「ノーカントリー」

~アメリカの闇、ベトナムの影~
2007年 米 ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン 監督

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のわ????!

さて、「ノーカントリー」。原題が「NO COUNTRY FOR OLD MEN」というだけあって、映画のはじめと終わりにはトミー・リー・ジョーンズ演じる老保安官のモノローグ(というか、ぼやき)が入る。アメリカがいかに「血と暴力の国」であるかという事を描き出そうとしたのであろうこの作品。4分の3までは手に汗握る展開で、息をするのも忘れて見入った。しかし、最後の4分の1になると、トーンが変わり、テンポも変わり、作品としてのメッセージ(の、ようなもの)がトミー・リーの口から綴られるという作りで二段階の構成になっている。

始まっていきなり画面に現れるのは、乾いた、果てしもない西部の荒野。カラカラに乾いてしかも広大。見ているだけで喉が干上がってきそうな景色である。そして、追われる男・モス(ジョシュ・ブローリン)よりも先に、追う男アントン・シガー(ハビエル・バルデム)がそのドレッドフル・ヘアーでやにわに登場する。掴みはOK。いきなりそのシーン来ますか、というほど予告編で見ていたシーンがポーンと出てくる。うぅむ、ハビエル殿、そのご面相でそんなご無体な。(こればっかり)
それにしても、なんとも名状しがたい濃い顔だ。おまけにあの面妖な髪型。効果は絶大。一度見たら網膜に焼き付いて生涯消えないだろうインパクトだ。頭は絶壁みたいな感じだし、顔の色が妙に白っぽいのも、眠そうな目をしつつ赤い唇でニヤーっと笑うのも、爬虫類的な不気味さが漂っている。カメレオンとかに似てるかしらん。いやしかし、ワタシがスクリーンで彼を観てとっさに思い浮かべたのは、片岡千恵蔵だの、市川右太衛門だのといった大昔の時代劇スターである。その異様な目力と濃い眉、なぜか赤い唇、ドッカリとした鼻、そして顔全体が四六時中何かを主張しているかのような、その大迫力の顔面パワーなどの質感が、どうも似ている。天下御免の向こう傷・早乙女モンドノスケなど、きっとハマるに違いない。そこでワタシはハビエル“千恵蔵”バルデムと彼にミドルネームを献上し、略して千恵蔵と呼ぶことにした。(ウタエモンでもいいけど長いので)

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ハビエル“千恵蔵”

鹿撃ちに荒野へ行って、偶然盆地で死体と金とヤバいブツを発見してしまう男・モスを演じるジョシュ・ブローリンは「アメリカン・ギャングスター」の悪徳デカとは事変わり、ブロンソンが間延びしたような顔で、揉め事の後に偶然その場に行きあわせ、大金を持ち逃げする、それなりにタフな男を自然に演じている。闇取引が決裂して、殺し合いになった果ての現場を高みから発見してその場に行くのだが、よく行くなぁ、死体がゴロゴロしてるのに。そこにわざわざ降りていくという時点で、この男もすでにして普通じゃない。
何台か止まっている車の中にかろうじて息のある男が一人いて、「水をくれ…」と繰り返す。その荷台には大量のブツ。「水はないよ」。モスはかなり用心深く様子を見て、木の根方で死んでいる男の傍らにあった、現ナマのたっぷり入ったカバンを抱えて帰る。トレーラーハウスで待つのは、年の離れたかわいい妻。ケリー・マクドナルドだ。やぁ、久しぶり、ケリー!
ところがモス、水をくれと言った男がどうしても気になって、容器に水を入れて夜中にその現場に戻るのだ。なんでまたそんな物好きな。どう考えたってあれだけ苦しい息の下で水を求めていた男が何時間もたって生き長らえている筈がないのに。
一体、どんな衝動がモスを衝き動かしたのだろう。なぜ、敢えてややこしい状況に?
そこで彼の車は発見されてしまい、物好きで現場に戻った彼には案の定、キビシイ試練が待ち構えている。追い立てられ、ライフルで狙われ、犬をけしかけられるが、モスという男、なんだかしぶとくて、ピンチにもけっこう落ち着いている。追ってくる犬をしとめる様子なども、堂々たるものだ。ナニモノなの?ただのネズミじゃないんじゃない?

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タダ者じゃないブローリン

その後の行動も、その日暮らしのようなトレーラー生活者にしてはパニクリもせず、落ち着き払っていてタダの素人じゃないなぁと思っていたら、やっぱりベトナム帰還兵。しかも二度も召集されて、二度とも無事に戻っているのだ。運もいいのだろうけど、それだけ咄嗟に危機を察知してそれを回避する能力が高いということなのだろう。ベトナム帰還兵は戦う事のプロだもの。納得のしぶとさである。まぁ、そういう男でなければ、あんな一目でややこしいとわかる状況にわざわざ巻き込まれに行きはしないだろう。すべては身から出た錆だ。そして時代設定が1980年代なのも“ベトナム以後の社会”という事が大きなポイントだからで、80年代は70年代ほど生々しい形でなくベトナムの余波がアメリカの中に根付いて、それ以前とは明らかに違う国になってしまった事を如実に古い世代が感じる年代だったのかもしれない。

組織に雇われて消えた金を追跡する男シガー(千恵蔵)。とにかく面妖な殺し道具ばかり持っていて、あのドレッドフルなヘアスタイルで圧縮空気のボンベを携え、額でも、錠前でもパシュ!と穴をあけてしまうのには、オソロシイと同時に妙なおかしみもある。これまでに見たことのない種類の殺人鬼像を構築していた。殺しと殺しの間に乾いた笑いを挟んでいくところがコーエン兄弟のかもし出す空気感だろうか。劇場には欧米の人も多かったので、トミー・リーのセリフにやたら大受けしている一角があって、うぅむ、字幕では伝えきれないニュアンスが篭ってるんだろうなぁ、そこらへんまで嗅ぎ取りたいぞよ?、と思いつつも誰でも受けそうなところでクスリと笑ったりしていた。
2番手の追っ手でシガーをも追う男にウディ・ハレルソン。やけに調子がよく、おしゃべりで、明るいブルーの目には狂気の色もなく、彼自身のブラフではシガーを殺れるのは俺だけさ、という事なのだが、こんな男が凄いわけないなぁと思っていたら案の定、アッサリとシガーにスキをつかれてしまう。口ほどにもない。背後からヒタヒタと階段を上ってきたシガーが「おまえの部屋で話そう」という時の貼り付いたような笑顔の不気味なこと。そして大口を叩く奴は、やっぱり大した事はないというのは洋の東西を問わず真理であるらしい。

ベトナム帰りのモスは、シガーに一泡吹かせたりもして、かなり頑張っている。かつて湿地のジャングルで磨いたサバイバル術が生きたのか、とにかく、涙ぐましいまでの奮闘で一時期はいいセンまで行くのだけど…。モスの泊まった安宿を嗅ぎ付けてヒタヒタと迫ってくるシガー、1枚の木のドアを隔ててモスとシガーが対峙するシーンは手に汗握る緊迫感。このとき、カメラはモス側だけから映していて、ドアと床の隙間がゆっくりと陰って、殺し屋がドアの向こうに来た事がわかるなど、一触即発の緊張感はマックスだが、モスは闇雲に逃げたりせず、けっこう落ち着いて対処する。肝が据わってるよ、モス。そして不気味なシガーの腿に傷を負わせるのだ。あの怪物に。なかなかじゃん、モス。モスが頑張っている間は、映画は非常に面白い。ジョシュ・ブローリン、派手にわかりやすい上手さではないものの、さりげにうまい。また、モーテルでの紙一重の逃走シーンなど、思わず身を乗り出すサスペンス感だ。

モスとシガーのチェイスは、しかしある時点であっけなく終了してしまい、その後、映画のトーンが変わってくる。普通の映画なら老いた保安官が老いの身にムチ打って、非情な殺人鬼シガーを追い詰めるという展開になるのだろうが、トミー・リーの保安官は諦めてしまうのである。
もう、自分にはそんな力は残っていない、と言って。

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老保安官のトミー・リー

彼は、理解不能の犯罪が増えるにしたがって、人間がわからなくなり、世の中はいよよ悪くなり、自分は老いてしまったという述懐をする。人が人に敬意を払わなくなった事がすべての始まりなのだ、と。ハビエル千恵蔵の演じたシガーは、ベトナム以降急速に病巣の拡大したアメリカという国の、「闇」の象徴なのだろうが、悪夢から湧き出たようなこの男は、すべての理解不能な、理不尽な恐怖と暴力、そしてコミュニケーションレスの象徴ということでもあろうか。一言でぴったりした表現をしたいのだが、今はまだうまくこの映画が自分の中でまとまっていない。それにしても、ハビエル千恵蔵、板についた不気味っぷり。「ボクはバイオレンス映画は嫌いなんだ」なんて言っていたそうだが最悪の髪型さえも楽しんで演じていた気配がする。一方的に自分の言う事を押し付けるだけで人の言う事には一切耳を貸さないコミュニケーション能力皆無な態度。(あいつと話し合う事はできない)そのニターっとした薄笑いのオソロシいこと。出てきただけで丸儲けみたいなおいしい役だ。彼だけじゃなくて、トミー・リーもジョシュ・ブローリンもかなりいい味を出していたと思うんだけど…。ただ、千恵蔵の演じるアントン・シガーがあまりにも強力過ぎたせいで、コーエン兄弟がこの映画にこめたかったメッセージはその顔面力の背後に追いやられた観もある。モスとシガーの追跡劇が緊迫感MAXで繰り広げられる部分と、それが収束して以降とでは違う映画が無理にくっつけられたような違和感も感じた。原作を読まないとうまく消化できぬかもしれない、と感じた作品。けれど、原作があっても出来るだけ映画から感じ取れる事を感じ取りたいと思うワタシなので、原作にはまだ手をださず、もう1回観てみようかと思っている。

保安官が、障害者になったかつての同僚を訪ねるシーンで、「この国は人に厳しい」と、車椅子生活になった元同僚の爺さんが言う。それを見ながら、アメリカもそうかもしれないけど、理由なく人が殺され、無造作に親子や兄弟が殺し合い、老いた人が生き難い、人に厳しい病んだ国は、別にアメリカに限った事じゃない、もっと身近なところにもあるよ、とワタシは思った。

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