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「レベッカ」

~大いなる幻影~
1940年 米 アルフレッド・ヒッチコック監督

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これについては17ぐらいの頃、原作の方を先に読んだ。
学校の図書館にあったのでなんとなく手にとってみたのだった。
既にこの世にないながら、圧倒的な存在感で登場人物全ての上に絶大な影響力をふるうレベッカ。スラリと細身で背が高く、この世ならぬ美貌を持ち、知性と機知に富み、優雅な女主人でありつつ、悪魔のように自己中心的であるというレベッカについての描写を読むうち、ワタシの脳裏にははっきりとレベッカについてのイメージが浮かんだ。

勘のいい人はもうお分かりですね。ええ、そうですの、ガルボ様ですのよ。ガルボ様はレベッカのイメージにピッタリなのである。脳裏にガルボ様が浮かんでから読み進むのが一層楽しくなり、とにかく最後まで一気に読んでしまった記憶がある。
原作者ダフネ・デュ・モーリアはヒッチコックと相性がいいのか「鳥」もこの人の原作である。

映画はそれから随分たって観たが、一度も姿を見せないのにその「大いなる幻影」がマンダレーの屋敷とそこに住まう人々を捉えて離さないレベッカの「存在しない事による存在感」をさすがヒッチ、とてもうまく表現していたと思う。
あの冒頭の靄を背景に浮かび上がる森の木々。
いやが上にも盛り上がる期待感。

モンテカルロで主人公のマリアン(ジョーン・フォンティン)と妻レベッカに先立たれて傷心旅行に来ていたマクシム・ド・ウインター(ローレンス・オリヴィエ)が出会うシーンからして既に面白い。マリアンは身寄りのない娘。金持ちの婆さんの秘書(というか話相手兼雑用係)をして生計を立てている。このガマのような金持ち婆さんがマクシムに一丁前に色目を使い、自分の知らぬまに使用人の小娘に浚われたと悔しがるのが笑わせる。
素朴で年若いマリアンに慰謝を感じたマクシムは彼女を連れて帰る事に決める。使用人の小娘が名流夫人に収まると知り、ガマ婆さんは去り際に一言吐き棄てる。「ド・ウインター夫人か!(ケ!)せいぜいうまくおやり!」 ひゃ??、クワバラクワバラ。

ロマンスグレイで大金持ちの素敵な紳士に見初められ、その美しさで名高い屋敷・マンダレイの女主人になるという降って湧いたような幸運に夢見ごこちのマリアンだが、マンダレイに着いた夜は車軸を流すような大雨で、彼女を出迎えるのは亡くなった女主人レベッカに終生の忠誠を誓う恐ろしげな家政婦ダンヴァース夫人であった…。
というわけで、レベッカが自分の生家から連れてきた、ずっとレベッカ一人に仕えてウン十年、レベッカに魅入られたダンヴァース夫人を演じるジュディス・アンダーソンの大迫力のアップにはマリアンならずとも、観客も思わず後ずさり。見事な魔女顔。「有能で意固地で根性の曲がった家政婦の顔」といえば、まさにこの顔をおいて他にはない。
華麗なる女主人レベッカ様の後釜に、あろうことか旦那さまはどこのウマの骨とも知れない小娘を連れてきて据えようとなさるとは!
マンダレイの女主人はレベッカ様ただ一人。お粗末な小娘なんかそのうちイビリ出してやるわ。と何も言わぬその顔が語る、語る。

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おっかない大奥御年寄みたい

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追い込む追い込む 死ねとばかりに

屋敷の中は今も亡くなった女主人レベッカの生きていた時のままに全てが運営され、無論レベッカの部屋も生前のまま。彼女の持ち物も全てそのまま手付かずで残されている。全てに「R」の紋章の入ったレベッカ・ド・ウインター夫人の所有物。
その刺繍文字のくねり具合もなにやら頭文字まで自己主張をしているように見えたりする。
「このお屋敷の中でも最も美しい部屋、ド・ウインター夫人のお部屋ですわ」と家政婦に示された壮麗な扉の前には、レベッカの愛犬がいまも女主人の帰りを待つようにうずくまっている。
扉の脇の壁には窓の外を伝う雨が滝のように流れていく影が映っている。

ダンヴァース夫人は事あるごとに完璧なレベッカ様の後にお前などお門違いも甚だしい。早く身の程を悟れ、お前のようなつまらない小娘は生きている甲斐などない。いかに頑張ってもお前はレベッカ様の代わりにはなれないのだ、と無言の圧力で示し続ける。
マリアンはどんどん卑屈になり、ノイローゼ気味になってくる。生前のレベッカを知る人が口々に「この世のものとは思われないほど美しかった」というレベッカに少しでも近づこうとイブニングドレスを着ると、夫マクシムは露骨にいやな顔をする。彼はレベッカを思いだしたくないだけなのだが、マリアンは自分が至らないので疎まれていると思ってしまう。このへんのすれ違う気持ちの描き方も上手い。レベッカに苦しめられた過去が苦々しいあまりに時折幼い妻に怒りをぶつけるマクシム。老け作りのローレンス・オリヴィエがいかにものハマリ役。

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「どこへ行った?私が愛したあの無邪気な表情は…。永遠に失われたのか…」

一方、ダンヴァース夫人の強固な忠誠心の裏側には根強く同性愛的な感情が横たわっている。レベッカはこの家政婦にとって憧れの偶像なのだ。その忠誠は崇拝なのである。ダンヴァース夫人にとってレベッカの部屋は神殿に他ならない。何人もこの聖域を侵してはならないのだ。あろうことかその聖域に彷徨いこんだケチな小娘に冷ややかな侮蔑のまなざしを投げつつ、家政婦は今はなき奥様の毛皮のコートの袖にいとしげに頬擦りするのである。奥様はまだこの屋敷においでだわ、あなたは霊魂を信じるかしら?奥様の魂は、あなたや旦那様を見ていらっしゃるわ、な?んてもう凄い迫力。しかし、ダンヴァース夫人は小娘を追い込むためだけじゃなく、自らもそう信じたいのだ。あるいはそう信じ込んでいるのである。が、ここで押し込まれる一方で泣いているばかりじゃなく、ウ??ン!と押し返すのがマリアンのシブトイところ。
彼女は常に華やかでセンスのあるパーティを催しては人気者だったレベッカにまけじと仮装舞踏会を企画し、レベッカの書簡などは一切処分してしまいなさい、とダンヴァース夫人に命じる。「しかし、それは奥様の…」と言いかける夫人に「今は、私がド・ウインター夫人です」とタンカを切るマリアン。怯えた小娘の逆襲である。窮鼠は猫を噛むのだ。

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仮装舞踏会の夜に、色々な事柄が集約して起こるのも上手い。ダンヴァース夫人の暗示にかかって今にも窓から身を乗り出しかけたマリアンだが、レベッカの小船が海から上がったとの知らせにマンダレイは騒然となる。その小船の中から死体が発見され、それがレベッカであると判明し、マクシムは殺人容疑をかけられる。果たして、マクシムはレベッカを殺したのか?

というわけで、悪魔のような妻に徹底的になぶられ、コケにされていたマクシムが、「美しいレベッカ」を愛してなどいなかった、という事を知ってから、俄然強くなり、しっかりと窮地に立たされた夫を支えるマリアンの変貌もみどころ。「愛を知った女は強い」わけである。

マリアンを演じるジョーン・フォンティンはバーグマンと並ぶモノクロ時代のヒッチ・ヒロインで、「風とともに去りぬ」のメラニー役で有名なオリビア・デ・ハビランドの妹である。この二人は父親の仕事の関係で東京で生まれている。清楚な美貌はいかにもヒッチ好みで「断崖」「レベッカ」といい仕事をしている。演技も確か。おどおどした小娘が年上の紳士に見初められ、半信半疑で嫁にきて、あれこれあってノイローゼになりつつも、事件の渦中でアイデンティティを取り戻してしっかり夫を支える妻になるまでをドラマティックに的確に演じている。が、このいかにも上品で難がなさそうなジョーン・フォンティンをケイリー・グラントは大嫌いで「あんなに嫌な女はいない。「断崖」であいつに悲鳴をあげさせてやるのは快感だったよ」と語っていたらしい。
グラントはバーグマンとはとても仲が良いので有名だったが、外見的には同じような明眸皓歯タイプなれども、そんなにもジョーン・フォンテインを嫌っていたとなれば、やはりフォンティンはそれ相応なビッチだったのかもしれない。そんなこんなでジョーン・フォンティンというのはちょっと興味深い。


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ワタシの脳内でレベッカはガルボ様のイメージ

苦難を経て本物の夫婦になるマクシムとマリアンを描くのが縦糸なわけだが、一度も姿を見せないながらドラマそのものを圧倒的な存在感で引っ張る「レベッカ」はやはりタイトル通り、この物語の主役であり、なんのかのといってもワタシもレベッカの「存在感」に惹かれるのでこの物語が好きなのだといって過言ではない。
彼女がその死後も、生前関わった人々に落とす影の深さはどうだろう。
その大いなる幻影の根深さは…。
それもこれも、自分で勝手にレベッカ=ガルボ様というイメージを脳内に拵え上げてしまったせいかもしれないのだけど。ふほ。

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