「パフューム ある人殺しの物語」

~オブセッションNo.5?~
2006年 ドイツ/フランス/スペイン  トム・ティクヴァ監督



冒頭から非常に感覚的な映像。映画がダイレクトに訴えかけることができるのは視覚と聴覚だが、その2つを効果的に使い、間接的ににおいを脳内に立ち上らせてくる。生魚にまみれて生を受けたグルヌイユ。この市場のシーンは生臭い魚のはらわたや、ぬかるんだ地面、人の饐えた汗や体臭、生ゴミも排泄物も食物もひとしなみに同じ場所に存在する悪臭ふんぷんな空気がふんだんに漂っている。不潔で猥雑。こんなにリアルにニオイがしてきそうな画面はあまりお目にかかった事がないかもしれない。原作は大半忘れてしまっているが、この誕生のシーンとラストは印象的だったので、さすがに覚えていた。
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少年時代のグルヌイユを演じる少年がベン・ウィショーに良く似ている。彼が大地の上に目を閉じて身を横たえ、あらゆる物のにおいを嗅ぎわけようとするシーンが象徴的だ。そしてベン・ウィショー。歩き方や、何やら体型までいびつに見えるトータルな役作り。目がとても効いている。老練なベテラン俳優が二人、若いベン・ウィショーをバックアップ。前半ではダスティン・ホフマン。後半ではアラン・リックマン。

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ダスティン・ホフマン。盛りを過ぎた調香師役で登場。ライバル店の新製品の成分がその特大の鼻をもってしても嗅ぎ分けきれない衰えた調香師の悲哀。白い化粧が老いた道化師のようにも見える。皮なめし職人の徒弟として届け物に来たグルヌイユの特異な能力を知り、彼を住みこませ、その才能を花開かせる調香師バルディーニ。グルヌイユが名刺代わりに作った香水の香りを嗅いで陶然となる表情がいい。新米のお陰で店は大繁盛。調香師は錬金術師のようでもある。すっかり満足した彼がニンマリと嬉しそうに笑う顔にこちらもつい笑顔に。そして幸せな夢を見たまま、崩れた家に潰されてこの世を去る。なんたる最期。

とにかくグルヌイユが傍から去ると、その母も、託児所のマダム・ガイヤールも、なめし皮職人のグリマル親方も、調香師バルディーニも、グラースのドリュオーも、そこで運が尽きたように、命を終えることになる。みな、ろくでもない死に方で。唐突に。グルヌイユに命運を吸い取られたかのように。

グルヌイユが初めて街を歩く赤毛の娘の匂いに強く惹きつけられて彼女を追うシーン。香りに激しく反応していることを表す鼻の脇の痙攣。痙攣がオブセッションを表現するのだ。ビリビリと感応している様子がこちらにも伝わってくる。
グルヌイユが激しく反応する娘はみな赤毛なのだが、赤毛と体臭にはどんな因果関係があるのやら。少し知りたくなったりする。

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最初の娘はそのつもりなく殺してしまうのだが、死んだ娘の衣服をはがして鼻を皮膚に押し付け、その匂いを嗅ぎまくるあたり、ネクロフィリアの気配も色濃く漂っている。この最初の娘が不美人でやせぎすで胸元もそばかすだらけなのが、却ってこのシーンの雰囲気を増しているように思える。死と官能を香りが左右する禁断の物語…。
自分の気に入った匂いを長くとどめたいという熾烈な欲求にかられるグルヌイユ。そのあたりから花や香草でないものを蒸留器に入れ始める。

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二人目の赤毛娘ローラを演じるレイチェル・ハート=ウッドは生贄らしいピュアな美しさがいい。その父リシ(アラン・リックマン)は懸命に娘を守ろうとするのだが…。予知夢にうなされるリシ。そして、街を遠く離れた彼女を嗅覚だけで探し出すグルヌイユ。

殺した女からそのエッセンスを取り出す方法を極めるあたりはまさに真骨頂。それと同時に香りで人心を操ることもできることに、グルヌイユは気付く。原作を読んだ時にも、このグルヌイユが身につけるハンカチにしませた香水によって、自在に群集の心を操るシーンは印象的だった。何人もの女を殺した殺人鬼。おたけぶ大群衆に囲まれていたぶられつつ公開処刑される筈だったグルヌイユ。だがしかし…。

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映画でもこのシーンはまさに圧巻。香水をしませたハンカチを人々の頭上で振るうだけで媚薬の効果が現われ、公開処刑場が一大野合場と化す。司祭のようにその場を取仕切り、群集を操るグルヌイユ。ヒットラーの演説に大興奮する群集をふと思い出す。このシーンのベン・ウイショー。人心を惑乱する暗い目つきから、目の前で交合する群集を眺め、ついに愛し愛されることを知らずに来た自分に気づいてしまうあたりでその目に悲しみが浮かんでくる。命を奪い、香りを抜き取ることでしか愛を表現できない自分。死んでしまった最初の娘。自分が彼女に求めたのは違うものではなかったか…。そして深い絶望の涙が頬を伝う。
群集も裁判官も怒れるリシさえ匂いに幻惑されてグルヌイユを処刑できない。 
だが彼は産まれた場所に立ち戻り、自らを裁くのだ。


***
殺された美女たちのオブジェのような美しい死体。蒸留器に入れられる前の大量の赤い薔薇、一面に広がるラヴェンダーの薄紫、蒸留器の中で踊る黄水仙、印象的な色がその香りを想起させる。そして18世紀のフランスはこんなだったろうなぁと思わせられる風景の数々。おぞましい筈のシーンさえも何故か奇妙に美しく、ユーモアもところどころに漂って、禁断の官能を漂わせる場面をうまくつないでいた。

「命がけで取り憑かれること」とはいかなる事なのか、禁断の扉を少し開いて、その向こうの世界を垣間見た気になれる作品。 原作よりも映画の方が好ましい仕上りだった。

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