「ジャケット」

~時を駆ける男~
2005年 米 ジョン・メイブリィ監督



全く知らないで観たのだけど、これは「愛の悪魔」と同じ監督による作品であった。7年の間の作家としての成長が伺われる作品でもある。まあ、作品の梗概などはここを見ていただくとして。
画面の色が、やはりグリーンのフィルターがかかっているせいか、冒頭、主人公スタークス(エイドリアン・ブロディ)が戦場で怪我を負ったあたりから、しんとしみいるようである。印象的に黒が使われていて、雪道を一人歩くスタークスの姿を追って、無理なく映画の世界に入っていかれる。エイドリアン・ブロディは、けして好きな顔ではない俳優なのだけど、画面に出てきて演技をするとやはり引き込まれる。上手いのである。うちの母はこの人の出世作「戦場のピアニスト」が大好きで(エイドリアン・ブロディが好きなわけではないらしい)2ヶ月に一度くらいは、必ず観ているようである。


いや、それにしても辛い人生である。もう既に戦場で死んでいたのだと思えば諦めもつくか。それにしてもあの拘束衣(ジャケット)を着せられて、死体置き場の引き出しに入れられる最初のシーンでは思わず「うわぁ!」と叫んでしまった。ワタシは閉所恐怖症なのである。だから狭いところで身を起すこともできず、方向転換も出来ず、ただじっとしていなくてはならないなんていう状況は考えただけでも怖い。暗い狭い筒みたいなものの中を出口も見えず引くこともならずに延々と匍匐前進で進んでいくしかないというような状況もぞっとする。(ショーシャンクの空に、の脱獄シーンなど)だから、観ているとこっちまで、空気の薄い狭いところに放りこまれた気分になって心臓がパクパクしてしまった。おまけに狭い長方形の闇の中に入れられたパニック状態を上手く表現したあの暗闇の中の目、虹彩がキロキロと鳥の目のように動き、フラッシュバックがぱっぱっと入ってくるシーンは心底ゾワゾワした。こんな目に遭わされては、折角正常でも異常にさせられてしまうというものだ。



この手のテーマだと「カッコーの巣の上で」をやはり思い出す。医者と医療施設と鬼のような婦長が、精神病の患者達をぎゅうぎゅうと追いこんでいくのだ。
「ジャケット」も途中までは、"カッコーの巣"状態で進む。そういう主旨の映画かな、と思っていると別な側面が出てくる。彼は暗闇に押し込められている時に、意識が未来にワープするのである。1992年という時代設定で、このワープする近未来は2007年。つまり、偶然だけど、今年である。何か面白い。ともあれ、彼は除隊後、ヒッチハイクをした車の運転者が警官殺しをした事件に巻き込まれ、戦争の傷で記憶が曖昧なことからその運転者を思い出せず、自分が犯人にされてしまう。しかし心神耗弱とみなされて無罪にはなるが、精神病院送りになってしまうのだ。この車の若造でブラッド・レンフロがちらっと出てくる。最近とんと名も聞かなかったが、子役の命は本当に短い。もうすっかり大人になってしまったし…前途多難である。
そのヒッチハイクをする前に彼は行きずりの母と娘を助ける。2007年に出会うのは、その娘が成長した姿である。キーラ・ナイトレイ登場である。荒んだ生活をしているジャッキー(キーラ)の部屋で、冷蔵庫の残りもので、さっと食事を作ってあげるスタークス。このシーンはほっとする。そして、彼女と出会ったことで、彼は自分が1993年に死ぬことを知るのである。そして、ジャッキーの母もタバコが原因で事故死している事も…。面白いのは自分が死ぬことはもう運命で避けられないと諦めているのに、ジャッキーの母ジーンには手紙を送ってタバコに注意するように警告し、未来を変えている事だ。未来は原則的に変えてはいけないもの、というのがタイム・パラドックス物のコンセンサスなのだけど、この場合は、まあ、最後に救われる非常に重要な部分なので、そんな小うるさいことは抜きで胸をなでおろすべきだろう。死を意識しないと、本当に生きることはできないのだ。至言である。いかに体を拘束されようとも、人の魂は縛ることができない。どんな状況でも心は自在に飛来し、そして絶望からさえ希望を見出すのだ。投げてはいけないのである。どんな状況でも。どんなに辛かろうとも。

スタークスをモルグの引き出しに入れる精神科医にクリス・クリストファーソン(ジジィになったなぁ。奥目が裏のありそうな人物に持ってこいである)、またスタークスをどうにか助けようとする女医にジェニファー・ジェイソン・リー(かのサンダース軍曹の娘)が扮して、それぞれ好演している。


さて、我らがダニエルは、というと…。



スタークスの患者仲間の ルーディーで登場。覚悟はしていたものの、やたらにガタイがよく、額に深いシワ、真っ黒な髪がべったりとなでつけられて、どこから見ても立派なキモイマンである。さすがカメレオン、見事な変身ぶりではあるのだが、正直キモい。が、そんな姿も新鮮ではある。芝居も楽しんでやっている様子がわかる。ルーディーがまくしたてるシーンでは、かなりデニーロが入っている。この映画で初めてダニエルを見ていてデニーロを思い出した。今後、そういう状態のダニエルはダニーロと呼ぶことにしようと思う。

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