「ミラーズ・クロッシング」

~やせ我慢の美学~
1990年 米 ジョエル・コーエン監督



コーエン兄弟の名をこれで知ることになった作品だが、無論コーエン兄弟よりも何よりも、これはガブリエル・バーンを最初に見た作品として、ワタシの心に刻まれている。ガブリエル・バーンだけでなく、スティーブ・ブシェーミも、ジョン・タトゥーロも、この作品で初めて知った。
昨今、これについて思い出す事が多く、持っていたLD(!)を観なおしたら、なんだかレビューを書きたくなってしまったので書くことにした。梗概などはここを見ていただくとして、前に観てから随分たつけれど、少しも面白さは色褪せていない事に頬が緩んだ。タイトルの「ミラーズ・クロッシング」とはミラーの十字路という意味で、町外れの林の中のギャングの処刑場所を指す。
ガブリエル・バーン扮するトムは町のアイリッシュギャングのボス・レオ(アルバート・フィニー)の参謀役のような存在である。頭が切れるところをレオに買われ、何かと相談を受けては助言をしている。彼は競馬が大好きなのであるが、闇の賭けに手を出しては負けがこみ、けっこう借金を抱えている。しかし、このツケをキレイにしてやる、といくらレオが言っても、トムは頑として受け入れない。レオのことは親分として男として、トムは大好きなのである。この二人の間には年齢を越えて友情が成立している。お互いに理屈抜きで好きなのだ。

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名コンビ

そんな間柄ではあっても自分が拵えた博打の借金は自分の借金である。トムはどんなに痛い目に遭っても、それをレオに肩代わりしてもらおうなどとは考えない。これがトムという男の核である。それは彼のプライドなのだ。博打はツキに見放され、腕っ節もまるで強くはないが、トムは自分の中の譲れない筋だけは、どんな事があってもけして譲らず、守り通す男なのである。そして、レオとトムは友情のほかにもうひとつ共有しているものがある。ナイトクラブの女・ヴァーナ(マーシャ・ゲイ・ハーデン)である。

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ヴァーナ

親分のレオが惚れているヴァーナとトムは密かに出来ていて、いつしか奇妙な三角関係に陥ってしまっているのだ。レオはそれを知らない。ヴァーナはあばずれである。ほんの少女の頃から「女」を使って世知辛い世の中を渡ってきた。しかし彼女はたった一人の肉親である弟バーニー(ジョン・タトゥーロ)を非常に愛している。彼を守るために親分レオの情けを受けたのである。惚れた男はトムなのだが、トムもヴァーナもお互いに素直ではない。会えば憎まれ口を利きつつもベッドを共にしないではいられないのだけど、その心情はまっすぐに相手には向かわないで微妙に屈折するのである。この二人は似た者同士で惹かれ合うのだ。互いにしょうもないすれっからしなのだけど、心の中にそれだけは譲れない核を持っていて、その部分だけは他がいかに汚れようとも、けして侵されずに常に穢れなく真っ直ぐなのである。そして二人とも、互いに相手のそういう部分を愛しているのだ。

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ヴァーナの弟バーニーは競馬のノミ屋をしているホモの小悪党なのだが、小悪党の癖に一筋縄ではいかない。姉のヴァーナは弟を理屈抜きで愛しているが(姉は弟の同性愛を矯正しようとあえて近親相姦に及んだものの、弟はそれを嫌悪して余計に薔薇族への道を邁進することになってしまったらしい)弟は姉を尻軽女としてとても軽蔑している。ジョン・タトゥーロ、まさに切ってはめたかのようなはまり役。小ずるくてへらへらしていて、危なくなるとどんなみっともない命乞いでも平然とするのだけど、それで命拾いをすると、自分を守るために相手をまた平然と裏切るのだ。この魂の腐ったバーニーが八百長を仕組んで町のもう一人のボス・イタリアンマフィアのキャスパーの怒りを買い、命を狙われるハメに陥ったところから物語が転がり出す。レオはヴァーナを愛しているので、彼女が大事に思っている弟バーニーの身柄を簡単にキャスパーに引き渡すわけにはいかない。レオに弟を守ってもらうためにヴァーナは彼に身を任せたのである。

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小悪党バーニー

レオは50がらみの男だが、独身である。過去に何があったのかは特に触れられていないが、それまで独身できて、ビッチのヴァーナに一目惚れをしてしまったので、彼女の頼みは何でも聞いてやりたいのである。たださえひとつの町に二つの組織が対立しているので、何か火種が発生したらそこから抗争になるのは自然の流れである。しかし、抗争は面倒なので出来れば避けたい気持ちはお互いにある。ちんぴらのノミ屋バーニーがヴァーナの弟でさえなかったら、簡単に身柄は引き渡されて何事もなく幕引きになったところなのだが、そうは問屋がおろさない。キャスパーは、博打の負けを肩代わりするからレオを説得しろとトムに持ち掛けるが、トムがそれを飲むはずもない。取引を断ったトムはキャスパーの用心棒にボコボコにされかける。この作品では、とにかくガブリエル・バーンのトムはよく殴られる。ヴァーナにもパンチを食らうし、レオにもパンチを食らうし、レオの子分にも殴られるし、賭けの負けを清算するためにノミ屋からもボコボコにされる。やられっぷりの良さではダニエルに勝るとも劣らない。少なくともこの作品においてはいい勝負であろう。


そして、彼は何故か帽子をとても大事にしていて、飲んだくれた翌日や、レオに殴られて倒れた時にも、帽子のありかを常に気にしているのである。トムの譲れないスタイル、生き方の流儀の象徴が、このソフト帽であるのかもしれない。タイトルバックで、ミラーの十字路の落ち葉の上を風に軽やかに舞っていくこのソフト帽がとても印象的である。

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交渉が決裂したキャスパーは夜、殺し屋を差し向けてレオの闇討ちを図る。レオは赤い絹のナイトガウンを着て就寝前の一服を楽しみ、故郷の歌「ダニー・ボーイ」を蓄音機から大音量で聴いている。階下では見張り番の男が既に殺されている。この男のタバコが新聞に引火し、床に燃え移る。うっすらと床板の隙間から煙が上がってくるのをふとレオが見咎める。彼は咄嗟に異変が起きたことを察知し、落ち着いて葉巻を消し、スリッパに足を突っ込むと銃を手に意外なほどの機敏さでベッドの下に身を隠す。さすが親分。いついかなる時でも気を抜かず、何事も見逃さないのだ。間一髪で踏みこんできた二人の殺し屋が入り口付近から床板をビシビシとマシンガン掃射してくるのをベッドの下から落ち着いて見図り、足を狙ってまず一人を床に倒し、頭を撃って確実にしとめる。残る一人は咄嗟に部屋の外に出ていったのを見てすばやくベッド下から這い出すと、殺した男からマシンガンを奪い取り、廊下の窓から身を躍らせて庭に降り立つ。この動きもびっくりするほど迅速で機敏である。1階は既に火が廻って一面の紅蓮の炎である。もう一人の殺し屋が部屋に戻って行くのを階下の庭から見上げると、レオは一挙にマシンガンを掃射して殺し屋に死のダンスを躍らせる。事を見届けるために路上に止まっていた一味の車が作戦失敗を知って走り出すと、レオはこれにも悠然と落ち着いて銃弾を浴びせる。走り去る車からもマシンガンが掃射されるが、レオはものともせずにゆっくりと深夜の住宅街の路上を歩きながら、逃げ去る車に向かって撃ち続ける。そして遂に車は街路樹に激突して炎上し、レオはたった一人で複数の刺客を鮮やかに返り討ちにしてみせるのだ。この間、ずっと BGMに大音量でテノール歌手が朗々と歌う「ダニー・ボーイ」が流れ、曲が盛り上がり、余韻を残して終わるとき、レオの見事な返り討ちも終了するのである。

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親分、さすがなり!

長々と書いてしまったが、ワタシは見所の多いこの作品の中でも、この「ダニー・ボーイの返り討ちシーン」が最も好きである。何度見ても、いつ見ても、落ち着いて危難に対処し、迅速確実な行動で危機を切りぬけるレオを演じるアルバート・フィニーに喝采を贈りたくなる。そして緊迫した銃撃戦の背景に哀調切々と流れる「ダニー・ボーイ」。全編中屈指の名場面である。逃げ去る車を炎上させたレオが、「どうだ、見たか」といわんばかりな顔でマシンガンを片手に路上に仁王立ちし、おもむろに葉巻を取り出してくわえるシーンを見ると、毎度この千両役者の風格に「イヨ!大統領!!」と声を掛けたくなる。年はとってもまだまだ現役なのである。いつ見ても胸のすくカッコ良さだ。ワタシはこのアルバート・フィニーという俳優も好きである。(そういえばこの人もイギリス人だ)昨今ではエリン・ブロコビッチでのエリンの上司の弁護士役とか、ビッグ・フィッシュのパパ役などで相変わらずいい仕事をしているけれど、60年代ごろは今からは想像もつかない二枚目だった。そもそも舞台俳優でシェークスピア劇の人なので、この二枚目時代にあまり映画に出ていないのだけど、それでも「トム・ジョーンズの華麗な冒険」とかヘプバーンと共演した「いつも2人で」などでは、なかなかステキングな二枚目姿で登場する。

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二枚目時代

これらの作品をビデオで見た時、それまで「オリエント急行殺人事件」のポワロでしかこの人を知らなかったワタシは予想外の二枚目ぶりに仰天した。お見逸れしました、という感じであった。でも、あの独特の声としゃべり方は若い二枚目の頃から全く同じで、それも妙に味わい深い。「いつも2人で」は、ヘンリー・マンシーニのロマンティックなテーマ曲に乗って倦怠期を迎えた夫婦の出会いから現在までが順不同で綴られるロードムービー。珍しく地味で若さも消え始めた感じのオードリー・へプバーンがいつもとはまた別な味わいを醸しており、二枚目のフィニーといいコンビだった。映画としても出来がよく、ワタシのオールタイムベストの1本である。…少し脱線。話を元に戻す。

闇討ちを切りぬけたレオに、バーニーを引き渡したら、と進言するトム。しかし、ヴァーナに本気のレオは、はにかみつつ結婚を申し込もうと思っている、と言う。だからバーニーは、いかな屑野郎でも渡すわけにはいかないのだ。ヴァーナと結婚まで考えているというレオに、トムは驚く。自分がヴァーナと出来ているから、というよりも、レオの為にあまりいい縁ではないと思うトムは、レオを思いとどまらせるために、自分とヴァーナの関係を打ち明ける。レオはその告白にショックを受け、トムに怒りのパンチを浴びせ、出入り禁止にする。トムはキャスパーに接近し、彼にバーニーの居所を知らせる。キャスパーの用心棒デインもホモで、バーニーとはミンクというネコ役を取り合っている恋敵である。この滑稽なホモの三角関係の中心にいるおしゃべりなミンクをスティーブ・ブシェーミが演じている。出番は少しだが、早口のしゃべりはこの頃からで、やはり印象に残る。

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ブシェーミのミンク(右)

バーニーはキャスパー一味に引っ立てられ、「ミラーの十字路」の林まで連行される。それに同行したトムは、十字路でバーニーを始末する役を強要される。銃を構えて林の奥までバーニーを歩かせるトムに、浅ましく半泣きで命乞いをするバーニー。このなりふり構わない見苦しいまでの命乞いの演技はジョン・タトゥーロならではの見せ場で、必見である。

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浅ましいまでの命乞いっぷり(笑)

トムは銃口を向け発射するが、結局バーニーを撃てず、逃がしてやる。ここで始末してしまえなかったことが後に彼を窮地へと導くのだ。逃げ去るバーニーのヘタレな走りっぷりが可笑しい。ここでもタトゥーロ調、全開である。
この「処刑」をうまく利用して、デインを陥れるためにでっちあげの筋書きをキャスパーの耳に入れるトム。頭脳派の面目躍如である。だが町を出て二度と戻るな、と言ってあったバーニーはぬけぬけと町へ舞い戻り、深夜トムのアパートに現われる。一文無しで逃げるより、トムを強請って身柄を守らせたほうが得策だ、と考えたのである。小悪党のくせに抜け目がなく狡賢い。オカマと思ってナメていると結構手ごわい相手なのである。このバーニーと、キャスパーの子分のデインは、案外な強敵でトムに冷や汗をかかせる。殊にデインはかなり不気味な存在で、頭脳派トムを快く思っていないため意外な鋭さでトムの計画を見ぬき、彼を窮地に追い込んでくる。

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不気味なデイン

このデインに引っ立てられて「ミラーの十字路」に本当に死体があるかを確認に行く場面がハイライト。甘く見ていたデインはかなり正確に真相を読んでいた。殺していないんだから十字路にバーニーの死体がある筈もない。さすがのトムも進退極まり、なす術もなく天を見上げ、極度のストレスから吐いてしまう。勝ち誇ったデインはうずくまるトムを殴る蹴るのボコボコにする…またもボコられるトム。こんなに主人公がやられる映画もそうはない。トムはいかにしてこの窮地を脱するのか、は観てのお楽しみとした方がいいであろう。


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ガブリエル・バーンは常にいくらかクタっとした感じで少し斜に構え、思慮深そうに物事を見極めるトムをとても魅力的に演じている。かなりのピンチにも顔色を変えず、頭は高速で回転して窮地を脱する秘策を練る。(そのトムがミラーの十字路では吐くほどに追い込まれるのだから絶対絶命の大ピンチなのである。)細身のロングコートを着て、ブルーグレイのYシャツに三つ揃いで決め、ファッション的にもなかなかに男前。コートとスーツとシャツとタイの色の取り合わせの渋さとセンスが非常にいい。この映画のバーンはやはり、素敵印五重丸は差し上げたい男ぶりである。眉一筋動かさず嘘八百を並べても、目的は1ミリもぶれてはいない。トムはレオとの友情を第一義に考えているのだ。

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コーディネートが決まっている

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ボコられてもステキング

このトムの讒言に翻弄されるイタリアンのボス・キャスパーは波平頭でまるまっちい愛嬌のあるオヤジである。怒らせると怖いのだけど出てくると愛嬌があってなんだか微笑ましい。彼がいかにもイタリアンらしく子豚のように肥えた息子や、イタリア語でまくしたてる妻を彼なりに愛している様子も何かかわいらしい。そして、向こう気の強さと筋の通った度胸の良さでレオを虜にするヴァーナのマーシャ・ゲイ・ハーデンも、美人というのではないけれど、通好み的色気を持つ女優で、なかなかいい味を出している。この作品においては、女優はあまり美人ではない方がいい。マーシャはドラマの焦点をぶれさせずに、しかもそれなりの存在感を出すことに成功している。ウェイトレスから女優になったという経歴の持ち主。今でも息の長い活動をしているいい女優である。

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まんまるキャスパー


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様々なことがあった後、トムとレオは再会する。全てを水に流すから戻ってこないかと言うレオ。ヴァーナとの事も許すとまで言うレオに、しかしトムは「許しなど要らない」と言い、別れを告げる。この間、レオをじっと見つめるトムの表情が何とも言えない。

トムは自分がこれまでのようにレオの傍にいたのではヴァーナとまたヨリが戻ってしまうことを知っている。レオが自分に示してくれる友情はあり難い。戻りたい気持ちは山々だが、そこで戻っても誰のためにもならない。誰よりもレオの為にならない。だから未練を断つため、敢えて憎まれ口を利いてレオと別れるのだ。落ち葉散り敷く一本道を去り行くレオ。それをじっと見送るトム。その瞳には言葉にできない愛惜の思いがにじんでいる。

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男の友情はゆるぎなく、底堅い。けれど、それを表現する方法は、あくまでも自分のスタイルによるのだ。いかにしんどいやせ我慢をしようとも自分の流儀を守り抜くこと、それがトムという男の美学なのである。

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