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「マリー・アントワネット」

~薄手なマリー~
2006年 米 ソフィア・コッポラ監督



今更な感じではあるが、近所の映画館でやっていてもうじき終了らしいので、ふと気が向いて観に行った。幾つかレビューを読んで大体どんなノリの映画かを知っていたせいもあるのだけど、却ってそういうノリに期待しすぎていたのか、ちょっと肩透かしを食った気がした。ソフィア・コッポラはこれ以前に「ロスト・イン・トランスレーション」しか観たことはないのだけど、あれも最初に劇場で見た時にはそれなりに悪くないと思ったものの、少し時間がたってケーブルか何かで見た時に「…あれ?」という感じがした。なんというか間が長いのである。自分の生理的なリズムと合わない。冗長という感じの間があって、う???ん、どうなんだろうか、と首をひねった。そして、今回も全く同じ。前もってガーリーなテイスト、という印象を持っていたので、確かにそんな感じではあるものの、ソフィア・コッポラ独特のモッタリとしたリズムがひどく長く感じられた。何の予備知識もなく観ればけっこう新鮮な気持ちで見られたかもしれないが、やはりテンポがゆるいと感じたかもしれない。
でもごく通常のスタンスでメンメンと悲劇の王妃の悲劇に至るまでを追っていくよりも、アントワネットにシンパシーは感じられる。何も分らずやってきた16 歳の小娘が、国同士の命運の懸かった結婚生活が夫の不能のせいでうまく行かなくても、ひたすら女の側の努力がないからだと周囲にも自分の母親にも非難され、ただ闇雲に頑張れ、努力せよ、と叱咤激励される。彼女は頑張っている。普通だったらイヤミのひとつもいいたいところをぐっと堪え、むしゃむしゃと大飯を食らい、錠前を作ることと狩をすることにしか興味のないボワっとした小太りの夫を声高に非難もせず、常に肩透かしを食いながらもやさしくベッドで待ちつづけ、内心ゲンナリしながらも夫にはにっこりと微笑んでみせる。けなげである。そんな状況で、努力が足らん、頑張って子供を作れといわれても、一体ワタシにどうしろと?という世界である。義弟夫婦に先に子供が出来た時に、彼女は一人部屋にこもって泣くのだが、激しく泣くのではなく、堪えきれずにう???、と泣くという感じ。もっと物でも投げて荒れ狂いたいところかもしれないが、育ちの良さが表れたものであろうか。こんな境遇に置かれたら誰だって残された道、贅沢して遊んで気を紛らわすという方向に進んでしまうに違いない。確かに開き直ってどうにか退屈な日常に楽しみをみつける以外に生きていきようがあるまい。賭博三昧に衣装道楽。食べるに困らず国費だけれどもお金を湯水のように使えたら、それで気晴らしをするよりなかろう。ワタシが彼女でもブワーっと使ったことだろうと思う。

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ともあれ、おおまかな話の流れは遠い昔に、かの「ベルばら」を読んで大体掴んでいたので???というところもなく観終えた。印象としてはキルスティン・ダンストがなぜにアントワネット?という当初の疑問はそのまま残り(最初の凄い違和感から段々にそれらしい感じになっていってけして悪くはないのだけど)ポリニャック公爵夫人の下品さにベルばらのイメージと違うのね?などと思い、同じくマンガと違ってフェルゼンは女たらしの男前という感じなのかぁと思い、首飾り事件は割愛なのね?、とか思いつつ観たが、もうイメージにピッタンコ!と思ったのが、ルイ16世役のジェイソン・シュワルツマン。ほんとうにもう、ドンピシャリのイメージで、このキャスティングには膝を打った。

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ルイ16世そのまんま

それとアントワネットがやっとこさっとこ懐妊して生んだ王女と王子を演じる子役のかわいいことかわいいこと。あとは、本物のベルサイユ宮殿でのロケなど隠し扉の向こうの部屋などが観られて、さすが本物。それなりに面白くはあったのだけど、そういうゴージャスな本物を背景に使っているのに、何か安手な薄い感じがしたのはキャストのせいか、演出のせいか。ワタシが知らないうちに期待してしまっていたせいか…。宮廷の貴族達の顔がみなどこかしらグロテスクで品がないのもリアルなのか、カリカチュアライズされすぎなのか。そして、オーストリア時代のアントワネットがあまりに普通の小娘のように描かれているので、一般の家の娘がまかり間違って宮廷に嫁いでしまってとまどっているようにさえ見えた。

ジュディ・ディヴィスが王妃のお世話係ノアイユ伯爵夫人を演じていたが、ギスギスしてコワくも滑稽だった。この人の若い頃の主演作「わが青春の輝き」を深夜映画で随分前に観たのだけど、作家志望のヒロインを溌剌と演じていてとても良かった。あの映画はまた観たいと思っているのだけど、なかなか機会がない。

それにしても、貴族たちが見守る中でベッドに入るというところまではともかくも、王妃は王侯貴族の環視の中で子供を産まなくてはならない。そういう習慣があったことは聞いていたが、全くフランスの宮廷って面妖である。こんなところに嫁がされては災難もいいところ。それでも一代前までなら、そのまま蝶よ花よと遊び暮していても安穏に生涯を終えられたであろうのに、巡り合わせが悪かっただけで全ては暗転してしまうのだ。そういうさだめとはいえ回り合わせというのはコワイものである。

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