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「ダークナイト」

~光の騎士と闇の騎士~
2008年 米 クリストファー・ノーラン監督

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ついに観てきた「ダークナイト」。
トレーラーが出廻り始めてからかなり公開を楽しみにしていた作品ではあったのだが、期待にたがわない出来で、2時間半、一瞬のゆるみもなく堪能した。不慮の死を迎えてしまったので、ヒース・レジャーばかりがズームアップされがちだが、この作品は彼だけが凄かったのではない。主演のクリスチャン・ベイルを筆頭にアーロン・エッカート、ゲイリー・オールドマン、マギー・ギレンホールら主要キャストがみな、いい仕事をしていた。(もちろん、お馴染みの白い爺(M・ケイン)と黒い爺(M・フリーマン)もしっかりと両脇から孤軍奮闘するお坊ちゃまを支えている)
脚本も随分練ったなぁという感じ。冒頭のチベットで引いた前作と比べると、有無をいわさず冒頭から引っ張りこまれる。漲る緊張感。ダークなダークな始まり。ハンス・ジマーの、いかにもハンス・ジマーらしいテーマ曲がワクワク感を煽る。おぉ、これは良いんじゃないの?気配がする。そんな気配が…。
前作は全く興味なく公開時もその後もずっとスルーしていて、今年になって「ダークナイト」公開の余波で興味を覚えて初めて観たぐらいで、観てもいまだにあまり印象がハッキリとしないのだが、今回はのっけからビリっと空気が締まっている。磁力線のように強力なオーラが開始早々にスクリーンから放たれて来る。

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ヒースは時折ヴァル・キルマーにも似ていると思う

当初はいかにもただのパンクな強盗のように現れるジョーカー(H・レジャー)。
彼は最初から最後まで謎の存在であり続ける。
口が頬まで裂けて常に異様な笑顔を浮かべたその顔。
唇の裂けた由来はパターンがいくつもあって、語る相手ごとに違う。
どこから現れてどんな半生を経てそのようなパーソナリティになったのか一切不明なジョーカーは、人の心の中に不安や猜疑や嫉妬、果ては殺意までの邪悪な感情を呼び起こすメフィストである。トレーラーだけからでも、ヒースのなりきりぶりは伺えたが、全く素の自分を離れたキャラクターを空中に創造して不思議なリアリティを持たせる彼のキャラの構築能力は今更に舌を巻く。その異様に作りこんだ声としゃべり方。(ビャットミャ?ン(バットマン)という呼びかけは、何やら英語の名古屋弁みたいな趣き)人を苦しめ、苛むのが何より楽しくて仕方ないという雰囲気の、後を引くそのひゃっひゃっひゃ?という笑い声。演じているうちにのめり込んでハイになり、どんどん役に入っていったのでもあろうか…。

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ジョーカーは最高に手強い相手。金にもよろめかないし、相手の性格もとことんまで読みつくしてどん詰まりの罠をしかけてくる。相手の最も弱い、やわらかいところへ過たずに食いつくのである。そのくせ、妙な愛嬌があり、鼻歌を歌いつつ妙なコスプレまで楽しんだりして。まさに円転滑脱、自由自在である。この最強の敵、ジョーカーに追い込まれたバットマン=ブルース・ウェインは、どうしても人を殺せないという心情から、二度も彼を追い込みながら、二度ともジョーカーに止めを刺すことができない。ジョーカーはバットマンの心の弱点をしっかりと抑え、周到に計算してあざ笑うかのように孤独な億万長者の「自衛市民」を翻弄するのだ。
バットマンには自分を殺せない事は想定済みで、逃げられない罠をしかけて追い込み、裂けた口であざけりの哄笑を響かせるのである。しかし、ジョーカーってナニモノなのか。なぜにここまで邪悪なのか。一切の説明はないので余計に興味を煽られる。

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この物語のサブテーマは人の心の奥深くに潜む善と悪との相克であろうが、それを主人公バットマンよりも如実に体現するキャラクターが検事ハーベイ・デント(A・エッカート)である。(余談だがハーベイ・デントって何だかとてもアメコミチックな名前である。クラーク・ケントとかと語感が似ている。)ヒースがあんな風に短い一生を終えてしまったので、この作品について全ての賞賛は彼に向かいがちだが、蓋を開けてみるとデント検事がまさにそのテーマを背負わされた重要なキャラであり、演じるエッカートもヒースに負けず劣らずのいい芝居をしている。デント役によくぞA・エッカートを持ってきたもの。大正解である。この人は検事とか判事とか少壮政治家とか、そういう役柄が似合うと思うのだが、そればかりではなく、熱血で正義に燃える男もそれなりにハマるし、アクの強い野望に燃えた男も似合う。今回はその持ち味を十二分に生かすキャラ。正義漢で「光の騎士」と呼ばれる人気検事にして、ブルース・ウェインの恋敵でもあり、ジョーカー討伐を通じて友情を分かち合うハーベイ・デントをメリハリの効いた演技で見せていた。普通の映画なら収束してエンディングに向かうかと思うところで、気を抜くスキを与えずに襲ってくる奈落の底の奈落。その奇禍と精神的ショックにより、デントは正義漢として生きてきた半生を灰燼に帰すような邪悪な復讐鬼として蘇るのだが…。
そうか、トゥ・フェイスというのも敵役に居たんだったっけね。なるほど、こういうキャラなのね。

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マギー姉ちゃん

ブルースの幼馴染であり、彼の心の恋人であるレイチェルを演じるのはマギー姉ちゃんことマギー・ギレンホール。正直美人とかゴージャスとかセリフの上でも形容されると「え??」という感じにはなるのだが、この人はしゃべり方がとてもエレガント。黙っていると魅力半減だが、ひとたびしゃべると魅力倍増の女優である。今回は初めて彼女をちょっといいな、と思って眺めた。
それにしても、ブルースもレイチェルも切ないことである。

そしてバットマンとして生きる裏の顔と彼女への愛に引き裂かれる孤独な億万長者・ブルース・ウェインを演じたクリスチャン・ベイル。
トレーラーで、今回はかなりイケていると感じたのは間違いではなかった。彼の持ち味である生真面目さや、うっすらと漂う暗さが、自らの存在に懐疑を抱えだした悩めるバットマン/ブルース・ウェインにとても似合っていた。彼が他に恋人を作った愛する女の前に、いつも軽薄そうにチャラチャラした女を連れて現れる様子は些か子供じみていて、可愛くさえ感じる。コネを利かさなければ予約が取れないレストランで食事を楽しむデントとレイチェルの前にロシアのプリマを連れたブルースが現れ、どうせだからテーブルをくっつけよう、ナニ、ここは僕の店だから無問題さ、というような事を言う。あえての金持ち風吹かせまくりである。苦悩する孤独なバットマン=ブルース・ウェインは深い青と黒の背景の中でとても絵になっており、実際にどこかのビルの上に自ら立ったというクリスチャン・ベイルは全編に漲る気迫で完全にこの役をハマリ役にしたと思う。一人、高層ビルの上に佇む姿の痛いほどの孤独感。またペントハウスでのパーティのさなかに喧騒を抜け出して、やけくそ気味にシャンパングラスの中身を宙にぶちまける姿がサマになっている。愛する女の心は遠い。仕方ない。秘密を抱えた億万長者には孤独が似合うのだ。

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今回はとても素敵だったベイル氏

バットマンシリーズで何か設定上の欠点があるとすれば、それはブルース・ウェインが桁はずれの大金持ちで、金にあかせてややこしい下準備も容易に出来てしまい、その義務もないのに道楽のように街から悪を除外するべく奮闘する、というような空気がともすると出てしまうところであろうか。前作では、道に悩み、好き好んでチベットまで修行にいって痛い目に遭ってくる、マゾヒスティックなまでに求道趣味が過ぎるお坊ちゃまを白黒オセロコンビの爺が内と外から湯水のように金を使って支えるという構図で、この「なぜにそこまで?」的オブリゲーションが別なものに変わらないとスケールアップすることはできぬだろうねぇと思っていたら、今回は非常にシリアスなテーマを盛り込んで、お坊ちゃまの暗闘に深い陰影をつけることに成功した。そして、金だけ腐るほど持っていても愛する女を救うことはできない上に、日夜、睡眠時間を削り、生傷を創りながら街から悪を除外しようとあれだけ奮闘していても、何かで風向きが変わるとバットマンは一転して正体不明のならず者として民衆の敵になってしまうのである。究極に追い込まれるバットマン=ブルース。 そして、計りがたい人の心。人が生まれ持った本性は、善なのか、悪なのか。

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人の心の善と悪。
さりげない「善」の見せ方も上手かったと思う。囚人達と一般市民をそれぞれ船に乗せて互いの猜疑心を煽るジョーカーだが、人々はギリギリのところで相互に信頼し、ジョーカーの仕掛けた踏み絵を踏まない。押し付けがましくなく、説教臭もなく、さりげなく説得力があり、その場に臨んではそういう事もあるかもしれない、と思いながら観た。ジョーカーはもちろん性悪説を信じて疑わない男。そして人をそのように追い込む男。だが、彼の計算はこの時初めて外れるのである。

ブルース・ウェインはその後、これでもかとうち続く試練を経てヒーローではなく「闇の騎士(ダークナイト)」として街を守り続けることを自らに誓うのである。

当初の思惑では、ジョーカーとの対決は続編に持ち越され、ヒースが早世しなければ、また新たな死闘と相克が描かれたのだろうと推察されるわけだが、今となっては、果たしてこの続編を作るかどうかは、それこそかなりの踏み絵であろう。ジョーカーを、ヒースに代わって誰が演じられるだろうか。また、更なるテーマ性を持たせるのも至難の業。シリーズ最高作「ダークナイト」をもって、バットマンシリーズの最終作とすることが有終の美を飾るという意味からも最良のように思った。

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