「真珠の耳飾りの少女」

~無言のエロス~
2003年 英・ルクセンブルク ピーター・ウェーバー監督



この映画はとにかくエロい。空気が濃密にエロいのだ。薄闇の中で一輪、色濃く香っている百合の花を見ているような濃密さである。エロいからといって、なんら具体的な描写は出てこない。秘すれば花の極地ともいえる。それこそ絵画を地で行くような陰影深い画面の中で、男と女の秘められた愛、一触即発ながらもけして肉体的には交わることのない想いが、1枚の絵を通して交歓されるのだ。
謎の多い画家・ヨハネス・フェルメールを演じるのはコリン・ファース。好きな俳優ではあるものの、あまりコリンを観ていてエロいと思ったことはないのだけど、この作品のコリンは素敵印3重丸はさしあげたい風情である。ロン毛が殊の外良く似合う。そのロン毛にまたよく似合う悩ましくも憂鬱げな眼差し。無口で気難しく、絵だけ描いていたい、他の煩わしいことには一切関わりたくないという絵描きの雰囲気がよく出ている。


しかし、彼とても絵だけ描いているためには嫌でもパトロンの望むものは妥協して描かねばならないし、また経済的な実権は妻の母が握る家にマスオさんのような状態で入っている以上は、不美人の妻の首筋にも怠り無くキスをしてやるほどの世渡りの術は持っているのである。その結果、妻は常に妊娠状態である。そして、表向きはそこそこの家を構えているものの、内実は火の車であるこの家に、貧しい家計を助けるため、住み込みの女中で雇われてくるのがスカーレット・ヨハンソン演じる少女・グリートである。



グリートの父は陶器の絵付職人だったが、失明して仕事ができなくなっている。この父から美的な感性を受け継いだと思われる彼女は、一応有産階級の出身で教養もあるであろうフェルメールの妻よりも、彼の世界をすみやかに、感覚的に理解する。しかも女中としても忽ち有能さを発揮して、買い物をすれば新鮮な肉を安くツケで売らせ、洗濯も掃除も料理もテキパキと行う。アトリエの掃除を言いつけられたグリートが汚れた窓ガラスを見て、拭く前に妻に確認する。妻は何を尋く事があるのよ、お拭きなさいなといわぬばかり。「でも、ガラスを拭くと光線が変わりますが…」というグリートに、妻は自分が夫の仕事を全く理解できていない事実を差し付けられてしまうのだ。
このフェルメールにぞっこんの不美人な妻が、なんだかリアルに17世紀の人のようでいい味をかもし出している。そして妻の実母も本当にその時代から抜け出してきたかのようだ。シンデレラの意地悪な継母、といった風貌。昔持っていた挿絵付きのお伽話の中にこんな感じの女王とか、魔女とかがいたなぁ、などとふいに思いが少女時代に帰ったりもして…。


妻(左)とその母(右)

そして、グリートを演じるスカヨハは、むきたまごのように白く、新鮮で、瑞々しい。常に被っている白い頭巾が禁欲的な印象も与える。(事実、この頭巾は彼女にとって何かしら純潔の象徴のようでもある。のちにフェルメールに絵のモデルに請われ、頭巾を取れと言われて非常に抵抗する)
フェルメールはこの新参の使用人が、妻にはまるで持ち合わせのない美的センスを持っていることを知り、徐々に掃除のみならず自分の助手としてグリートを使い始める。「ごらん。窓の外の雲さえ、ひと色ではないのだ」と教えられ、仕事の合間にじっと空の雲を見上げるグリート。恋する乙女。しかし憧れは遠い雲のようにはるかである。
そして彼女の憧れを踏みつけるかのようにフェルメールの妻はまたも妊娠する。むっつりと憂鬱げなフェルメールだが、面白くなさそうな顔でやる事はやっているのである。
屋根裏の作業部屋で、絵の具をこねる作業をする二人。グリートの手に手を重ねて素材のすりつぶし方を教えるフェルメール。もう、先生ったら…という感じだが、これが非常にエロいのだ。二人の距離が近づくと邪魔が入る。しかし、二人は気持ちの上ではもう出来上がっている。




それを本能的に知る妻は嫉妬に狂う。娘よりも冷静でずっと捌けている義母は、グリートに絵心を刺激されているらしい婿の様子に、娘の大粒の真珠の耳飾りをグリートに貸す。婿にはいい絵を描いてもらわねばならない。パトロンに絵が売れなければ干上がってしまうのだ。この耳飾りを吊るすため、グリートの耳にフェルメールが針を通すシーンが全編中のハイライトである。濃密なエロスが漂う。闇の中の、白い大輪の百合の香りである。



ぷつっとみみたぶを針が通った瞬間、グリートは愛する男に全てを捧げたのである。その刹那、痛みと官能でグリートの白い頬を涙が伝う。エロスが極まるシーンである。二人の惹かれあう気持ちが傑作「真珠の耳飾りの少女」として結晶する。…と名作誕生の裏にはこんなこともあったのかも、というお話だが、とにかくコリン・ファーススカーレット・ヨハンソン共にとても良い。さまざまな慮りからグリートに手を出さないフェルメール。心まで描かれ、官能に火をつけられて放置されたグリートは、肉屋の息子にはけ口を求める。もやもやを抱えて夜の町を走るグリートの姿が切ない。言わず語らず、眼差しで告げあう気持ちが、実は最高に官能的なのだということを教えてくれる一篇。「満たされることのない想い」ほどロマンティックなものはこの世にない、のかもしれない。

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