「シャレード」

~パリと彼女とジバンシー~
1963年 米 スタンリー・ドーネン監督



久々に軽やかなロマンティック・サスペンスが見たくなり、「シャレード」などいってみようかと。
もう、とにかくこの映画、パリ+オードリー+ジバンシー+ヘンリー・マンシーニ+スタンリー・ドーネン+おじさまな相手役という、当人たちにとっても、観客にとっても非常にハッピーな黄金律の必勝パターンのコラボレーションで、何度観ても楽しく面白い作品に仕上がっている。

なんといってもサスペンスフルに始まるオープニングのアニメーション。
メイズの中を出演者の名前が上下左右から動きつつ表示されていくものなのだが、それだけでも、心ウキウキ。シンプルだが音楽とよく合っていて実にシャレたタイトルバック。60年代の香りがしみ出している。

そのタイトルバックに続いて登場するオードリー。スイスのスキー場でオードリーが着ているスキーウェアからして、もう嬉しくなってしまうほどのモードっぷり。サングラスもキマっている。あんなの、ほんと、オードリーぐらいでしょう、嫌味なく着こなせるのは。それか文句をいうスキなど与えない全盛期のカトリーヌ・ドヌーヴか。このウェア、毛皮の帽子と毛皮の短いコートを脱いだらモジモジ君にしかなるまいけれど、オードリー、さすがの着こなし。前にも書いたけれど、この二人の60年代の代表作では、ジバンシーとサンローランでそれぞれクーチュリエは違っても、同時代のファッションゆえとてもムードが似ている。余談だが一時期ドヌーヴとメル・ファーラーが恋愛関係に陥った事がオードリーとメルの離婚の引き金になったというから、この二人は浅からぬ因縁があるのかもしれない。ともあれ、オードリーはスキーウェアに始まって、スーツにコートにシックなツーピースなどジバンシーをとっかえひっかえで出てくるが、中でもコート姿がとりわけ印象に残る。この時代はコートの袖丈が少し短く、長い手袋を合わせていた。赤や芥子色、オフホワイトなど、とにかくコートだけでも4、5着着替えて登場する。真っ赤なコートに豹柄のトーク帽など被っていても ゲ!それじゃ関西のオバチャンですよ、という風には絶対にならないのがオードリーの真骨頂か。



スキー場からパリのアパルトマンに戻ってくるオードリーの荷物は一式ヴィトンのケース。ブランド物などにさして興味のないワタシでも、その適度に使い込んでいい味を出しているヴィトンのケースに、オーセンティックな匂いを感じる。あぁ、ヴィトンはやはりこういう人にさりげなく使われているべきであるな、と。日本人でも似合う人がさりげなく持っていれば素敵であろうけれど、持つ人を選ぶグッズというのは、やはり世の中に厳然と存在するものなのである。金さえ払えば何を買って持ち歩こうが勝手でしょ、ってものではないのだ。
また家具も何もなくなってがらんとしたパリのアパルトマンも、適度に時代のついた室内で、その壁やドアの装飾が実にいい具合の古び加減。一人、何もなくなった部屋でタバコを吸うレジーナ。そういえばオードリーって愛煙家なのだ。イメージに合わない気もするけど、タバコを映画の中で吸い始めたのは60年の「ティファニーで朝食を」あたりからだろうか。実生活ではKENTがお気に入りだったらしい。

さてさて「シャレード」。戦時中、秘密軍事組織OSS(CIAの前身)の一員であった夫が仲間を出し抜いて皆で盗んで寝かせておいた政府の金を持ち逃げしていたため、夫は何者かに殺害され、消えた大金を巡って未亡人になったレジーナにも危険が迫る、という筋で、彼女に絡む怪しい二人の男ピーター(ケイリー・グラント)と大使館員バーソロミュー(ウォルター・マッソー)は親切ごかしにあれこれと彼女にアドバイスをするものの、一体彼女の味方なのか敵なのか、というわけでレジーナも観客もハラハラする、と。
かなりおじさんになってロマンスグレイも極まったケイリー・グラントがスキー場のシーンからオードリーとの間でいかにものこじゃれた?会話を繰り広げて、王道的なロマンティック映画の味わいを出してくれる。



グラントはいかになんでもちっと年をとり過ぎでは?と思わないわけでもないのだけど、オードリーはオジサマと二人で映っていても毎度不思議なほどに違和感がない。オードリーだってもう若くてぴちぴちというわけではないが、それでも歴然たる年齢差がある。しかし50代の男と30代の女というのは年代的にも相性がいいものなのかもしれない。
そういえば、「オジサンと若い女」はOKでも、「オバサンと若い男」って実質的にも世間の視線的にもNGなムードが漂っている気配がする。若い男と一緒のオバサンはなんだかイタく見える。若い女と一緒のオジサンは格別イタくは見えなさそうなのに。人によってはサムいけれど…。

「シャレード」では、いつも落ち着いているパパのようなグラントに対して、オードリーが迫りまくるのが見所。傷の手当をしながらも、オジサマの膝にいつしか乗って、キスの雨を降らせたり、部屋に戻って叫び声を上げ、慌ててかけつけたグラントを捕獲して「捕まえた!」と笑顔を浮かべたり、グラントのケツアゴを指でなぞって、(ひげを剃るときに)ここはどうやって剃るの?と訊いたりするカマトトっぷりも発揮する。いずれのシーンでも、グラントが些か持て余し気味に、やや引きつつ対処しているのがオトナの余裕でいい感じである。



ナイトクラブで日本人がやると茶番にもならなそうなお色気ゲームに興じるシーンもサマになっているのはハリウッドスターの豪華共演ならでは。このシーンでオードリーが着ているシックな黒いワンピースが素敵なのだが、電話をかけているとジェームズ・コバーンが現れ、マッチを擦ってはワンピースの膝に次々落としていく嫌がらせは迫力がある。(I'm having a nervous break down)
グラントと二人のシーンで極めつけはバトームーシュでのディナー・クルーズか。いやもう、やっぱりなんだかんだ言ってもロマンティックですよ。また、夜のセーヌの流れ行く岸辺がオードリーに似合っちゃって、似合っちゃって。水面のゆらめきを顔に受けて主演の二人がキスするシーンなどやっぱりきっちりと絵になっている(またオードリーの方から迫るのだけど)、うふん、うふん。(Well,you come on you come on don't you.)あぁ、水面を彩るバトームーシュのきらびやかな照明の美しさ。ふ?、ごちそうさま。

悪役もジョージ・ケネディにジェームズ・コバーンなどクセモノ揃い。最後まで玉虫色でとぼけた味わいを醸し出すウォルター・マッソーの若さにも驚く。黒髪にちょび髭で小さな目。絶え間なく軽妙にしゃべりつつ、油断なくレジーナを伺うその小さな目がとってもクセモノ。小さな目ってやはり油断ならないという雰囲気がよく出るのだ。大使館の昼休み時間に彼を訪ねるレジーナとマッソー演じるバーソロミューの掛け合いも面白い。また、嘘に嘘を重ねて身元を偽っていくうちにグラントの名前がピーターだアダムだアレックスだと次々変わっていく。本名はどれなの?と焦れつつますます謎に引っ張られるレジーナ。「シャレード」は死んだ夫の謎、そして彼が横領してどこかに隠した25万ドルの行方を巡る謎、そこに絡んでくる正体不明の男(ケイリー・グラント)の謎を解いていく事に懸っているタイトル。最後にバーソロミューと名乗っていた男(マッソー)の正体も明らかになる。
ジョージ・ケネディとケイリー・グラントがビルの屋上の「American Express」のネオンサインの背後で死闘を繰り広げるシーン、最後の山場を無人のオペラ座に持ってくるなど、見せ場にも事欠かない。このアメックスのネオンサインを観るたびにこの映画の制作年当時(1963年)、一般的な日本人にとってAmerican Expressもルイ・ヴィトンのケースも、全く日常生活の中にはないものだったんだろうなぁと思うにつけ、日本が欧米と同じような生活をするようになったのは、ついここ20数年あまりの事なのだな、という妙な感慨も湧いてくる。

消えた25万ドルの意外な隠し場所、というか25万ドルが意外なものに姿を変えているのも当時として斬新なアイデアだったのだろう。ロマンティック・サスペンスとして脚本も演出もよくできているし、またパリという場所を上手く生かしてそこかしこにオトナの味のする作品に仕上がっているのもポイントが高い。

ケイリー・グラントが老眼鏡をかけたり、湯上がりに爺さんくさく襟元をきっちりと閉じたバスローブ姿で出てきたり、けして若作りしようとせず、けれど初老の男のオトナの余裕と控えめで上品な色気を醸し出して、それを演出もちゃんとわかっているというところに、昔のハリウッド映画の成熟したベースを感じる。
毎度のことながら、セーヌの岸辺を主演の二人が歩くなんでもないシーンや、公園で人形劇を見物するシーンなど、さりげないロケシーンを観ながら、あぁ、またパリをほっつき歩きに行きたいなぁ、この原油高じゃいつ行かれるか分からないけど…などと思ってしまうワタシなのであった。

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