「BEYOND THE SEA」

~ケビンの夢舞台~
2004年 米 ケビン・スペイシー監督



ケビン的ザッツ・エンターティメント。彼の熱情があちこちから立ちのぼってくる。これを作りたかったのね…と微笑ましい気持ちになる。そしてこの映画はとにもかくにも彼の歌である。ケビン・スペイシーのような人は歌が上手いだろうな、と思っていた。むしろ下手だったりした方が驚いてしまうかもしれない。ともあれ、本当に心地よい歌声だなぁと聞きほれた。軽やかに歌っているのだけど、いい具合にスィングが効いている。歌ほど上手くはないが踊りも披露している。途中タイトルにもなった大ヒット曲「BEYOND THE SEA」を歌い踊るシーンはミュージカル仕立てになっていて、ハリウッド黄金期のMGMミュージカルを思い起こさせる。歌は玄人並のスィングぶりだが、踊りはちょっとナンチャッテなケビンが可愛い。これで踊りもアステアばりに踊れたら、もう大変なことである。そんな異常な才能は不幸を呼ぶかもしれないので、踊りはあの程度がご愛嬌である。
middle_1171977761.jpg
踊ってま?す

ボビー・ダーリンという人については、辛うじて名前を聞いたことがあるというだけで全く知らなかった。曲として有名な「マック・ザ・ナイフ」や「BEYOND THE SEA」がこの人の歌だというのも知らなかった。だからどんな人生を送った人なのかも、さっぱり知らなかった。そんなこんなで、シナトラを夢見て売り出すまでに少し間があったような描写を観て、そうか、それでオッサンになってしまったのか、などとケビンを見て思っていたら、実際は結構若くして世に出たのである。この、かなりオッサンになってから若い頃のボビー・ダーリンを演じることについて、初めのほうでケビンのエクスキュースのようなシーンがあって、クスっと来る。生立ちにちょこっと秘密があるのも、いかにもであるし、ふと「MANDARIN」という看板文字の前半が電球切れで読めないのを見て、「ダーリン」という芸名を思いつくシーンなどもさもありなんという感じである。ニヤニヤしてしまう。賢しらげな子供時代のボビーが要所要所に出てきて狂言廻しの役を務める趣向も面白い。

それにしてもボビー・ダーリンもトッピングを乗せている人だったのか、と妙な感慨を持った。アステアもかなり早くからトッピングはヅラで、それを取ると波平状態だった。かなり精巧で大写しになっても生え際が割に自然である。半世紀も前のことだと思うと、ハリウッドの底力を感じる。そして、毛があった方がいい役の場合、ケビン・スペイシーもトッピングは必須のようである。今回は余程この役にいれこんでいたのだろう。ボビーに事寄せて、自分のヅラも一挙にカミングアウトしたかのような着脱ぶり。ボビーも全盛期の頃からやはり早くもヅラで、奥さんのサンドラ・ディーに「カツラがズレてるわよ」と注意される微笑ましいシーンもある。'50末?'60半ばを大人気で駆け抜けたボビーも、ベトナムとヒッピーと反戦運動の時代には過去の遺物になり、家で悶々と考えて政治に目覚め、突如宗旨変えをしてボブ・ディランの猿真似のような反戦フォークやカントリーを歌ったりする。ある程度脚色も入っているそうなので、丸ごと鵜呑みにしても実際とは違うのかもしれないが、いずれにしてもボビーの不滅のスィングに心酔したケビン・スペイシーの想いは切々と伝わってくる。ただ、早くにデビューして売れっ子になり、73年に37歳で亡くなっているボビーを演じるには、やはりケビンはかなり年を召されているので、宿痾の心臓病で15歳までも生きられないと言われた身で50代までは生きたのかと勘違いしてしまう。ケビンの見た目マイナス15歳ぐらいで各シーンを見ていかないといけない感じである。想像力を刺激してくれる。けれど全ての無理を、その有無を言わさぬ歌声が軽やかにひっくり返していくのである。

middle_1171979418.gif
ご本尊 目元は似て蝶?

義理の父役で久々のボブ・ホスキンス(白髪になったけど顔は全く変わっていない)が元気な姿を見せてくれるのも嬉しい。ステージママに操られてショービズ界に迷い込んだサンドラ・ディーをケイト・ボズワースが好演。もう何もしなくてもルックスだけでぴったりとハマっている。それにしても魑魅魍魎の渦巻くアメリカショービズ界で、16歳でバージンだったというのは本当だろうか。二人の初夜にボビーがベッドの真中に剣を置き、これを越えてこられるのは君だけだ。僕はけして動かないというシーンは、ありそうな、なさそうな話だけど、事実だったのかもしれない。まあ、すぐに剣は無用になっちゃうのだが。

middle_1171975744.jpg
ボブ健在

middle_1171973996.jpg
お人形さん?

有名クラブ・コパカバーナと契約するシーンや、ラスト、あのラスヴェガスのフラミンゴでショーを行うあたりが、いかにもなショービズ界の雰囲気でいい。" もう、カーテンは下りた…"と歌う曲がメロウで哀感を誘う。でもそこで静かに終わったりせず、また狂言廻しである子供時代のボビーが登場して、二人で歌い踊る盛大なミュージカルシーンになり「現実の僕は逝くけどボビー・ダーリンは死なないよ」と子供のボビーが言い、闇の中に消えていく。彼から投げ渡されたマイクは不滅のスィングの証である。若くして未亡人になったサンドラが再婚せず、ずっとボビーを愛していたという後日談もホロリとさせられる。アメリカのグッドオールドデイズを耳と目で楽しめる1本。
それにしてもケビンの歌、良かったなぁ。やっぱりサントラは必携モノかもしれない。

      コメント(8)