ザ・バイタリティ 「中国てなもんや商社」

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かねてから中国人のあの曰く言いがたいパワーに対抗できるのは、日本の中では大阪人だけだとワタシは思っていたのだけど、この本を読んでますますその意を強くした。

時代は80年代半ばから90年代初頭。文系女子大生だった著者が、教授に薦められてその気もなく受けた中小規模の中国貿易商社に何故か受かってしまい、中国語も中国も知らずに怒涛の中国貿易という荒海に飛び込んだ数年と、彼女の目が直に見た、改革解放前後の中国及び中国人をユーモアを交えつつとぼけた味わいの文章でつづった一冊。ふとした事で文庫本を読んでから、それが映画にもなっているらしい事を知り、ビデオ化されたのを借りて観てみたのだが、原作の面白さを半分も伝えていない脚本と演出で、出演者は主人公に小林聡美、華僑の上司に渡辺 謙(いまや世界の)、その妻に桃井かおりというかなりよさげな面子だったにも関わらず、一向にそれを活かせていない出来だった。一番の失敗は舞台を原作のナニワから横浜にもってきていること。登場人物が標準語をしゃべっていることだ。原作のリズムと面白さの半分近くは、大阪弁の会話とナニワ人特有のバイタリティにあると思っていたので、まずそこで随分と色合いが変ってしまったのである。

とにかく80年代半ばの中国製品は、本当に「真面目にやっとんのか!」といいたくなるような不良品、欠陥品の大行進。著者の配属されたのは衣料品の部署で、日本のメーカーがデザインしたものを中国で縫製させて持ってくる。圧倒的に安い手間賃と豊富な人手のせいだが、中国人にマトモな仕事をさせるのが並大抵でない。出来あがった製品は欠陥だらけで、納品先ではクレームの大嵐。いかに抜かりなく中国の片田舎の工場と交渉し、マトモな商品を安くあげるか、が腕の見せ所なわけである。

ボタンなどの備品は何度送っても、みつからないので再度送れと言って来るし、あれこれと日本側の手落ちを探してもなく、どうにもうまい言い訳が見つからないと竜巻で工場が吹き飛んだので納期が守れない等というFAXを堂々と送りつけてくる。
ボタンホールが小さ過ぎてボタンのかからないシャツ、プリントが乾かないうちにたたんで積み重ねたので蛇腹のように何枚も繋がってしまったTシャツ、ナイロンの加工を間違えて形状記憶合金のごとく、シャキーンと立つナイロンのジャンパー…。これらにぬかりなくチェックを入れつつ、納期通りに作らせ、船積みさせなくてはならないのだ。読んでいるだけでも、アゴが出る。しかも、現地に出張して工場の面々と顔繋ぎしたり、新しい工場を見つけたり、いい素材を仕入れたりすることも大事な任務である。この現地出張がまた、笑っちゃうほどにストレスフル。なかなか検品はさせない上に、必ず宴会が組まれていて、強い酒を飲ませていろんな事をうやむやにしようとする。田舎の工場に行くとマトモなトイレはない。辛うじて男女の区別だけはあるが、仕切りも何もないところにミゾがいくつか切ってあり、排泄物はそこらにぽこぽこと山になっている。それらを避けつつ用を足すという。いざとなったら女は覚悟を決めてそのトイレで用を足せるが、男は大抵ひと目トイレを見るなり真っ青になって戻ってきて、ホテルまで必死に我慢するらしい。さもありなん。著者はブツクサいいつつも、予測不能の中国貿易に割合素早く適応していく。めげないし、なんでも面白がる。何より金がないのは首がないのと同じだ、というナニワ商人の血が彼女にも流れている故だろう。登場人物も一癖あってみな面白い。殊に会社で随一の売上をあげる華僑の営業マン王課長の商売の達人ぶりが愉快だ。印象的なのは「サービスと物を挟んで売り手と買い手は対等。なのに日本人は無条件に買う方がエライと思ってるからね」という彼の言葉だ。
その他、大手ゼネコンからヘッドハンティングされてきた岩田部長。顔はコワモテ。怒ると手も出るタチながら実は一流大学出身のエリートで貿易実務のオーソリティ。なかなかのオシャレで、著者は「男のオシャレは男前でないほうが引き立つ」と書く。

中国側の人物で、ひときわ異彩を放つのが公司の担当者・周さん。どこで覚えたのか奇妙なこなれ具合の大阪弁をしゃべり、ニヒルで、抜け目がなく、要領がいい。この周さんと著者の会話が味わいがあって面白い。
周「商売ってだまし合いじゃないの。騙したり、騙されたり」
著者「騙しても結局すぐばれるじゃない」
周「中国は広いから騙しても分らないよ」
著者「日本は狭いんです」
周「それが問題やわな」 
この周さんの口調は語尾に?やわな、?だわなとつくのが特徴で、ひょろりと長身で抜け目なく、黙っていると少し不遜な感じもするという。納得である。

天安門事件を経て、90年代に入ると俄かに中国が変化し始める様子も著者の目線で描かれている。ちょっと才覚のある人間は独立して商売を始めるようになる。周さんもいち早く独立、貿易会社を立上げる。その頃になると製品はしっかりしてきて、あっと驚くような欠陥品は出なくなる。楽にはなったが、何故か少し物足りない。新しいものがどんどん出来る代りに、本物の骨董が安く買えた骨董屋は姿を消してしまう。怒りながらも格闘してきたそれまでの中国に愛惜の念を抱きつつ、新しく生まれ変わろうとする中国を興味津々で見守る著者の視線がある。マトモな製品が作れるようになってきた中国から、商売人の王課長は北朝鮮に目を向け始める。凄い嗅覚である。90年代初頭のお話なので、今はどうなったのかわからないが、王課長のことなので一儲けして、次なる荒野へと視線を移したに違いない。

これと読むと、つくづく中国に対しては何物にも動じない心と用心を怠らない抜け目なさが肝要だと思う。ウカウカしてるとしてやられる。でも、その猛烈なバイタリティにウンザリしつつも少し惹きつけられるものがないでもない。それこそが中国、侮り難い4000年の厚みなのかもしれない。

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