「モーリス」

~愛していると言ってくれ~
1987年 英 ジェームズ・アイヴォリー監督



「ブロークバック・マウンテン」を観たら、かなりベタな反応ではあるがこの映画を思い出したので随分久々にビデオラックからテープを取り出してみた。劣化気味の、少しぼやけた映像の中で若々しいヒュー・グラントやジェームズ・ウィルビーが禁断の恋に悩んでいた。
昔はマメに映画館に行くとパンフを買っていたので、これも持っている。シネスイッチ銀座のオリジナル。ワタシもけっこう物持ちがいい。

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開くと巻頭で森田芳光と中野裕通、岡部まりで座談会をやっている。岡部まりは「Ryu's Bar」時代。懐かしい限り。そのほかにも吉田秋生や中野 翠が文章を寄せていたりして、時がたって読み返すと興味深い。

この映画は最初に見た時から、マーク・タンディのリスリー子爵がとても印象に残った。それこそオスカー・ワイルドを観ているような気分になる。ギリシャ古典の講義で、男色を表す箇所に来ると「ギリシャ人のその悪習は訳すな」と教授が制する。そうした「偽善」に批判的な態度を隠さなかった彼は、卒業後、家柄に見合った立場にいながら、酒場で脚のまっすぐな若い兵士にそそられて、彼を買おうとしたところを「風俗壊乱罪」で逮捕される。

昔のイギリスでは、オスカー・ワイルドの例を引くまでもなく同性愛は犯罪だった。戦前の日本に「姦通罪」という法律があったごとく、こうして公に禁じられてしまうと、恋愛には罪というスパイスが振りかかって苦悩と醍醐味を増すのだ。罪には甘美な味わいがつき物だが、クライヴにはそれを味わう度胸がない。

この、人にバレたら身の破滅、という社会の頚木がクライヴを悩ませる。同窓だったリスリーが逮捕され、それが世間に大きく報じられ、彼が輝かしい未来を棒に振るのをまざまざとみて、人前で倒れるほどに激しいショックを受けるクライヴ(H・グラント)。彼は自分からモーリス(J・ウィルビー)に愛を告白し、その道に引きずり込んでおきながら、自分は恐怖のあまりモーリスだけを置き去りにして「世間普通の道」へと一人逃げ去る。彼は男同士の愛はプラトニックに限るという考えを持っている。(そんなキレイ事を言いつつも、モーリスに髪を撫でられるうち、思わず彼に抱きついてしまったりもする。衝動はあるが、禁忌の思いが強いので自らを戒めているのだ)しかし「愛している」というクライブの一言で奥深く眠っていたものを呼び覚まされてしまったモーリスは、そんなおままごとのような精神的遊戯では満足できない。貰った病は重いというが、告白されるまでは無邪気な普通の青年だったモーリスが、それ以降は皮膚的接触も含めてクライヴを求めるようになる。一方、相手を引き込んでおきながらクライヴは「汚れる気がする」などと大昔のアイドルみたいな事を言ってなかなかキスもさせない。そして意図的にどんどんその世界を遠ざかり、あまつさえ結婚して髭を蓄え、モーリスに告白した昔などまるで無かったことのように振るまい始める。
学生時代のクライヴが切なそうに彼に告白したのと事変わり、今度はモーリスが、澄まして彼を避けようとするクライヴを切なく見つめる事になる。

J・ウィルビー。金髪は非常にきれいだが、この切なさ演技は今一歩。(ウィルビーファンの方、すみません)これ、ジェイクがやってたら、もっとぎゅうぎゅう切なさの大洪水だろうなぁ、などと思った。例えばギリシャから戻ったクライヴに無理にキスしようとして突き飛ばされて泣くシーンなどは、ジェイクだったら、きっと胸をえぐられるような気分にこっちもなっちゃうところだろうけど、チョビ髭を生やして両手で肩を抱いて泣き出すウィルビーを見ていると、ちょっと笑ってしまったりして。(すいません)だが、動かし難い禁断度からしたら「モーリス」の方が強い。観念的な問題だけでなく、本当に罪になってしまうのだ。枷の重さが段違いなのである。が、受ける切なさ加減は「ブロークバック」の方がワタシ的には桁違い。これはもう、ジェイクの眼差しがあるか否かの差であろう。

そして、そんなモーリスの心のうろにクライヴの下僕・アレックが肉薄してくる。アレックを演じるのはルパート・グレイブス。「眺めのいい部屋」のかわいい弟とは雰囲気を変えて、貧しい出の情熱的な若者を演じる。クライヴの家で眠れずに悶々とするモーリスの部屋に「俺を呼んだろう?」と夜這いに来るシーンは妙な迫力がある。
彼に渇きを癒されるモーリスであるが、当初は身分の違いなどにとらわれて、彼と関係した事を後悔したりする。肉屋の息子だと聞いて思わず顔を覆うシーンは印象的だ。

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.M.フォースターの原作は、「イギリスという風土と制度の中で抑圧された自己の解放」がテーマの作品が多いようだが、これもその1つだろう。世間体のために宗旨変えをして、すっかり俗物になリ下がるクライヴと(結婚してからの取り澄ましぶりはなにがなし「眺めのいい部屋」のダニエル・デイ・ルイスに似ている)、たとえどんな試練に遭おうとも、自分の欲望に正直であろうと決意するモーリス。彼がアレックの元へ去ったあと、寝室の窓を閉めながら庭の闇を見つめるクライヴ。その視線の先にあるものは悔恨か、追憶か、安堵か、愛惜か、贖罪か、または羨望なのか…。


デンホルム・エリオット、ベン・キングスレーがそれぞれ出番は少ないが印象的な役で登場。それにクリケットのシーンにちらっと観客でヘレナ・ボナム・カーターが友情出演している。
ケンブリッジ構内の川でボートを漕ぐシーンでは、「シルヴィア」のボートシーンをふと思い出した。

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