「未来世紀ブラジル」

~抑圧の翼~
1985年 米/英 テリー・ギリアム監督

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行き過ぎた管理社会の弊害、といったものはこれまでにも幾多の映画で語られてきた。情報操作され、監視され、抑圧された社会で生きることの不条理さは、つい最近でも「善き人のためのソナタ」が描いていた。その他「華氏451」や「リベリオン」もその類の作品だと思う。
しかしこれはそういう管理社会をとことん皮肉ったSFだ。SFコメディとジャンル分けされているようだけど…コメディなんだろうか、かなりのトラジディのような気もするのだけど。コメディのスタイルを借りた不条理劇であろう。

主人公のサム・ロウリー(ジョナサン・プライス)は情報管理局に勤める覇気のない役人。そこを統括するのは毎度ご存知クセ者親父・イアン・ホルム演じるミスター・カーツマンである。地下にでも潜っているような窓のない殺風景なオフィスで、役人たちは黙々と、折々カーツマンに監視されつつどうでもいいような仕事に従事している。この暗いオフィスの画面に被って、夢のように流れ来る“ブラジル”。 なんという対比。
が、カーツマンの目を盗んで、役人たちは仕事をしていると見せかけて古い映画などを席で見ている。サムがこっそりと流しているのだ。小役人のしがない抵抗である。

サムは抑圧されている。職場でも大きく抑圧されているが、お節介で俗物の母親の過干渉からも逃れたいと思っている。(この母の若返り手術のシーンは笑っちゃうほどグロテスク。でも実際にオソロシイ皺取りをやっているという女優の噂はよく聞く)
抑圧された彼は眠れば必ず夢を見る。時には白日夢も見る。翼のある英雄の自分が空を飛ぶ夢である。自分が今、いじましく縛り付けられている卑小な現実は遥かな地平に小さくなる。彼は特製の鎧と翼を持つヒーローなのだ。髪さえ何時の間にかフサフサ。たよりなげで寺尾 聡みたいなヘアスタイルのジョナサン・プライスが、この空想の英雄を演じている時はそれなりに強そうに見えるから可笑しい。

彼は雲間を飛びながら、彼に向かって助けを求めるブロンドのロングヘアの美女(キム・グライスト)を発見する…。だが、夢の中にしか存在しないと思っていたこの美女とサムは現実に遭遇してしまう。夢の中とは180度違う、ベリーショート・ヘアの少年のような姿のジル(キム・グライスト・二役)である。ジルはタトル(ロバート・デ・ニーロ)と間違えてバトルという男が逮捕されるのを目撃したので、当局に追われる身となっている。このキム・グライストの鮮やかな変貌ぶりも目に楽しい。

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キム・グライスト

そして、要所要所に享楽的で聴くだけでウキウキしてくるような“ブラジル”が、歌やインストゥメンタルで流れる。一番印象的なのは、サムの夢のシーンで必ず流れること。青い空に湧きあがる雲。その雲の間を悠然と銀色の翼をはためかせて自在に飛び巡る男。陽に輝く銀の翼…、心踊る“ブラジル”…。そして抑圧されたサム。

美術が映画全体に独特の効果を及ぼしている。役所内は常に薄暗く、ひやりと冷たそうで非人間的である。また窓のない長い高い壁面が様々なところで登場する。窓がないという事はこんなにも抑圧された気分を生み出すものなのだ。
そして、登場人物の風俗や基本的な家具調度などは50年代風なのだが、ところどころにブラジル風近未来グッズともいうべきシロモノが登場する。そういうグッズのキッチュ感がまた独特。主人公サムが乗る一人乗りの超小型車や、タイプライターに大きな虫眼鏡のようなディスプレイがついたブラジル的PCらしきもの。一人住まいのサムの家にある、微妙に古臭くて滑稽な様々なツール類。なんちゃって、な感じがほほえましい。

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タトルのデ・ニーロ

破壊活動家でお尋ね者のタトルを演じるデ・ニーロ。ゲスト出演的な軽いノリなのだが、とても楽しそうに葉巻をくわえた神出鬼没の男を演じている。高いところから谷底のような地面に向けてヒュ?っとワイヤーで降りていくシーンが印象的。サムとの間にささやかな友情が芽生える様子などもいい感じである。
このタトルと対象的な政府側の手先の暖房修理屋スプールにボブ・ホスキンス。赤いキャップの長いひさしを跳ね上げて、赤いツナギ姿で登場。この凄い訛りはスコットランド訛り?大した役じゃないのだけどさすがにボブさん。印象は強い。

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マンガっぽいボブさん

車椅子の大立者ヘルプマンに英国一の執事役者・ピーター・ヴォーン。もっと凄い爺さんになってから意識したので、この時は中爺さんぐらいな感じで少し若い時もあったのか、と妙に新鮮だった。

そして、ポヨポヨ頭で頼りないながらも一人芝居のように奮闘するサム役のジョナサン・プライス。ドタバタ芝居っぽいシーンもあるものの、安くならず、終始困惑しながらも愛するジルの為に走りまわるサムを地のように演じている。このサムは何やらカフカの「審判」に出てくる人物のようだ。

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ぽよぽよジョナサン

だが、サムが憧れの女性ジルと初めて結ばれるシーンは、非情にロマンティックである。天蓋から紗のカーテンの垂れたベッド。ジルは長いブロンドのかつらを被り、夢の中の姿そのままで現れる。そして流れ来るのはご存知“ブラジル”。しかし一夜空けた二人のベッドルームは、政府の軍隊に急襲される。
サムは独房に入れられ、ジルは捕り物の際に死亡したと告げられる。死亡は追跡をかわすために自分が記録を打ち込んだのだというサム。だが死亡は二度書きこまれていたとヘルプマンは言う。やがてサムは四方を高い壁に囲まれた奇妙な場所に連れ出され、洗脳のための手術を受けさせられかけるのだが…。

派手なアクションのあと、メデタシメデタシで終焉かと思いきや、ホロニガな大ドンデンが待っている。全編にサムの妄想とサムの現実とが杉綾織りのように折り重なって何が現実で、何がサムの妄想なのか判然としないようになっているのだが、夢が現実の前に潰え去るラストだけは夢ではないと分るのも皮肉だ。

無実の罪で亡くなった人々の亡霊をサムが見るとき、亡霊たちが日本的なイメージからヒントを得たらしい妙なお面を額に乗せているのが印象的だ。ひょっとこでもないのだが、面妖なお面である。極めつけはサムの前に立ちはだかる日本の甲冑を着た魔物であろう。大魔神と八ツ墓村が一緒になったようなこの悪夢のイメージはなかなか強力だ。確かに顔にこういう黒い面当てをつける兜ってあるものね。でもこの姿はどこかで見たような気がすると思っていたら、そうだ。永井 豪の「バイオレンス・ジャック」に似たようなものが出てきたのである。魔王・スラムキングという鎧を着た魔人が。あまりに自らの筋肉が強いので、面や鎧兜で加重をかけていないと自らが締め上げられてしまうという怪人である。長刀を振るってサムに襲いかかる武将は、ワタシに子供の頃に読んだ「バイオレンス・ジャック」を思い出させた。夢の中でこの魔人を倒したと思ったら、面当てを取ると現れるのはサムの顔。…まさに悪夢。

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おぉ、悪夢

美しく自由な飛翔する夢のイメージと、苦くキビシイ現実。夢が現実を覆ったのかと思いきや…。不条理なラストに明るく楽しげな“ブラジル”のメロディが虚しく流れ来る。 このアイロニー。
様々なイメージの堆積とところどころにちらちらと挟まれるユーモア。テリー・ギリアムのキッチュさとロマンティシズムが程よい加減で融合したほろ苦い寓話。  う?ん、ほろにがい。

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