そんな没有(メイヨー)な… 「上海の西、デリーの東」

新潮文庫  素樹文生著

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うっすらと憧れをもちながらも、自分には出来ないと分っているのでやらないでいる事がある。長期のバックパック旅行もその1つだ。粗末なベッドや不潔なシーツの並んだドミトリーを泊まり歩いて、何ヶ月も大陸を放浪する。それは究極の旅だという気もするが、それをするのは人生のある時期、若くて、いろんな事がまだ辛うじて未確定な時期に限られるのではないかと思われる。物理的にはある程度の年になってもやって出来ないことはないだろうが、不可能ではない、という事と、それを行うのに最適の時期、というのはまた別のお話だろうし、虫が大嫌いでイカモノ食いが出来ないワタシなど基本的に失格である。

沢木耕太郎の「深夜特急」がバカ売れして以降、ユーラシア大陸をバックパックで放浪する若者が増え、TVのバラエティ番組で、便乗企画のようなサバイバル旅シリーズが高視聴率を取り、一般青年も、放浪癖のある連中は我も我もと貧乏旅行に飛び出した。彼らのうちの何人かは戻ってくると旅の見聞録を書き、それが本になった。これもそんな本の1冊。就職したものの旅費を稼ぐ為に働き、長期の旅行に出たいので会社を辞めて旅に出る…。著者も90年代にウヨウヨいたそんな若者の一人である(現在は作家)。「ブラックホーク・ダウン」をワタシに強力推薦したS君もこのテではあるが、彼は会社を辞めてまでは行かない穏健派のバックパッカー。でも相変わらずネパールとかが大好きらしい。

これは著者がインドへの長い旅に出ようと思い立ち、フェリーで上海に上陸するところから始まる旅の記録。1994年の記録なので、今からだともう13年も前のことになる。ワタシが初めてこの本を読んだのは5年ほど前だが、その時点でもかなり過去の旅。だから、この中に出てくる色々な事柄は年月を経て多少変貌しているかもしれない。しかし、その国の本質的な何か、というものはきっと変らないに違いない。

インドか中国か、というのは嗜好がはっきりとわかれるところだろうと思うが、ワタシはどっち?といわれたら(究極の選択)う?ん中国であろうか。インドはもう、あの混沌が生理的にダメだろうという気がする。第一、惹かれない。暑いし、あまりにも哲学的に混沌としすぎている気がして…。

中国も、あの体制や、巨大な田舎的杜撰さ、厚顔無恥な振るまい等のあれやこれやで昨今イメージは最悪。しかし、中国がいかに他人(=異国人)に冷たく、遠慮会釈もない国か、というのはこの本で読んで少し分っていたので、最近話題になっている色々なことも、さもありなんとは思われる。この本は中国からベトナム、カンボジア、タイ、と東南アジアを抜けてインドに着くまでが面白いが、中でも中国の描写は抜きん出て印象的。中国ってほんとに面白いほどヒドい。著者はフェリーで上海に夜着き、浮かれ遊んでうっかり両替を忘れてしまう。宿泊所を探す時間になって、世界のYenが全く通用せず、両替商はどこも既に閉まっており、和平飯店のような高級ホテルでさえ、宿泊客でなければ両替などしてくれないという現実を知る。これから旅が始まるのだからまだお金はたんまり持っている。両替さえ出来れば取り敢えずはどんな高級ホテルにだって泊まれないことはないのに、人民元がなければどんな安宿にも泊まることはできないのだ。著者は友達がどうしても困った時に使え、と餞別にくれた兌換紙幣(外国人専用の通貨)を早くも初日に使うハメになってしまう。これに端を発し、中国の旅はトラブルの連続。「中国の旅は没有(メイヨー)に始まり、没有に終わる」と著者は書く。没有、つまりノーである。今はどうか知らないが1994年の時点では、列車の切符を手にいれる事が中国では至難の技だったらしい。列車の本数が少なく席数に比して移動したい人の方がずっと多いので、切符は売り出して数十分で売り切れてしまうのだ。にも関わらず長蛇の列を辛抱強く並んでやっと窓口に辿りついた旅行者を待っているのは「没有」の一言。二等がなければ三等、ある方面がなければ別の方面行きを、と何通りかの可能性を考えて行ってもニベもなく「メイヨー」と言われてオシマイ。(それが日本語のネエヨーに発音が似て聞こえるので余計癪にさわる、と書いている)そんなわけで著者はさんざんに毒づき、旅の間中国をののしったそうだが、中国人は人間らしい民族で、建前と本音を使い分けることをせず、剥き出しに赤裸々に感情を出すのが特性なのだとニュートラルな立場で擁護もしている。彼が困難な本土の旅からシンセンを経て香港に入った時、嗅ぎなれた自由主義経済社会の匂いを心底あり難いと思いつつ、なぜか、あの厄介で荒荒しいメインランドに再び戻りたいと思う心情が妙にリアルだ。奥地の仙境・大理(ダーリー)の風景描写や、三等列車のトイレ事情の言葉に尽くせないヒドさ、どんな美しい女でも平気で道端に痰を吐き、スイカの種をペッペと吐き棄てるという事実などあれこれ興味深い。また、著者は茶店などでワープロで文章を書きつつ旅を続けるのだが、漢字の文化圏ではヘタに漢字の部分だけを読まれると文章がこちらの書いたものと全く違う内容に取られることもあるので要注意だとも書いている。漢字の国の人ならではの弊害も経験者の目で語られる。

これでもかとばかりに激しいカルチャーショックが連ねてあり、あまりの事にあきれ果てて不条理コントじゃないの?と思うばかりな中国だが、何故か怖いもの見たさで、そんな中国を覗いてみたいという気になる。他の国の章は強烈な中国の前に全部吹っ飛んでしまう観もある。
旅先で出会う欧米のバックパッカーたちに対するとき、適当な若者もいやおうなく日本代表となる。奥地の川下りツアーに日独英米だかの旅行者が揃ってしまい、著者が日本を背負って立つような気持ちになる部分は微笑ましいし、分る気もする。
バックパック旅行はいろんな意味で、人間力の試される旅なのだ。

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