「ミュンヘン」 

~不毛の暗殺劇~
2005年 米 スティーヴン・スピルバーグ監督



我が家では、五輪のたびにアサヒグラフを買うという習慣があった(昔はどこでもそうだったと思う)。私が実際に覚えているのはモントリオール(ああ、コマネチ!)のあたりからだけど、昔ミュンヘン五輪のグラフを見ていたら、母が「ミュンヘンではなんと言っても水泳でマーク・スピッツというスターが出てね。もう出るレース全部で金メダル取って凄かったのよ」と教えてくれた。「7つの金を鷲づかみ」というキャプションのついた写真を見ると、若いのにちょび髭を生やした少し暗い顔の青年がいくつもの金メダルを掴んで微笑を浮かべており、その妙な暗さ加減が気にかかった。すると母は「この人はユダヤ系アメリカ人で、ミュンヘンはドイツの都市だからね、色々といやな事件もあってこの人自身も危ない目に遭いそうだったらしいのよ」と教えてくれた。だからこの「ミュンヘン」という映画のポスターを観た時、エリック・バナの暗い横顔に、昔アサヒグラフで見たマーク・スピッツの顔がダブって見えた。
あの「ミュンヘン五輪」の裏面史のような暗殺の報復劇をスピが映画にしたというのは話題にはなっていたが、どうも劇場で観る気はせず、その後ダニエルが出ていると知ってすら、どうも観る気がしないままだったのだが、一緒に「カジノ」を観に行って以来ダニエルにハマったHちゃんがこの前借りて観て(目当ては「アークエンジェル」だったらしいが、まだ半額対象外なのでこれにしたらしい)「ダニエル案外、良かった」と言っていたので、ふと観る気になったのである。この、ふとその気になる、という機会を逃すとまた何年も見ないままに推移するので、まぁ一応見ておこうと半額キャンペーンを利用することにした。

それにしても、こんな暗殺にド素人な人間ばかりを集めて本当に暗殺チームなんか組ませるものだろうか。モサドというのは物凄いというイメージがあったのだけど、エリック・バナの不慣れなド素人丸だしの様子を見ていたら、こんなんでも入れるのかモサド、と妙に拍子抜けしてしまった。その他にも解体専門で爆弾を作ることは初めてだという男とか、やたらガタイがいいのに役目はホイールマン(運転手)というダニエル演じるスティーヴとか、妙に中途半端な感じである。そう、この映画を一言で言うと「中途半端」に尽きる。祖国のためとか言いつつも散々人を殺しておいて、N.Y.に逃がした妻子の元に無事に辿りつく主人公などを見ていると「なんだこれ、こんなんでいいのか?」と思ってしまうし、この主人公の男に子供が生まれるのと、宗教絡みの国家的対立から人が死んでいくことを対比させようとしたのは分るが、構図が有りがちだし凡庸である。エリック・バナのアヴナーは苦悩なさっている様子ではあったが、しんねりと暗い顔を見ていると、そんなに任に堪えないなら器じゃないんだ、やめときなという気分になってしまうし、その苦悩もあまりに通り一遍な感じが否めない。スピにはうっすらとアレルギーのあるワタシですら、その出来には「さすが」と思い、その不条理に何とも名状しがたい気分に襲われた「プライベート・ライアン」に比べると、ユルユルで全てのキャラ造形が浅い。というわけで映画全般の出来も半端な印象だし、主役のバナもなんだか中途半端なキャラを曖昧な顔で演じていて、どうにもなぁ、という感じ。主役でこれなので、脇役のダニエルなどはどういうキャラなのかあまりハッキリせず(まあ、異様にアツくて愛国意識が強く、ユダヤの血に最もこだわりを持っている男というのは分る)、唐突に現われ、唐突に画面から去る。思っていたよりは登場シーンは多かったものの、別に観ないでそのまますごしても大過ない役の映画ではあった。

middle_1173502381.jpg
女工作員を殺すシーンの遣り切れなさそうな表情は、さすがにダニエル

ただ、登場した瞬間に「ダニエルね!」と分るその低い声が心地よく耳を打ち、やはりそのブロンドと青い眼は、かなり印象的に撮られている場面もある。が、他がみな髪も目もダークな暗殺チームの中で一人だけブロンドで青い眼のスティーヴにはもうちょっとキャラ設定に味をつけても良かったのに、その辺でも何か消化不良な感じのする作品だ。しかし、この時もボンドに向けての筋肉増強が始まっていたのか、ダニエルはこの役には全く必要ない妙なガタイの良さで、リアルタイムに劇場で観ていたら「なんだ、この無駄にガタイのいい暑苦しい男は」と思ったかもしれない。(笑)妙にポップスが好きだという設定になっているのか、車の中で爆発を待ちながら鼻歌を歌うシーンが印象に残る。

middle_1173502619.jpg
スピもやはりこの青い目を有効に使わない手はないと思ったのだろう
印象的な闇の中の青目玉

しかしアラブとユダヤの諍いをみていると毎度不思議に思ってしまうのは、あんな枯れ果てた干からびたペンペン草も生えない不毛の土地に、なんで世界宗教が3つまで渦巻くことになったものであろうかという事だ。(不毛だからこそ祈らざるを得なかったのだろうが)奇妙な因縁である。あの干からびた土地を奪い合うことの虚しさをアヴナーが口にするシーンがある。相手は宿敵パレスチナの工作員だが、彼は確信を持って答える。「どんなに不毛の土地でも俺は祖国を作りたい。帰るべき国があるのは幸せなことなんだ」と。
第二次世界大戦後、戦勝国の勝手な線引きでイスラエルは建国してしまった。何世紀にも渡ってさまよってきたユダヤ人に帰るべき場所が出来た代わりに、パレスチナの民は難民になってしまった。もう少しうまい解決法は無かったのか。こんなにも血を流し合って奪い合っているのは、聖地という名のカラカラの不毛の地である。これを不毛といわずして何を不毛と言うべきか。

      コメント(10)