ひそかな憧れ 安野光雅の世界



10代の頃、ワタシは挿絵画家になりたいと思っていた。
絵本作家ではなく、挿絵画家。
物語の部分、部分に絵をつけるという作業が、自分の感覚に合っていた。
文字だけのページを繰って行って、ふいに現れる挿絵で、
余計に深く物語の中へ引きこまれる。
子供の頃に読んでいた本は、そんな素敵な挿絵のついたものが多かった。
さらさらっと描いたカットが想像力を掻きたてる。
挿絵画家は素敵な仕事だと思った。
今でも思っている。


絵本作家になりたいとは思わなかったが(さしたる違いはないように思うけれど、挿絵画家の方がよりピンポイントでその物語からここという部分を抽出して表現する楽しみがあるような気がする)、幼児期に与えてもらった絵本も
非常にいいものが多かった。殊に覚えているのは岩波から出ていた薄手の絵本で、世界各国の絵本を日本語に訳したシリーズだった(と、思う)。だから絵のタッチが日本の作家とはちょっと違って、とても斬新でファンタジックだった。
そのうちの何枚かは今でもありありと思いだせる。

そんなにもお気に入りだったのに、成長の過程で絵本や挿絵つきの本は、どんどん本棚の奥や脇に押しやられ、新しい本が増えるにしたがって居場所を無くしていった。様々な出版社のさまざまな絵本を買い与えてもらっていたが、絵本を必要としない年齢になると、大版のものから、廃棄することになった。でも、岩波の絵本だけはシリーズでずっと持っていようと思ったのに、いつしか不覚にも廃棄の方に廻ってしまったらしい。気が付いた時には手元に無かった。
けっこうショックだった。

数年前から、そんな失われた絵本について、思いだす事が多くなった。
でも、ある種の本というのは手放すと二度と手に入らないもので、
機会あるごとに探しているが、いまだに見つけられないでいる。

だから、新たに絵本や挿絵本を、良いなと思うと購入するようになった。
海外旅行に行くと(古)本屋には必ず立ち寄り、よさそうなものがあると買ってくるようになった。
子供の頃に愛好していた、ページを繰るたびにワクワクするような本に
もう一度出会いたいと思っていた。

パリの古本屋では、映画化されるずっと前に「トールキンの世界」と題された指輪物語の挿絵集をそれと知らずに買って悦に入っていた。それらの挿絵は、昔、心躍らせていた岩波の絵本の挿絵に、どこか似ていた。それから10年以上たって、「ロード・オブ・ザ・リング」が封切られ、そのトレーラーを観ていて、あの挿絵集の中の絵と同じ場面があれこれと出てくるので、「あ、これだったのね」とやっと分かったのだった。ふ?ん、そうか…なんて。
映画が公開されると、パリの古本屋で買った「トールキンの世界」は日本語版が出て本屋に平積みされたりしていた。秘密の花園が広く一般公開されてしまったのを見るような、身勝手な落胆を覚えた。




そんなこんなで、暫く途絶していた岩波に代わる絵本、挿絵本探しだが、
数年前からハマっているのが安野光雅氏の本。
昔から折りに触れ、いいなと思ってきたのだけれど、数年前久々に思い出して
手にとってみて、やみついた。
絵本であれ、画集であれ、挿絵本であれ、
とにかくこの人の絵はセンスがいい。
風景画はほんのりとした水彩のタッチが目をなごませてくれるし、
テーマやジャンルによって、全く異なるタッチを鮮やかに使い分け、
けれど、その異なるスタイルのどれもが斬新で詩情を帯びている。



イラストレーターとしての才能が洪水のように溢れ出している絵本や挿絵は
何を見ても飽きないし、どんなに昔のものでも全く古さを感じさせない。
今年、83歳になる安野氏はいまだ現役。
自らの脚であちこちを写生して歩かれ、
尽きせぬ創作欲で作品を生み出されている。
描きたいと思うものを描きたいように描き、それが人を楽しませる。
幸せな循環だとつくづく思う。数日前NHKのちょっとした番組でお見かけしたが
絵を描く事が本当にお好きで、芯から楽しそうだった。
つくづくと幸せな才能を持つ、幸せな人だと思う。

「旅の絵本」シリーズもいいけれど、「絵本 平家物語」や「絵本 シェイクスピア劇場」はたまた対談集やエッセイなども、ご自身の素敵な装丁により、書架に一冊ずつは欲しい本。

 絵本 平家物語より

それはまさに、ページをめくるたびに心がワクワクするような本だ。
絵本や画集は気になるものから入手したけれど、この次あたりは数学の苦手なワタシに数学への興味を持たせてくれそうな、数学者・森 毅氏との対談「数学大明神」などを手にとってみようかしらん、と思っている。

コメント

  • 2009/04/23 (Thu) 22:28

    kikiさん、こんばんは。
     安野光雅の絵っていいですよね。
     私も、昔から安野さんの絵が好きでした。
    そして3年前に夫が安野氏の故郷、津和野の隣の市に単身赴任したのが縁で、安野光雅美術館を訪れました。
     その頃展示されていた『繪本平家物語』や『ヨーロッパ紀行』『壺の中』の原画を見て、感激しました。
     また、その美術館には小さなプラネタリウムがあり、星空の解説だけでなく、kikiさんがこの記事のトップに掲載されている『天動説の絵本』も上映されました。売店もあり、絵葉書を買いました。
    「旅の絵本」は昔から家にありましたが、美術館を訪れて以来、他にもいろいろ欲しくなり、この3年間で5冊ほど購入しました。『天動説の絵本』も持っています。そして、『壺の中』はボランティアで行っている小学校の読み聞かせでよく使いますが、とても好評です。
     そうそう、横にそれますが、津和野と言えば、森鴎外や西周の故郷でもあります。島根の西の端の小さな町なのに、結構才能ある人を輩出しているのです。 

    • ようちゃん #4ihH6cqY
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    • 編集
  • 2009/04/24 (Fri) 07:00

    そうそう、安野光雅氏は島根県の人なんですよね。そして津和野出身の鷗外も西 周も島根県人ですね。確かに、島根県は傑物を産み出してますねぇ。半端じゃない人ばかりだものね。余談だけれど、森鷗外の娘、茉莉の「記憶の絵」とか「父の帽子」なんか読まれましたかしらん?茉莉がいかに父・鷗外を好きだったか、鷗外がいかに茉莉を愛したか(茉莉だけでなく子供をみんな可愛がってますが)が伝わってきます。鷗外の子供に生まれる事と、漱石の子供に生まれる事ではエライ違いだな、と漱石の息子、伸六の回想録を読んで興味深かったですわ。漱石はいつ気がふれたように怒り狂うか分からないオソロシイ虎のような男だと家族には思われていたんだそうで、家族にとっては怖かったんでしょうが、息子や妻の回想を読むたびに、そんな漱石が気の毒に思えてならぬワタシですわ。と、話がそれましたが、島根県に行く事があったら津和野も行ってみたいし、安野光雅美術館は是非行きたいところですわ。絵葉書っていいですよね。展覧会や美術館に行くと、ワタシも必ず絵葉書をかなりの枚数、買いますよ。絵葉書としても使える上に、好きなところに飾れますしね。「壺の中」は確かによさそうですね。ボランティアか。ようちゃんも色々と活動されてますね。

  • 2009/04/26 (Sun) 01:12

     鷗外の娘さんのも漱石の息子さんが書かれたものも読んでないのですよ~。
    私ってあまりちゃんとした本を読んでないんですよね~。これでも図書館司書として働いていた過去を持つわたし(昔の田舎の役所ってそんなもんだったりします。司書の資格も2ヶ月くらい夏休みに講習受けるだけで取れましたしね。)
     ところで、ちょうど私、1週間くらい前から急に漱石や鷗外の本を読みたくなり、夫の書斎に忍び込み、『ちくま日本文学全集』から拝借して読み始めていたのでした。そこに、今回のkikiさんのコメント。
    しかも、さっき気づいたのですが、この文学全集の装丁は安野氏によるもので、しかも、鷗外の巻のあとがきも安野氏が書いています。
    なんかリンクしてますね~。

    • ようちゃん #4ihH6cqY
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    • 編集
  • 2009/04/26 (Sun) 08:06

    ワタシは鷗外の小説というのは、堅いのであまり読んだ事はないんですが、鷗外が「パッパ」としていかに子供たちを愛したかという娘たち(茉莉、杏奴)の回想は読んでいてホロリとしますよ。鷗外は小説より私生活の方が面白いんですわ。美人だけど気の強い我侭な後妻を貰って嫁姑戦争に悩まされたりね。でも海のような愛情を誰にもいつでも与える事のできた人だそうで、確かに人として深みがあったんだろうな、と。対する漱石は癇癪持ちの江戸っ子でね。作家としては鷗外よりもずっと売れたけど、家庭的には気の合わない奥さんに心を開けず、奥さんにへばりついている子供たちにもあまり愛情を持てず、一人、神経衰弱で胃を荒らし…とその孤独さに本当に可哀想になりますわ。家族と疎遠な分、弟子には愛情を注いだのであんなに慕われたわけですが、もっと気の合う嫁さんを貰えば良かったに、と思わないでもありません。でも家族にしてみれば大変だったんだろうと思いますけどね…。
    で、安野氏は同郷の鷗外をとても尊敬しておられるんざますのよね。『ちくま日本文学全集』って安野氏の装丁だったざますか。ちょっとチェックしてみなくっちゃ。

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