「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」

~愛がそれを証明する?~
2005年 米 ジョン・マッデン監督



これは数ヶ月前に、例によってCSから録画はしておいたものの、観たらいきなりグィネスのスッピンのドンヨリ顔が登場して「うへ!」と思い、開始30秒もたたぬうちに鑑賞ストップ。そのままHDDの中に埋もれるハメとなっていた。ワタシはいわゆるグィネス・アレルギーは無いのであるが、夜、風呂上がりにさぁて寝る前になんか映画でも観ようかな、と軽いノリで観始めていきなりドンヨリグィネスに登場されては退散せざるを得ない。そのまますっかり忘れていたが昨今ジェイクにハマったのでふとこの映画を思い出したのである。彼を鑑賞するためだけにも観なくては、と気を取りなおしてもう一度観たら、案外に良かった。
グィネス・パルトロウ。このテの役はお手のもの。情緒不安定の神経症的な女性を演じさせると右に出る者はいない。名づけて「神経症の女王」。健在である。神経がヒリヒリしている。二人だけで暮してきた父が亡くなり、たださえ傷つき易い神経が傷んでいる様子がビリビリと伝わってくる。開始30秒でワタシを退散させたドンヨリ顔の理由である。天才数学者だった父ロバート(A・ホプキンス)は、死の数年前から分裂症を煩っていた。父の頭脳と気質を一身に受け継いだような次女のキャサリンは、一人で父の面倒を看てきた。大学も中途で辞め、友達もいない彼女は父と二人の世界で殆どヒキコモリ。そんな彼女を密かに想っていた父の教え子の数学者ハルにジェイク・ギレンホール。寝癖頭に不精髭でなかなかチャーミー。彼が出てくるとドンヨリした画面にささやかにお日様がさしこむかのようである。キャサリンにとってのハルはまさにそういう存在なので、ジェイクも言わずもがなのハマリ役というわけ。

誕生日というのに父親に死なれ、葬式では離れて住む気の合わない姉と久々に顔を突き合わせて余計にストレス増大。グッタリするキャサリンに無邪気に話しかけるハル。当初は父のノートを持ち出したと彼を排撃したのだけど、葬儀の夜、その無邪気な笑顔につい自分の部屋に彼を入れる。ふとした機会を捉え、ハルはキャサリンにキスするが、こわばった彼女の様子に軽く傷つきながらも「ごめん」と言う。彼女の表情を見る繊細な様子がジェイクならでは。キャサリンは久々のキスに戸惑っていたのである。ほっとしたハルは再度キスするが、盛りあがってくると彼女はふいに顔を覆ったりする。嬉しいが動揺しているのだ。微妙な気持ちの揺れを表現するのがどちらも上手いので、ガチンコ勝負だわと楽しくなった。その後、事に及ぶと感極まって泣き出すあたり、グィネス、上手いし独壇場。ジェイクは眼差しやふとした表情でその時々の気持ちをソフトに伝えてくる。そして相手が男でも女でも、ジェイクのキスシーンはスィートだ。
いやいや。「ずっと好きだったんだ」なんて、ねえ。

middle_1184324655.jpg

ハルを信じたキャサリンは、父の机の引出しの鍵を渡す。そこには父を手伝ううちに完成させた難題の証明を綴ったノートが入っていた。誤りが無ければ世紀の証明。天才ロバートの偉業だと興奮するハルに、自分のノートだというキャサリンだが、ロバートを心酔するハルは信じない。絶対に分ってくれると思ったから見せたのに、彼が無条件に自分を信じなかった事でキャサリンは深いダメージを受ける。それは彼女の存在と再生のかかった「証明」だったのだが…。

N.Y.に住む、気の合わない姉にホープ・デイヴィス。したり顔で自分の考えを押しつけてくる姉に苛立ちを隠せないキャサリン。父から才能を受け継いだ妹が妬ましく、同時に荷厄介でもある姉は「面倒を看るわ」と保護者ヅラで余計な世話を焼く。天才が二人もいる家の中で、天才でない者は様々なコンプレックスを感じながらすごしてきたのであろう。父の頭脳と同時に難儀な気質も受け継いだ妹を病人扱いにして面倒を看たがる姉は、自分には与えられなかったギフトに軽く復讐を企てているかのようだ。そして、そんな姉の底意をビリビリと感じて苛立ちを爆発させる妹。道端で「…ホホバオイルですって!(ケ!)」とまくし立てるシーンに思わず笑った。
儀礼的に集まった大勢の会葬者たちの前で、壇上に立ったキャサリンが突如晩年の父について引出しの中身をぶちまけるように話すシーンも印象深い。それをじっと見つめるハルのジェイク。またも目が効いている。

天才数学者で、晩年精神を病んだ父・ロバートにアンソニー・ホプキンス。この人はレクターを演じる時以外は、常にあっという間に増量するが、この時もかなりの膨れあがり具合。レクターになる時は20キロぐらいは体重を減らすんだろうなぁ。こんなに太っていてよくも落とせるものである。今回はホプキンスにはそんなに見せ場は無かった気もするが、娘と素数について会話する下りは小川洋子の小説「博士の愛した数式」を思い出させた。

middle_1184325055.jpg

長い邦題はメグとラッシーのサスペンスとタイトルが似過ぎているし、まだるっこしい。原題はシンプルに「Proof」。そのほうが「証明」という一言にこめられた様々な意味を想起させやすくて当然良い。
それにしても数学を扱った映画には独特のムードがある。「ビューティフル・ライフ」と空気感が少し似ている。数学もこのレベルまで来るとイマジネーションの世界で、いかに発想し、いかにそれを無駄のない美しい数式であらわすかという事になるのだろうけど、そのずっと手前で走らぬうちに転んでいるワタシなどは、「音楽のように美しい証明」などといわれると、もうそれだけでぼぅっとしてしまう傾向がある。その手前の苦手なところをらくらくと飛び越えて、イマジネーションで数学を楽しめるレベルの頭脳がほしかったなぁ、と時折思うのだ。

    コメント(2)