「雪国」

~女心の雪曇り…~
1957年 東宝 豊田四郎監督

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「雪国」の映画化ではもう1本、松竹で岩下志麻主演のカラー映画があるが、双方観てみて、ワタシはやはりこの東宝のモノクロの映画化第1作目の方が好きである。お志麻さんもなかなかいい感じではあったのだけど、これはやはり岸 恵子の役だと思う。おまけに島村にスケベ良こと池部 良先生である。松竹版は木村 功。悪くないんだけど、ちょっと地味。やっぱり池部 良の方が好みに合うかな。池部 良とか佐田啓二とか前髪パラリ系にちと弱くって。ふほほ。ただ、松竹版には捨てがたい台詞が1箇所だけある。

島村と何度か逢って別れて、を繰り返す駒子が、また東京に戻るという島村を送りがてら駅の待合室で言う「あんたが東京であの子(葉子)を可愛がっている間、私はここで一人で雪に埋もれていくの。しーんといい気持ち」という台詞だ。私は雪国は一応読んだもののなにぶん随分昔で細かいところは忘れてしまったので、これは原作にあったセリフかどうか分からない上に、肝心のこのセリフもニュアンスとしてこんな感じだったというだけで、正確に覚えていないのがトホホなのだけど、ウールの肩掛けを羽織ったお志麻さんの駒子が自嘲的にそういうシーンはとても印象に残っている。島村が葉子に頼まれて彼女を東京に連れて行こうと思う、と告げたあたりの場面だったと思う。

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松竹版「雪国」

東宝版は松竹版より8年早く作られ、しかもフランスのイブ・シャンピの元へ嫁ぐことになった岸 恵子の独身時代最後の主演作で、駒子の必死な、いじらしいまでの一生懸命さには、これを限りにもう日本で映画に出ることはないかもしれないという覚悟で臨んだのであろう岸 恵子の気合も感じられる。

お話は戦前。島村は日本画家だが、次第に軍国主義が幅をきかせ、キナ臭い風の吹き始めた都会を逃れ、越後に現実逃避に来ている。最初に写生旅行に来た島村が出会った時の駒子は三味線の師匠の養女で、本式の芸者ではないものの手伝いで宴席などに出ることがある半玄人の娘だった。芸者が出払っていたので呼ばれて島村の座敷にきた駒子はほぼ会いしなに島村に惚れてしまう。駒子は酔ってその夜島村の座敷を訪れ、なるようになるのだが、酔った駒子が「私じゃない、あんたが負けたのよ」と繰り返すのが印象的だ。

駒子は肺病になった三味線師匠の息子の許婚で、その治療費を作るために芸者になり、雪に埋もれた田舎の温泉町を動くことが出来ないしがらみに捉えられた女である。そもそもは東京で芸者をしていた時期もあり、その東京からふらりとやってくる島村は、気の重い現実から逃れたい彼女にとっての唯一の希みなのだ。が、しかし無論のこと島村には東京に妻がいる。年季奉公に縛られていなくても駒子は島村とは結ばれぬさだめなのだ。
「あんたはもう、東京に帰りなさい」 「あんたなんか、東京へ帰っちゃいなさい」という駒子のセリフが自虐的に繰り返される。

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そして島村はというと、二度目に雪国へ向かう汽車の中で見かけた少女・葉子(八千草 薫)にも心が惹かれている。葉子は師匠の息子・行雄が倒れたのを東京まで迎えに行って戻る途中だった。夜汽車の窓に映る彼女の思いつめたような表情が脳裏に焼き付く島村。島村は前回雪のない季節に来た時に図らずも深い仲になった駒子に会いに、雪の降る越後を再訪したところだった。本筋の芸者になった駒子と再会した島村がひとさし指を出して、「この指が君を覚えていたよ」と言うのだが、このセリフは変態老人・川端康成的にも、スケベ良先生的にも真骨頂のセリフであろう。また、池部 良の様子の板についていることときたら。さすが、モテ男。伊達に浮名を流してきたわけじゃないのだ。
そして、前は半分素人だった駒子がついに本格的に芸者になり、裾をひいた芸者の出の衣装でスっと島村の前に現れる立ち姿の美しさはさすが岸 恵子。この人は本当に姿がいい。

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美しすぃ着物姿

池部 良と岸 恵子のコンビネーションがものすごくいいのも、この映画の値打ちを増している。
駒子に想いをよせる師匠の息子・行雄を一途に愛する娘、葉子に可愛い八千草 薫だが、この映画での八千草 薫は可愛い役ではない。葉子は気性が激しく恋の鞘当もあって、駒子にズケズケと当りがキツいし、生意気でかわいげのない娘なのだが、そこは八千草 薫なので、葉子の火のような清浄さ、思いつめる生真面目さがよく出ている。葉子を松竹版では加賀まりこが演じている。この葉子は恋敵の駒子に恨みをぶつけつつも、結局は不思議な因縁でくされ縁から解き放たれない。うっすらと憎しみあっているのに皮肉な運命が彼女たちを離さないのだ。

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八千草 薫

行雄が瀕死の床で駒子を呼んでいる、と血相を変えてやってくる葉子を振り切った駒子が、島村の乗った汽車を雪に埋もれた線路脇に現れて必死に追いつつ島村の名を呼んで泣くシーン、また「あんたは東京に帰りなさい」と言いつつ、深夜に酒が入るとどうしても島村の部屋へ来てしまう駒子、鳥追い祭りの日にはくる、と手紙を寄越しながら来ない島村を駅でじっと待つ駒子など、浮気の相手でしかない自分に焦れながらも、どうしても男を思い切れない女の必死な心の叫びを岸 恵子が熱演。駒子の想いはただの恋愛ではなく、自らの境遇から自由になりたい女の必死の叫びでもある。運命に抗いたいが、抗いきれない女の血の叫びなのだ。だが、彼女が一念をかけて恋焦がれる島村は年に1度しか来ない男。彼女を苦界から救い出してはくれないのだ。 う?ん、悲しい。

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あんたは東京へ帰んなさい

また、戦時色濃厚な憂き世を逃れて、ひとときの気晴らしに温泉芸者と遊びにくるだけの島村はなんのかのと言っても、駒子とは肉体だけでつながっており、彼が駒子に求めるものは結局のところそれだけなのである。家庭を捨て、駒子の借金をきれいにして身請けすることまでは考えられない島村は、どんどん苦境にはまり込む駒子に対して何をしてやるわけにもいかない。(「僕は自信のない責任をもつことは、なによりの無責任だと思うのだ)って、島村さぁ?ん!)
島村はまさに池部 良でドンピシャリ。前髪パラリでぼーっとしているだけでも絵になるのだが、無論ぼーっとしているだけではなく、島村らしさというものを端々に出していて、「雪国」は岸 恵子にとってだけでなく、池部 良にとっても代表作の1本だろう。結局は何もしてくれず、駒子がさらなる苦境に陥ると雪国へはこなくなってしまうズルい男でもあるのだが、何故か女が世話を焼きたくなってしまうような雰囲気はこの人ならでは。なんせもうモテまくったらしいですからなぁ、スケベ 良。恋愛は芸の肥やしなのだ。

雪国の、雪に降り込められたじっとりした空気の重さや、かがり火が雪景色に映える墨絵のような画面は、モノクロならではの味わい。また監督の豊田四郎は男女の機微を描くことにはピカ1の手腕を発揮した人で、名脚本家・八住利雄とのコンビで「夫婦善哉」、「猫と庄造と二人の女」など傑作も多い。中でも 1955年の「夫婦善哉」は森繁久弥を一躍スターダムに乗せた日本映画史に残る名作。腐れ縁の男女を描いた作品では林 芙美子の「浮雲」を成瀬巳喜男が映画化した作品が名作として名高いが、くされ縁の男女の機微を笑いを混ぜて描ききった「夫婦善哉」は「浮雲」に勝るとも劣らない日本映画畢生の名作なのだ。その豊田四郎が「夫婦善哉」に続けて放った文芸ものの映像化の傑作がこの「雪国」。芸者駒子を演じるために三味線を稽古し、映画の中でも堂々と披露している岸 恵子の女優魂の結晶でもあり、もっとも望ましい形で映像化された文芸作品の見本のような作品でもある。
今回は旅館の女中でお付き合い程度の出演ながら浪花千栄子も登場するし、森繁も県会議員の役でちょこっとだけ出てくる。その他、加東大介、田中春男、多々良純、浦辺粂子、千石規子など、東宝自慢の芸達者な脇役陣がしっかりと脇を固め、どこにもたどり着けない男女のありようと、過酷な運命に揉まれつつ生き抜こうとする女の姿が常に人物の背景にさんさんと降り積もる雪の中に描き出される。

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東宝はなかなか自社作品のソフトをレンタルに出さなくて、観るのが容易でない時期も長かったが、昨今東宝クラシックスをDVD化してレンタルにも供しているので、名作が手軽く観られるようになったのはご同慶の至りである。なかなか観られない頃には仕方がないので、東宝の会員制のクラブに入って、あまり画質のよくない割高なVHSを何本か買ってしまったこともある。(どうしても若い敏ちゃんが見たくて「銀嶺の果て」とか「ジャコ萬と鉄」とかなんだかんだで6 本ぐらい買ってしまった。早まった。日本映画専門チャンネルでジャンジャン流れてるじゃないの、「銀嶺の果て」く???!)ともあれ、ツタヤにも日本映画のクラシックスのコーナーができて、各社の作品がDVDで出揃ってきたのはありがたい限りである。もちろん「夫婦善哉」もDVD化されてレンタルもあるので、ご興味のある方はぜひどうぞ。

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