の四姉妹が満開の桜の下をゆく。蒔岡家の春。帰り来ぬ頂点の季節である。


このあと夏が来て、嵯峨の紅葉、そして降りしきる細雪の中でラストを迎える。心にくい構成だ。四姉妹の顔ぶれも過去作品のいずれにも劣らず豪華。長女鶴子・ 恵子、次女幸子・佐久間良子、三女雪子・吉永小百合、四女妙子・古手川祐子。しいて言えば四女の古手川は他の三大女優に比べて見劣リ感はぬぐえないものの、製作年当時では、他に適任者は無かったかもしれない。長女を演じる 恵子は「パリのおばさま」だから洋服のイメージが強いが、実は非常に着物も似合う人。姿がいいので着物をスっと着こなした姿は絵のようだ。ワタシはこの人と藤 純子が着物姿の美しい女優の双璧だと思っている。(「雪国」の 恵子の芸者姿の美しいことときたら!)


登場の衣装は総絞りの着物 さりげない贅沢感がニクイ

この長女の婿に伊丹十三、次女の婿に石坂浩二を配し、更に蒔岡シスターズを取り巻く周辺人物にも癖のあるキャスティングを施して作品にいっそうの味わいを添えている。殊にも、長女の婿である辰雄を演じた伊丹十三は、これが俳優としての映画出演のほぼ最後であろうと思われ、(この翌年、彼は突如「お葬式」という作品を発表して、以降映画監督として生き、そして死ぬことになる。)文字通り、俳優として最後の仕事と思われるこの作品では、一癖あるこの人らしい、長女の婿像を形成していて、非常に印象が深い。


伊丹十三 俳優時代のラスト

それなりに頑張っているのに一向に評価されず、結局はこの人のお陰で今日も無事なのだが、なんだかいけ好かないと姉妹に思われそうな感じをとても上手く出していて、さすが、伊丹十三だ。銀行員らしく何事につけ実利的な彼に対し、夢見勝ちで贅沢好きな蒔岡姉妹には不満が渦巻いている。(四女妙子のスキャンダルを巡って親族間で言い争うシーンの伊丹の芝居は必見。)彼を愛しているのは彼の妻である鶴子()のみである。

そこに行くと次女(佐久間良子)の夫である石坂浩二は義兄の不評の反動を一手に受けたかのごとく、女性には受けがいい。彼は(おそらく)妻の持参金で芦屋に優雅な住まいを構え、百貨店で呉服部長などをちんたらとこなしながら、妻子と今は自分のところに身を寄せている義妹二人の面倒も見ている(しかし、彼女達の小遣いは本家から出ている)この長女と次女の婿同士は、互いに「俺はあいつなんかよりずっと頑張っているし、人間もできている」と思っていながら、養子という立場では我侭なお嬢さん育ちの妻を持った男同士の悲哀で連帯しあっている。けっこう複雑な関係である。


へいちゃん

そして、この作品では三女の雪子は物静かそうでいながら義兄達の浮気心をそそる女として描かれていて、この次女の婿と三女・雪子の間には、なんだか隠微なもわりとした空気が漂っている。いつどうなってもおかしくはない、一触即発のあぶない空気である。これを察知している幸子は危機感を感じ、行き遅れの雪子を、とにかく早く嫁に出そうと躍起になっている。三女の吉永小百合は、しとやかで温和そうに見えるが実はかなり執念深く、芯が強く、しんねりと好色で、納得がいくまでは妥協しないしぶとさと、菩薩のような顔の裏側に何か怖いものを隠していそうな粘着質の女を優美に表現し(四女が自分より先に結婚してもいいのか?と姉に聞かれて順番は構わないが、ちょっとねと答えてなんとも言えないイヤな表情をする)、一皮剥けて、以降今日まで続く第二次黄金期に突入するのである。


さゆり 第二次黄金期の幕開け

こうして三女を巡る思惑が入り乱れる中、長女と次女は対立し、閑却されている四女妙子は何かと問題行動を起こし親族間で注目を集めようとする。四女妙子が付き合うカメラマン役で部一徳が登場。このあたりから本格的に俳優業に入ったと思われるのだが、うっすらと野心を抱きつつも腰が低く、突如中耳炎で亡くなる男を演じて、やはり印象に残る。また、どんな相手も気に入らず、しんねりしながら妥協もせずにきた三女雪子の心を最後に射止める華族サマの次男坊役で江本孟紀が登場。セリフは無いがインパクトは絶大。儲け役だった。







こうした人間模様と、ゆるやかな旧家の解体を、本家の東京移転と三女雪子の結婚までを軸に四季を丹念に織り込んで描き出したのが市川 の「細雪」である。全編を貫くのは鋭い美意識。「陰影礼賛」を地でいく漆器のような質感の映像、古い日本家屋の中の陰影深い光線に殊のほか冴えを見せた市川 ならではの映像美を満喫できる。柔らかい関西弁のセリフも心地よく耳を打つ。映画の中の関西弁はかなりヒドいものが多いらしいが、神戸出身の村上春樹がこの「細雪」の関西弁はまずまず合格、と何かに書いていた。



ラスト、全員で大阪駅から東京に向かう本家を見送ったあとで、次女の婿(石坂浩二)がしんしんと音もなく降る細雪を眺めつつ、一人酒を飲みながら「…あれ(三女・雪子)が嫁に行くんや」と呟いて涙ぐむ。
ひたひたと忍び寄る戦争の影。
本家の移転と三女の結婚を機に、蒔岡家は実質的に解体し、同時に戦前の美しき日本の古きよき時代も降りつむ細雪の中に終焉を迎えるのである。



銀座三松の全面協力による四姉妹の豪華な和服もみどころの1つ。
失われ行く「美しき日本」をたっぷりと味わえる芳醇な作品。
市川 、円熟期の傑作。

    旧ブログでのコメント(6)

コメント

  • 2010/07/06 (Tue) 19:21

    kikiさん、「細雪」拝見しました。
    この作品の中で喋られているのは「芦屋言葉」といって、よくテレビなんぞで耳にする「なんでやねん!」的な関西弁とは違うようですね(デコ本にも書いてありました)。なんとも流れるような、四姉妹が喋るのをずっと聞いていたいような、わたしには耳触りがとてもよかったです。
    わたしは着物に関してはまるで無知なのですが、kikiさん同様、わたしも岸恵子の着こなしがいちばんサマになっていると感じました。本ブログの三枚目の写真の岸恵子の写真を見ると、彼女だけが襟元を割に大きめに開けて着物を着ていますね。他の三名は首元が閉まった感じで若干窮屈そうに見えるというか、岸恵子のは着こなしの余裕を感じるというか。こなれた感じですよね。
    伊丹十三は演技にも長けていたのですね。「家族ゲーム」のお父さん役しか知らなかったですが、ぴったりの役というのか、こんな叔父さんいそうだなあと。監督になってからの作品にはとんと興味が湧きませんが、このまま俳優続けてても(並行してやってても)よかったんでないの?と思いました。他にも執筆業や翻訳業なんかも手掛けるマルチな才能の人だったようなので、俳優だけでは飽き足らなかったのでしょうかね。
    「へいちゃん」と「さゆり」の関係(作品上での)も面白いですね。本筋とは別に(といってもこの作品の「本筋」とはじゃあなんぞや、とも思いますが)こういう人間関係がちりばめられていると
    深くなって面白いですね。このふたりをもうちょい追求してほしいなとも思いましたが、あっさりうっすらが逆によかったのかな。へいちゃんの涙のシーン、好きでした。善人そうだけど、裏ではよろしくやってたへいちゃんの涙。
    それと、本作の音楽に関してはちょいと違和感を感じてしまいました。シンセというのがちょっと・・・。あれがかかるとなんだか妙に気になってしまって自分の意識の中で流れが止まってしまう感じです。
    原作を読みたくなったものの、「細雪」は上中下の大作だったので、今はこのボリュームは無理なので断念し、我が本棚にあった「痴人の愛」を懐かしくひっぱりだして読み始めました。ずっとずっと昔に読んだものですが、谷崎の文章というのは重厚な、修飾語過多なイメージを持っていましたが、「痴人~」は案外平易で読みやすくて拍子ぬけ。やっぱりあの芦屋言葉が好きだったのでいつか「細雪」読みたいな。

  • 2010/07/06 (Tue) 22:36

    ミナリコさん。ご覧になりましたのね。
    岸恵子の着物姿は綺麗でしたね。本当にさっくりと形良く着こなしているという感じで。着物って厚みのない、痩せた体つきのほうがやはり着た姿は綺麗ですわね。胸などもなるべく無い方が形よく着られる感じ。岸恵子が少し襟元をゆったりと着付けているのは姉妹の中で一番年長者だという感じを出す為じゃないかなと思います。下の二人は娘なので否応ナシに襟元をつめて着ていますね。佐久間良子も詰めてますね。性格的な違いも出そうとしてるのかもしれません。伊丹十三は達者な脇役だったんですよ。クセのある役が特に上手い人で。でもお父さんは有名な脚本家だったし、やはり作り手の方でやりたい、というのはずっとあったんじゃないでしょうかね。彼の監督作品では「静かな生活」が好きですわ。次女の婿と三女とのアヤシイ関係は仄めかすだけにしておくほうが正解じゃないかと思います。あんなもんで良かったんじゃないかな。へいちゃんの、あの降りつむ細雪を眺めながらの涙のシーンはいいですね。確実に1つの時代が終わったこと、1つの家族の歴史も、戦前の日本という時代も、細雪の中で過去へと去っていった、という感じがしますね。もう戻らない過ぎた時間への愛惜が溢れてます。いつまでもそのままでは居られないし、居てはならないのだけど、ついに終わりが来てしまったという心持ち、とでもいいましょうかね。とにかく下手するといくらでも冗長になってしまう話を、例の日本家屋の陰翳と京都の四季の中に描きだした本作は、市川崑の円熟した職人芸を楽しむ1本だな、と思います。シンセのテーマ曲に違和感あります?ワタシは意外に、あまり感じないんですよね。なんでかしらね。今聴くと中途半端に古臭い感じは否めないのは確かなんですが…。最初に観た時からそれで馴れちゃってるせいかもしれません。

    で、谷崎は東京に住んでいた時と関西に移ってからでは文章も変ってますよね。ワタシも「細雪」は長いしダラダラと続くので原作は昔読みかけてやめました。うちにある文庫はもっぱら薄い本ばかりですわ。「刺青」「吉野葛」「春琴抄」「猫と庄造と二人のおんな」あたりかな。重厚な、修飾語過多な文章という事だと、谷崎よりも三島じゃないですかしらん。レトリックのつるべうちに快く浸れますね。

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