あなたとは、ずっと友達でいる… 「自虐の詩」

業田良家著 竹書房

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カルト的な根強い人気を持つこの作品、「絶対泣ける」という謳い文句のもと、業田良家の「自虐の詩」を友人が貸してくれたのは、もう8年ばかりも前になろうか。竹書房の文庫は上下巻で、途方もなくぞんざいなタッチで淡々と4コマで主人公・幸江の片隅の人生、その哀歓を綴ったものだが、内縁の夫イサオとの犬も食わないような腐れ縁のイチャツキが短いエピソードで綴られている上巻は、ゲンナリして投げ出しそうになったのだけど、上下巻を渡しながら友人が「上巻は多分、ウンザリすると思うけど、上巻を我慢して読まないと下巻の怒涛の感動が半減するからトバさずに読んで」と釘をさしたのでパパパーっと斜め読みでなんとか上巻を切り上げて下巻に入ると…。淡々としたタッチは変らぬままに、上巻でのとりとめなさと事代り、下巻では徐々に幸江の過去や心象風景が掘り下げられて深層海流に突入していく。

幸江は幸薄い三十路の女。生まれて母の顔を知らず、父親は生活力がなく借金取りに追われる中、酒や博打や女に溺れ、ついに銀行強盗未遂で臭い飯を食うことになってしまう。一人残された幸江は憂き世の苦労を散々舐めて街角で春をひさぎ、シャブ中にまでなっていたが、下っ端ヤクザのイサオに惚れられた事でどん底を抜け出す。ところが、イサオ。幸江と一緒になった途端にヒモ根性が頭をもたげ、安食堂で懸命に働く幸江の稼ぎをかすめては酒や競馬に使い、気に入らなければちゃぶ台をひっくり返す我侭放題。こんな男に「あんた~」と甘えて尽くす幸江。まさに自虐の詩。こう書いて来るとあまりに悲惨で未読の人は読む気もしなくなるかもしれないが、これがぞんざいな線描きの絵で、淡々と、飄々と、笑いを交えて綴られていくので、ほのぼの感と独特の味わいがある。

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幸江 小学生時代

常に目をつぶっているような幸江の顔だが、そんな顔にも僅かな喜怒哀楽が漂って、線描きのシンプルな線の味わいも捨てがたい。下巻はこの幸江の少女時代の回想が入り、借金取りに追われる父の元、貧しい家に育つ幸江の小学生?中学生時代が現在と混ざって折々綴られる。幸江の性格の憎めなさに読んでいて段々に彼女にシンパシーを感じるようになるのだが、あまりに貧しい家で母もいない幸江はクラスで浮き上がり気味。なんとか仲間に入りたい幸江は面白い話をする話術もないので、おかしな顔をして笑いを取る。自分を落して笑われてホっとする道化師の自虐。この回のタイトルは「私を愛してください」幸江の道化顔に被る級友の笑いが残酷な対比をなす。だが、それよりも何よりもワタシの心を鷲掴んだのは、中学生になった幸江の唯一の友として登場する女傑・熊本さんである。ワタシにとっての「自虐の詩」の魅力とは、この熊本さんの男前キャラに尽きる。ダメ人間のオヤジを抱え、新聞配達その他のバイトで家計を支える幸江と、貧乏の子沢山一家の長女で、路地奥の誰にも見せないあばら家に住む熊本さん。彼女はブスで不潔ではみだし度合いは幸江以上だが、逞しい生命力に満ち、いかなる時にも胸を張り、逆境にも昂然としている。うっかりウ○コを踏んでも、それを「にょり」と電柱に擦り付けて涼しい顔で「さ、行こう」というその豪傑ぶり。そして同じく厳しい境遇の幸江に対する、その友情。

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誇り高き熊本さん

裕福な美少女でクラスの人気者・藤沢さんに憧れる幸江に「バカだね、あんたにはあんたのいいところがあるのにさ」と呟いて路地裏に消えていく。この熊本さんが暫く学校を休んだ間に、憧れの藤沢さんのグループに入った幸江は、久々に出てきた熊本さんを過去恥部のように忌み、こっぴどく裏切る。幸江の裏切りにあった熊本さんを描いた回のタイトルは「孤高の人」。人目があるところでは堂々として、幸江の裏切りや周囲の村八分に屈しない熊本さんが、路地奥に入って一人泣く後姿に胸を衝かれる。そして、商売女に入れ揚げたダメオヤジがついに銀行強盗を企てて捕まるあたりで幸江はまた一人になり、そんな闇の中で彼女に声をかけたのは熊本さんその人だった。救われた思いで「やっぱり熊本さんは友達だ」などという幸江に15発のパンチを浴びせる熊本さん。そして「ごめんごめんて一生言いつづけるか!殴り返せって言ってるの!」という熊本さんを幸江が殴り返して二人の友情が本当に始まる。「遠くにいても近くにいても、あなたのことは忘れない。嬉しい時も悲しい時も、あなたとはずっと友達でいる」と河原で誓う二人。中学を卒業し、一人東京に向かう幸江になけなしの生活費から餞別と弁当を届ける熊本さん。
この「真友」との20年ぶりの再会をハイライトに、自虐の半生を乗り越えて、母になることで自らも生まれ直し、その人生をついに肯定するに至る一人の女の姿がすがしい読後感を呼ぶ。

幸江に惚れている食堂のマスターや、アパートの隣人のおばちゃんなどもいい味だが、やはり何と言っても熊本さんである。そのいかなる事にも屈しないあっぱれなまでの誇り高い孤高の姿。そのブレのない生き様。「どこが泣けるんだ…」と思いつつ読み進んできて、熊本さんの登場でガツーンとやられた。女にもうわべだけでない友情が成立することもある。

この程、堤幸彦監督で映画化されたようだが、このテの作品を実写映画化することに何か意味があるだろうか。これはそのシンプルな線で、漫画でしか表現できない世界を構築していることに味わいがあるのではなかろうか。4コマ漫画の世界に革命を起こしたといわれるその場面構成力…。阿部 寛のイサオはともかく、中谷美紀の幸江は美人過ぎてどうもねぇ。嫌われ松子以降、薄幸キャラといえばこの人、という事になっているのだろうが、う~む。やはり原作の印象を大事にしたいワタシである。

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