「ブロークバック・マウンテン」

~山だけが知っている…~
2005年 米 アン・リー監督



アン・リーには、その昔「ウェディング・バンケット」という作品があった。同性愛、家族、東西文化の違いなどを織り交ぜたコミカルだけど考えさせられる映画で、主人公の台湾人の青年と一緒に暮すアメリカ男性がとても穏やかで優しく、台湾青年の都合にあれこれと振りまわされつつも、いつも優しく受容するという雰囲気が印象的だった。アン・リーは微妙な感情の襞を描写するのがうまいな、と思った。彼の作品を見たのはそれが最初で、次に「飲食男女」、その次に「いつか晴れた日に」と来て、すっかりこの監督のファンになった。そして久々にアン・リーが本領を発揮したと思われるのが本作。「ブロークバック・マウンテン」スターチャンネル登場につき、すかさず鑑賞した。
季節労働に雇われた青年二人。大草原と、山と、雲と、羊の群れ。八月でも雪の降る山の上である。無口で無愛想なイニス(ヒース・レジャー)と人懐こいジャック(ジェイク・ギレンホール)。ギレンホールを映画で観るのはこれが初めて。(なんだか最近そんなのが多い)観るなり「トイ・ストーリー」のウッディにそっくりなので吹き出しそうになってしまった。が、この人は非常に目が語る俳優。また、ものを言わずにそっと俯くと、そこに何とも言えない切なさがにじみ出る。この作品でジェイクがうつむくたびに切なくなった。

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うつむき加減

厳しい労働。寒さとも闘いつつ、決められた日課をこなすうち、夜、酒を飲みすぎて羊の番に行かれなくなったイニスは焚き火の傍でごろ寝をしてしまう。夜半、寒さに震えるイニスをジャックがテントに招く。互いに当番制で別の場所に寝ることになっているのでテントは狭い。くっつきあって寝るうちにジャックがイニスの腕を自分の体に廻す。何時の間に惚れてしまったのか、酔いの衝動なのか。人里離れた山の中に隔絶された人恋しさゆえなのか…。最初は抗うイニスだが、ふとその気になってしまう。でも、「ソノ気になる」というのがどうも理解しがたいところ。このへんが潜在的に二人ともにそっちのケがあるからなのだろうとしか思えない。女以外はどうしてもダメだという男だったら、どんな状況であろうとこれは起こり得ないのだ。二人のうち、ジャックの方がそちらの傾向が強いのだが、そのせいか無愛想でモサーっとしているイニスに、何かと心配り優しいのである。
一方、ジャックの想いに押されて、とまどいながらも彼の誘惑を受けるイニスを演じるヒース・レジャーが自然で巧い。彼の役はジェイクのそれより難しいと思うのだけど、努力賞モノである。

男同士は愛を交し合ったあとで、子供に戻ってじゃれあったり、じゃれが嵩じるとくんづほぐれつ取っ組み合いのけんかになったりする。山を去る日に、じゃれ合っていて取っ組み合いになりジャックのパンチを受けたイニスが鼻血を出す。済まないと謝りに近づくジャックを思いきり殴るイニス。倒れて暫く頭を抑えるジャックの姿が印象的だ。双方のシャツの袖についたイニスの血…。
次の年も来るか?というジャックに11月に結婚するから牧場で仕事を探すと答えるイニス。徴兵されなければ俺は来年も来るよ、と言うジャックに、「いつか会おう」と押し出すように返事をするイニス。ジャックはじっとイニスをみつめる。切ない眼差し。どうか言ってくれないか。また来年も山で会おうと、どうか言ってくれないか…。そんな彼の気持ちを振り切るイニスだが、ボロトラックで走り去ったジャックのあとをとぼとぼと歩きつつ道を逸れ、人気のない納屋の壁際にへたりこむ。壁を殴り額を押しつける。ジャックの気持ちを全面的に受け入れられない自分に対する怒りか、ジレンマか。

イニスが結婚したアルマは多産系のむっちりタイプ。二人の娘が生まれてどうにか世間普通の男として生活を始める。アルマを演じるミシェル・ウイリアムス。こういう平凡な奥さんの感情をリアルに表現している。凄く平凡な女なのに、亭主が男と愛し合っているという事実を目の当たりにしてしまうのだから、これはもう驚天動地。自分の亭主が男と熱烈キスを交わしている現場を見てしまったら、どうします?子供もいるのに、どうすんのよ。ジャックはロデオ大会で知合ったテキサス美人ラリーン(アン・ハサウェイ)と結婚して一児の父になっている。アン・ハサウェイが出てくると画面が輝く。やはり華があるのだ。おまけにこの美女はリッチなのである。オヤジが農機具の会社を経営していて羽振りがいい。が、このオヤジはジャックをロデオのオカマ野郎(知っているわけではない)だとコケにしている。そんなわけでジャックの結婚生活は幸せではないのである。

ジャックがテキサスからワイオミングへ14時間もの道のりを逢いに来て、二人は4年ぶりに再会する。朝からずっとジャックの到着を待っていたイニスが飛び出して出迎え、二人は抱き合う。イニスは壁際にジャックを押して行ってその帽子を払い落とし、激しくキスする。4年間抑圧していた想いの強さが溢れている。

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互いに求め合う二人だがその認識にはズレがある。ジャックは何もかも捨てて二人の世界に入りたいのだが、イニスはそれを受け入れられない。互いに家庭があることもさりながら、イニスには心にしみついた恐怖があった。子供の頃近くの農場を男が二人で切りまわしていた。周囲から笑い者にされながら。しかし、ある日、そのうちの一人がリンチにあって殺されてしまう。溝に投げ込まれたその無残な死体を9歳のイニスは見せられたのだ。リンチを行ったのは彼の父だった。周囲に気づかれたら殺される…。骨身にしみたその日の恐怖。

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夫婦仲が冷え、ついに離婚に至ったという知らせを受けてジャックが飛び立つように長い道のりをやってくると、イニスは月に一度の娘たちとの面会日。申し訳無いが今日はダメだという。14時間もかけて逢いに来たというのに。すまないと言われても遣り切れなさは拭えない。行きは嬉しくて鼻歌まじりだったが、帰りは涙が頬を伝うジャック。切なさに耐えきれず、メキシコで男を買ってしまう。今日はダメだ、来月会おうと言われた時の虚脱したような表情。「分った」と言って帽子の陰でうつむく。観ていて胸が痛くなる。

それにしても20年にもわたる秘められた愛。なにがそこまでさせるのか。やはり「禁忌」ゆえだろうか。抑圧されると燃え上がる。ダメといわれりゃ、なお行きたがるのが人のサガ。恋は思案のほかというが、ジャックはイニスのどこにそんなに惚れてしまったのだろう…。最初のシーンで、面識もない時にちらりちらりとジャックが遠くに座っているイニスを見るシーンがある。もしかするとこのへんから既に何かが兆していたのかもしれない。自分でも気づかぬうちに漠然と。

間接的に相手を想っているだけでもやっていける人間と、直接的な接触がなくてはやっていけない人間がいる。イニスは前者で、ジャックは後者だ。が、恋愛至上主義で自分の気持ちに正直に行動できるジャックに比べ、イニスは骨身にしみたトラウマのせいで周囲の目を気にせずに生きることが出来ない。世間一般の男のように生きなければ、アヤシイと思われぬように生きなければ、という抑圧が強い分、想いは深く内側に潜行して、ある意味ジャックのそれよりもずっと苦悩は深いのである。だから、逢わない時間が長くても、相手をじっと想っているだけで生きていかれる。人目を気にするよりそのほうが楽なのだ。一方、それではジャックは苦しい。お互いの全てを共有しあいたいのだ。人生を溶け合わせたいのである。年に数回逢うだけでは拷問みたいなものなのだ。彼には旧弊な思いこみにずっととらわれているイニスが理解できない。人の心にいつしか沁みたトラウマの根強さ。抜け出せない檻。トラウマが無かったらイニスの方がより激しくまるごと求めるタイプかもしれないのだが…。

この二人にとっては、お互いだけで世界が出来ているようなもの。女房も子供もさして重要ではない。殊に女は全く埒外に置かれているのが面白い。互いに女房と寝たり、女と浮気するのは気にならないが、ジャックがメキシコで男を買ったことを知った時のイニスの怒りは激しい。「今度やったら殺す」とまで言う。彼らにとって女は嫉妬の対象にもならないのである。そういうかりそめの人生のつれあいに選ばれた女達も堪ったものではない。ジャックの妻はうっすらと妙だと思っているかも知れないがはっきりとは気づかない(途中から商売に夢中になって他の事には気が回らない感じである)。一方、夫の心は自分になく、同性の友人に向いている事を知ってしまったイニスの妻(それでも愛しているので暫くは夫婦生活を続けるのだ)は辛い。稼ぎもない亭主に「俺の子供を要らないならもうお前とは寝ない」と言われてついに離婚を決意する。こんな胸の冷える事を言われては離婚せぬわけにもいくまい。金もなく自分はトラウマと固定観念に縛られて動かないくせに、イニスは周囲の人間を振りまわす。苦悩するヒドイ奴である。

イニスは思う通りにならない現実に揉まれながら、遠く、二人で過ごしたあの山と、ジャックの事を想っていたいのである。そして衝撃に遭い、それを受けとめることで、イニスはついにまったき所有を得た。随意にいつでも彼について想いを馳せていられるようになったのだ。何物にも煩わされず、誰の目も気にせず、好きなだけずっとその存在を身近に独占できるようになったのである。

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アン・リーは文芸ものの映画化に格別な才能をひらめかす。その繊細な感性が、行間を読ませるような深みを観客に伝える演出に向いているからなのだろう。一切の過剰な演出なしに、淡々と測々と、登場人物の感情がこちらに乗り移ってくる。この作品もこの人以外の監督が演出していたら、どういうテイストになったものだろう…。見ている間もずっと切なく、見終わってから更にしんと胸が痛くなった。この、しんと胸の痛くなるような感じが、アン・リー演出の真骨頂なのだと思う。美しい山の稜線と、去り行く男…。そういえばワイオミングって、「シェーン」の舞台でもあったんだな。

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