殻の中のヒヨコ 「エッグ・スタンド」

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70年代に傑作の全ては出尽くしたと思っていた萩尾望都にガツンとやられた作品。この人の最盛期の作品は、そのままヨーロッパ映画の出来のいいものを見るような感じがする、というかヘタな映画よりよほど余韻が深かったりするのだが、これもそんな風情を湛えた作品である。
第二次大戦中、ドイツ軍占領下のパリという舞台背景がまた、いかにもなわけなのだが、こういう設定は萩尾望都の独壇場。この人が作品に漂わせるヨーロッパのにおいは格別である。

で、この「エッグ・スタンド」は人物の描線が細くなりだした時期の作品で、大体「メッシュ」シリーズあたりと同時期の作品だが、久々に萩尾望都らしい作品を読んだと嬉しかったのを覚えている。そのタッチも物語に合っていたし、風景や背景描写に独特の味わいを見せる一編でもある。生きるためドイツ軍相手のクラブで踊り子兼ホステスをしているルイーズが、ある日出会ったのは公園でじっと死体をみつめているガラス玉のような目をした少年ラウルだった。どこから来て、どこへ行くのか。少年はルイーズの跡をついてきて、いつしか彼女の屋根裏の部屋に住みついてしまう。ルイーズはユダヤ系のドイツ娘。身分を隠して必死に生きている。ニューヨークへ行くと言っていた父親といつか再会する事を希みに。
そして、戦争時代の申し子・ラウル。彼がずっととらわれているのは、孵化せずに死んだヒヨコの姿である。ある日、ゆで卵を割ると、中から黒ずんだヒヨコが現われる…。孵化せずに死んだ黒いヒヨコは彼自身である。
(なにもかも壊さなきゃ はやく目を覚まさなきゃ 死んでしまう前に) ラウルは少年テロリストなのだ。しかし、彼にはイデオロギーもへたくれもない。が、情け無用の殺人マシンとも違う。彼にとって、愛と殺人は同じものだと言う。政治犯で処刑された父なきあと、窒息しそうな愛情で自分を縛ろうとした母親を殺して家を出てから、彼は何人もの人間を殺しつつパリに来た。殻の中の黒いヒヨコで死ぬのは恐い。世界を壊さなくちゃ。早く、早く。
愛と殺人は同じである、という彼の感覚は、愛していたけれどその束縛に窒息しそうになって母を殺した最初の経験から出ているのかもしれない。「とっても愛していると殺すこともあるんだなぁって思うの」と彼は言う。家を出て最初に知合ったレジスタンスの工作員パピヨンがその道の男だったので、彼に銃と寝技とを仕込まれて自覚なくテロリストへの道を歩き出したラウル。殺す相手をよく知らないと殺せない=愛と殺人は同じものだから、というラウルなので、殺す相手と必ずおシリアイになる。そしてベッドでズドンと一発。あの世に送るのだ。このへんの設定が萩尾ワールドならではだが、時代背景と人物設定が実に巧み。ルイーズが知合うレジスタンスの青年マルシャンは日本でも戦前に幾らでもいただろうオルグ活動を続けるインテリ共産党員のようなイメージである。ルイーズがユダヤ人であることを知ったマルシャンは彼女をナチのユダヤ狩からどうにか救おうとする。ラウルも自分の命令者であるドイツ高官に殺人と引換えにルイーズの情報を焼き捨てるように頼むのだが…。
愛も殺人も同じものなら、ルイーズを殺してナチから逃がす手もありそうだが、ラウルは彼女をN.Y.に行かせたいと思うのである。「目を覚まして」とルイーズにキスされ、混乱したラウルは彼女を突き飛ばして戸外に出る。舗道を歩きながら我知らず頬を伝う涙に驚くラウル。自覚なき涙。自覚なき殺人。

ユダヤ人リストを巡り、レジスタンス側のマルシャンと、ドイツ高官に使われているラウルがそれぞれ逆サイドからルイーズのために情報を入手し、隠滅しようとする構図もきれいに物語にハマっている。自身も戦場へ行って負傷し、妻子も戦災で失い、僅かにルイーズに平和への希望を抱き、「平和は平和の中にしかない」と戦争の悲劇を訴えるマルシャンは正統派の反戦キャラだが、その彼に対して、愛も殺人も同じだという少年ラウルを配し、テーマに一層の陰影が与えられている。戦争の狂気は人間の中に潜んでいて、それは誰にも止められないのだ。どんなに悲劇を生んでも。どんなに愚行を繰り返しても。

殻の中で眠りながら死んだヒヨコのように、ラウルには生きている実感がない。そして、物心ついた時から戦争の中にいる彼は、目覚めないままその時代を漂っているかのようである。平和になったら生きられない。殺人に愛されているなどと言う子供は…。
ルイーズに「目を覚まして!」と言われて初めて現実世界に目を覚ますかのようなラウル。愛も憎しみも同じもののように感じるのは、眠りながら生きているような実感のない人生を漂ってきたからではなかろうか。ナチに追い詰められたルイーズが命を落とし、彼はユダヤ人リストを焼いた筈のドイツ高官を、初めて憎しみから殺すのである。

「誰がお前を裁くだろう? 愛も殺人も同じものだというお前を?」
雪降る暗殺の森で、無自覚な小悪魔を裁かざるを得ないマルシャンの遣り切れなさが、夜と黒い森のシルエット、音もなく降り積む雪の中に漂う。

冬と夜のイメージや、屋根の上から眺めるパリの街など背景描写も時代色もそくそくとにじみ出て疑いもない傑作なのだが、「愛も殺人も同じものだ」というラウルの考えがどうして根付いてしまったのか説得力に欠け、些かこじつけ臭いようなにおいがするのが瑕僅を残す。けれど、上質な中篇小説か、小品の秀作映画を見たような読後感のある作品。
萩尾望都は、やはり萩尾望都であるのだ。

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