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「Dear フランキー」

~スコットランド港町版・男と女~
2004年 英 ショーナ・オーバック監督



「ムービープラス」で偶然始まったのでなにげなく見ていたら、小品ながらほんわりと良い映画だった。「300」も観ていないワタシではあるが、初ジェラルド・バトラーはかなりOKだった。なかなかである。まさしく、「男」という感じ。この役ピッタリだった。
暴力亭主にさんざ踏みにじられた結婚生活。身心ともに疲れ果てたリジー(エミリー・モーティマー)は息子フランキー(ジャック・マケルホーン)を連れて夫のもとを飛び出す。息子は聴覚障害があり、それは暴力亭主のせいでもたらされたものだった。災厄のような亭主を逃れ、初老の母親と息子と三人で隠れ住みながら、リジーは、事実を知らせていない息子に、父は船乗りで世界中を航海しているのだと教え、父親になりすまして、各国の切手を貼り、私書箱を経由して手紙を出す。息子は世界各地から届く父からの手紙に嬉々として返事を綴る。聴覚障害で声を出して話さない息子の心の「声」を聴く唯一の手段。いつかやめなければと思いながら、リジーはなりすまし文通をやめられない。

父親が乗っていると教えた船が、近々親子の住む港に寄港するというニュースが新聞に出て、父親に会えるとひそかな期待を抱く息子。友達と、オヤジが会いに来るかどうか賭けをしたというので、リジーは進退極まる。誰かその場限り父親役をやってくれる男を捜さなくてはとバーで男を品定めしていると、店のマダムから「売春はよそでやって」とキツいお言葉。泣くに泣けない。
まぁ、気持ちは分る。ワタシがこの母だって、こういう状況なら父親のふりをして息子に手紙を書き、どうしても父親が姿を見せねばならぬとなれば、誰か頼んで父親役をしてもらうだろうと思う。今更、お前の父親は暴力亭主でね、なんて事実を言うよりは、そっちのほうが数段マシだ。嘘も方便というのは真理である。まぁ、息子は母が思っているよりずっと大人だったりするのだけど…。Gサマ(ジェラルドさん)が、もしやその暴力亭主の役なのかしらん、とドキドキして見ていたので、ここでフェイク亭主という役割が浮上した時にホっとした。こっちの役ね。ふむふむ。よさそうじゃない。

そして、パート仲間に紹介してもらった「男」と会うリジー。Gサマ登場である。革のハーフコート。ロングな脚に褪せたジーンズ。単髪。無口。シブい。「300」の予告で観た印象よりもほっそりして、シャープなお姿。これはクライヴ・オーウェンよりGサマの方がカッコいいじゃないですの。グラグラ。あらららら、なんと気の多いワタシだことよ。多くを言わず、フェイクパパを引きうける男。この時のGサマの無口で愛想など振り撒かないながらも、じっと相手の女性をみて、その傷ついた様子を察し、彼女のためにも、その息子のためにもなるようにちょっと手助けしてやろう、というそこはかとない思い遣りが透けて見える、その透け加減がいい。
一応、無けなしの報酬を前渡しで半金渡し、リジーは偽夫を確保する。

フランキーと男の対面シーン。初めて見る、父親だという男から声をかけられても、とっさに返事ができない息子。しかし、男が土産に熱帯魚の図鑑を差し出すと、息子の顔は瞬時に輝く。それを欲しがっていたことを知っているのは彼の手紙を読んだ相手だけだからだ。男はちゃんと隅々までフランキーの手紙に目を通し、彼のために頼まれもしない土産を買ってきたのである。男の胴にかじりつくフランキー。かじりつかれて戸惑う男。暫しどうしたものかと呆然と立ちつくす Gサマの様子がいい。彼は本当の船乗りで、年がら年中船の上である。何があったのかは知らないが、家族を持たずに今日まで来た彼は、その日一日、フランキーと過ごすうちに、自らも忘れていた感情を甦らせる。無邪気に自分を慕うフランキーに愛着を覚え、かじかんだ様子のリジーにもののあわれを感じるうちに、自らの人生に足りなかったものに気付いて、彼も癒されていくのである。情けは人の為ならず。その折々の表情が、過剰でなく、不足でもなく、実にさらりといい感じ。まぁ、息子に関心や同情が行くのは、その母親に気があるからなわけだけど…。(笑)


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本当に、昨今大人のいい男はみんなUKから出てくるなぁ。何故かしらん。

一日だけの筈が、別れ難くて男はもう一日だけ父親役を延長すると言う。擬似親子三人はどこかぎこちなく休日を過ごすが、その日の締めくくりにダンスホールで踊ったら、もう気持ちぴったり。頑ななリジーの心もほどける。その日、親子を送り届けてこれでお別れという際に、ドアの前で二人はかなり長くじっと見詰め合う。そして額をくっつけて、淡いキスをする。その淡さ加減がいい。もちろん彼はリジーから報酬など受け取らず、さりげに彼女のポケットに戻しておくのだ。
人生のいろいろを味わって、ある程度大人のいい年になった男女が、おずおずと心惹かれあうこのありようは、2004年度英国版・男と女の趣もある。

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が、リジーの知らぬうちに暴力亭主は瀕死の病に罹り、一目彼女と息子に会いたいと新聞広告で探していた。息子を今更会わせるわけにはいかない。そうこうするうちに亭主は亡くなり、地元紙に訃報が出て、リジーは息子に、ついに本当のことを話さざるを得なくなるが…。

というわけで、2時間に満たない小品ではあるが、じんわりと人の心が再生していく様子を描いた作品で、なかなか拾い物だった。簡素なイギリスの港町も曇天に味わいがあっていい。何よりGサマ、いい男っぷりである。何の作品でも良いかどうかは分らないが、この作品ではなかなかの味わいだった。また一人フェイバリットアクターが増えてしまうかもしれない。…どうしよう。

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