「飲食男女」

~食べる・愛する・生きる~
1994年 台湾・米 アン・リー監督

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アン・リー、台湾時代最後の傑作。(「恋人たちの食卓」というダメダメな邦題がついているが、無視)とにかく冒頭から料理のシーンに目を奪われる。鮮やかな手付きで鯉をさばくその手際に息を呑む。日本料理の料理人のような身構えたシャープさや緊張感は無いのだが、とにかく手順や方法が合理的なのが中国だなぁという感じ。素材を刻み、油で揚げ、蒸す、合理的かつダイナミックな料理のシーンに目が釘付けになる。ここだけ何度も見返すぐらいに大好きなシーン。
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う?ん、写真入れ過ぎか。でもこのシーン、スゴイのだ。見てほしいのねん。

台北の古い住宅街の一角。かなり広い一軒家の厨房で、名だたる料理人の父(ラン・シャン)は三人の娘達との週末の晩餐のために手のこんだ、贅を尽くした、満漢全席のごとき料理を作る。料理のために庭で鶏も飼っている。鯉も生きたのを大きな甕の中で泳がせていて、料理の前にむずと捕まえて長い菜ばしをグサっと鯉の口からつっこんでシメる。毛をむいたアヒルの口から息を吹き込んで体を膨らませ、パンパンになったところに外側から熱い油をかける。全てに手際よく、ユーモラスである。とりわけスープが美味しそうで、毎回、あ?、あのスープ一口飲みたいと涎を垂らしつつ眺める。

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名優ラン・シャン

父親役のラン・シャンさんは台湾時代のアン・リー作品には欠かせない名優。藤 竜也がもう少し年を取ったような風貌で、頑固で優しく、ほろにがで味わい深いオヤジさん役に真骨頂を見せる。
そして主人公一家の住む、この古い家の佇まいが何とも素敵で、まずこれに憧れてしまうのだ。昔は日本も屋敷町に大きな塀に囲まれた古い家がけっこうあったものだけど、昨今だいぶ姿を消している。木造の洋館だが、しゃっちょこばっても気取ってもいないその佇まいがとてもいい。適度な古ぼけ具合も心和む。ワタシはこんな家に住んでみたい、と思うような家が出てくる映画に弱いという傾向がある。この映画もそんな作品の1つ。

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いい感じの家 古くて広くて快適そうでキッチンがプロ仕様

この、土曜の夜に父が腕を振るった料理を家族が全員揃って食べるという習慣に、3人の娘たちはいい加減アゴが出ている。だから第三者から見たら垂涎ものの料理の数々を前にして、少しも嬉しそうでない。なんという倦怠。お抱え料理人がいて、毎週末豪勢な晩餐がいながらにして食べられるんですぞ!
しかし、毎週のことだったら新鮮味も有り難味もなかろうし、確かに1ミリも嬉しくなくなってしまうかもしれない。習慣とはオソロシイものである。

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長女

行き遅れかけて(いまや死語って感じだが…)ヒステリックな長女。男子校の化学の教師で、スタイルはいいのだが地味なスーツにウォークマンで聴くのは賛美歌と来た。こりゃキツい。
この長女と対照的な次女(ヤン・クイメイ)は航空会社の営業ウーマン。絵に描いたようなキャリアウーマンで、美人で脚が綺麗で颯爽としている。オヤジの言いつけは一応守るが、門限までにちょこっと彼氏とメイクラブ。仕事も恋愛も順調な私!というやつである。演じるヤン・クイメイは池上季実子を縦に伸ばして華奢にして脚を綺麗にしたような感じ。

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次女役 ヤン・クイメイ

三女は学生。学校帰りにファーストフード店でバイトをしている。どこの国の女子大生も同じである。この三女は明るく目がくるっとして、昔のアムロちゃんに似ていなくもない。

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三女

父の朱は一流ホテル(あの圓山飯店ですよ)の名コックだが、味覚異常になったため休職して家事全般を引き受けている。お父さん、とにかくこまめによく働く。一家に一台である。おまけに料理は名人なのだ。少し口うるさくても洗濯に掃除、そして大得意の料理と、一家に一人いればほかの人は要らないような働き者の素晴らしいお父さんである。
そして、この家族の母は早くに亡くなっている。父と娘三人の家庭なのだ。

三人の娘たちはそれぞれ、最後にこの古い家に一人残って父と暮すのは避けたいと思っている。まず次女が早々に脱出を図って新築の高級マンションを貯金をはたいて買うのだが、これが建築基準法に違反した建造物で業者は金を持ち逃げしてしまう。次女は父に似過ぎていて互いに同族嫌悪のような感情を抱いている。父親と似過ぎた娘というのは、父親とぶつかることも往々にしてある。欠点も長所も似過ぎているので、いい時はいいが、ぶつかる時はとことんぶつかるのだ。余談だが、ワタシは顔も性格も父親似。ずっと父親大好きで来ているが一時期凄くぶつかった時期があった。ワタシが絵や文章を書くのが好きなのは全くこの父親譲りの性質。「飲食男女」でも父親と次女は料理が好きという点でも似ている。似ている父と娘の間の空気をよく出しているな、と思う。この作品では、子供時代はずっと父べったりだった次女が途中から料理を禁じられて父に距離感を持つようになるという経緯がある。

この次女と、恋愛経験もなく鬱屈して宗教をよりどころにしている長女の微妙な軋轢。
この長女を演じている女優がとても上手いのである。台湾の女優に明るくないので、名前が分らないのだけど、とにかく屈折してちょっとヒステリックで、僻みっぽくなっている感じがとてもよく出ている。(近所の家から漏れて来るカラオケの音にブチ切れ、窓辺にスピーカーを出して大音響で賛美歌を流すあたりのヒスヒスぶりはちょっとスゴイ)花の部分は次女役、実の部分は長女役の女優が取っている感じかもしれない。

切れた挙句に色気づき、地味だったメイクと服装を一変させて学校に出勤するシーンなど、目のイっちゃってる感じがリアルだ。誰も最後にババを引いて古い家に父と二人で残りたくはないと思っているが、最も可能性が高いのはこの姉だと当人も観客も登場人物の誰しも思っているが…。そして、この長女の友達で離婚して子供を抱えながら働く女性にシルビア・チャン。おしゃまな娘役の女の子がなかなかかわいい。この少女にラン・シャン演じる朱さんが豪勢なお弁当を作ってやるシーンがあるが、もう本当に贅沢の極み。小学生のうちから一流料理人に弁当作ってもらってたら口が奢っちゃってその後の人生が大変そうである。

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豪華弁当!

この長女の友達の母(後家さん)がアメリカから戻り、朱家の父さんに色目を遣うようになったからさぁ大変。周囲はあの勢いに押されて父は後家さんと結婚してしまうんじゃないかと思い、父も猛烈な後家さんの言うことを唯々諾々と聞いていて、観念してしまったのかと誰もが思うのだが…。

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次女の航空会社にアメリカ帰りの凄腕という触れこみでやってくるバツ1のエリートに「ウェディング・バンケット」でもアン・リー作品に登場しているウィンストン・チャオが顔をみせ、婚約者とすれ違いはじめた次女とちょっとラブアフェアを起こしかけるあたりの、ヤングアダルトの揺れる心などもサラリと描いていい感じである。でも、この航空会社のオフィスが当時の台湾では超近代的なキラキラのオフィスってことになってるんだろうけど、なんだかイマイチ垢抜けないのも、香港じゃなく台湾の素朴な感じがして面白い。


次女が、マンションがダメになり婚約者とも別れて順調だった筈の未来図が暗礁に乗り上げるうち、学生の三女はチャッカリと友達の彼氏を奪って出来ちゃった婚をキメる。どこでも末っ子って一番調子いいのだ。イの一番に古い家を出ていく三女。
次に家を出るのは次女なのか、長女なのか?。
そして、父は本当にガサツな後家さんと再婚してしまうのか?

味覚異常(味覚がなくなっている)に悩み、長年職場で苦楽を共にしてきた親友の死にショックを受ける父。この親友と仕事終わりに酒を酌み交わしてあれこれ語らうシーンがいい。
親友の死以降、愕然と弱ったような父の姿に、何か悪い病気なのではと心配する次女。
だが、この旧友の突然の死が、父にはっきりとあることを決断させるのだ…。


この映画の中で、料理シーンと、家のシーンの次に気に入っているのが、次女が時折行く中国茶専門の喫茶店。台湾に行ったら、是非こういうところでノンビリとお茶をしたいものだと毎度見る度に思っている。ピューっと高いところから湯を注いでいろんなお茶を飲んでみたい。

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三人の娘たちと家族を取り巻く周辺人物のキャラクターもきちんと過不足なく描かれ、所々にユーモアも交えつつ、生きること、愛すること、食べること は同源なのだということをしみじみと伝えてくる。中華料理ってやっぱり食の喜びに溢れた料理だ。作る時も勢いがあり、食べる方も勢いをもって食べる。すぐに力になる食物という感じもする。
そして、家族は互いを思い合いながらも、時の流れに従ってゆるやかに崩壊(解体)し、それぞれに家族を作って分れていく。そして、その家族も数十年後にまた分れゆく…。それもまた生きること。自然の流れに沿って生きることなのだ。

娘たちのそれぞれの思惑をよそに、最後の最後に父が決める鮮やかなスクイズも実に痛快。年齢概念などに縛られず、自由に思う通りに、幸せを求めて生きればいい。六十を過ぎたって人生何ひとつ終わったわけじゃないのだ、と実感させてくれる。ある程度の年になったらひたすら若い世代にぶら下がって生きるんじゃなく、還暦以降に第2の人生を花開かせることができれば、そんなカッコいい事は他にないだろう。

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