「乱れる」

~日本映画いぶし銀の底力~
1964年 東宝 成瀬巳喜男監督/高峰秀子/加山雄三



凄い映画を観てしまった。
観終わった後で、こんなにいつまでも尾を引く映画は久しくお目にかからなかった。
日本映画黄金期いぶし銀の底力を感じさせる1本。
スタッフ、キャストともに最高の仕事をしている作品である。
とにかく、まず松山善三のオリジナル脚本の素晴らしさ。それを成瀬巳喜男が演出し、
その世界観を体現するキャスティングの絶妙さに唸る。
高度成長期の地方都市を舞台に、身を犠牲にして婚家に尽くしながら義弟が育つとその親族から弾き出されてしまう未亡人の姿を通して、移り変わる世の中に合わせて価値観を変え、しぶとく居直る事がどうしても出来ない女の悲しみを繊細に表現した一編。
極めて日本的な内容と言えるのに全編にフランス映画のようなムードが漂っているのが特徴で、モノクロの美しい映像が大きな効果を与えているように思う。
この映画で際立っているのはキャスティングの巧さ。主演の高峰秀子はもう言う間でもないとして、小姑である義理の妹を演じる草笛光子に白川由美の身勝手な美人姉妹、
母といえば三益愛子というわけで、老いた無力な母に三益愛子。
出番は少ないが印象に残る草笛の夫役の北村和夫。そして誰よりも予想外の適役で
ドラマを盛り上げた加山雄三。この加山雄三の意外な名演に驚いた人は多いだろう。
私はこの映画の存在については前から知っていた。知っていたけれど、これまで
観た事がなかったのは一重に加山雄三に興味がなかったからに他ならない。
加山雄三といえばやはりあの「若大将」である。脳天気である。ボクとキミである。

巨匠がシリアスなドラマに、当時はやりの若手を起用するのはよくあることだ。
会社の要請だったり、興業上の戦略だったり、理由は色々だろう。
成瀬にしてもそういう事から免れなかったのだなぐらいに考えていた。
だが、この作品の中では、他では絶えてみたことがないほど魅力的なキャラクターを
体現しているのだ。一言で言うと、脳天気ではなく翳がある。
若者の一途さや、年長の女に対する甘えや媚びをさらりと自然に表現している、あるいはそのように見せる事に成功している。それは加山だけの力ではなく、
共演者や演出家に助けられてそう見えるという部分もかなりあるに違いない。
しかし、加山雄三は、根はまっとうだけどスネ気味ですぐに危ないところへ自分の身を曝していってしまう若者に特有の刹那的な存在感をとても魅力的に表現していたと思う。
彼が酒に溺れやすく、酒の上で問題を起こしやすい人間であることは初登場シーンから語られている。酒が元で身を滅ぼすであろうことも、警察に泊められて義姉に迎えに来てもらうシーンから、既にそこはかとなく予感が漂っている。
加山雄三は若者らしい笑顔やスネた上目遣いや、怒りに翳る眉の線などで、破滅に
向かって一直線に進んで行く「夭折する若者」の姿を表現している。
御見逸れしましたという他はない。俳優は本当に素材だ。料理のされ方で全く違う姿になる。あの○カ大将にこんな味わい方もあったとは…。

様々な状況に追い詰められて、自分が焼跡から再興した酒屋を出て実家に戻らざるを得なくなったヒロインを、義弟が追って来て列車での長い道行きが始まる。このシーンでの、視線の交わしあいで二人の距離が段々縮まるという演出については誰もが認めている通り、成瀬演出ここにありという名シーンになっている。

たった半年の結婚生活で戦争未亡人になってしまった女が、その後も再婚もせずに
婚家を守り、死んだ夫にずっとたて続けて来た操が、ふと揺らいでしまうその瞬間。
義弟に告白された事で、封印してきた女が揺らいでしまう。いや、その前から彼女は
自分でも無意識に義弟はただの可愛い弟ではなく、気になる異性になっていた筈だ。
それが証拠に、彼女は義弟に他の女が絡む事を不愉快に感じている。その事で義弟を
問いつめ、自分への思慕を告白させているのだ。つつましい顔をして、若者を追い込んで本音を言わせているのである。道行きの途中で下車した時に、彼女の言う「私だって女よ」という台詞が鮮烈に生きてくるのは、この伏線があるからだ。こういう部分の「女」としての表現のさじ加減が高峰秀子ほどうまい女優は他にいるまい。
色気がさりげなくにじみ、それを被う悲しみがただよう。
女の生臭さよりも、女の悲しみの方がじわりと伝わってくるのだ。

けれど、彼女は義弟に途中下車をもちかけて一緒に旅館に泊まりながら、結局は
自分を解放することができない。自分を許す事ができないのだ。
拒まれた義弟は宿を飛出し、その夜は戻らない。

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そこから、あのラストまでは一挙に時間が流れる。
昨夜こよりを結んだあの指、そして、高峰秀子の茫然とした表情のクローズアップ。
唐突な幕切れ。まさに間然するところがない。
観終わったあとに、しばし呆然としてしまう。ラストの高峰と同じ顔になって。
この表情が、特に何を名状するような色も浮かんでいない、白紙のような茫然と
した表情で、彼女の背後の白い湯煙だけがほわほわと大気を揺らし、彼女は
漂白されたような表情で橋の手前で足をとめ、いわく言い難い放心状態で立ちすくむ
のである。 
…なんだか凄い映画を観てしまった。

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