14歳という年齢 その1

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永遠の14歳 ビョルン=タッジオ

14歳というのは特別な年齢だと思う。17?8歳では育ちすぎて少年・少女というイメージから離れだすし、12から13歳では幼すぎる。14から16歳が少年・少女期のミッドな年齢だと思うが、中でも14歳というのは何かスペシャルな年齢のように思えて仕方がない。少年期のもっとも少年らしい時期であるとともに、美しい少年少女にとっては、最も美しい時期=人生のプライムであったりもする。その時期を過ぎるといかな絶世の美少年・美少女といえども凡庸なものに変容していかざるを得ない。

彼らはその14歳の1年間だけ陸離たる光彩を放って輝くのだ。逆に言うと14歳ごろに最も輝いていた少年少女はそこでプライムを迎えてしまい、のちにはその輝きを失って別物になっていかざるを得ない。18歳から22歳、または24歳から27歳ぐらいで美しくなる人は14、5歳ごろはさして綺麗でなかったりする。総じて25歳以降でピークを迎える人の方がトータル的な”美貌生命”が長いように思う。若年のうちにピークを迎えた人は、以後長い余生のような状態になり勝ちなようだ。

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さて、14歳の美少年ということで真っ先に脳裏に浮かぶのは、あの「ヴェニスに死す」のタッジオである。まさに14歳。13歳でも15歳でもない、14歳の少年なのだ。さすがトーマス・マン。美少年が最もその美を輝かせる時期をちゃんとご存知である。そして、これを映画で具現化させたのが美少年大好き巨匠・ルキノ・ヴィスコンティ。さすがである。さすがの人選である。欧州各地を回って美少年を探しまくった彼のオーディション行脚は「タッジオを探して」というドキュメンタリーにまとめられているようで、これは「ヴェニスに死す」本編よりも見たいのだが、未見である。それにしても探せばいるものである。よくも見つけたものだなと思うけれど、ビョルン=タッジオは巨匠の執念が凝り固まってその場に少年の姿として現れ出でたかのようだ。そのビョルン・アンドレセン。なぜかこのサイトに「ビョルン・アンドレセン」で検索して来られる方が割合いらっしゃるので、いつも何かの引き合いに出すだけで一度もまともに彼を取り上げたことがないのもどうかと思い、今回初めてフィーチュアしてみた。北欧出身で背が高く、オーディション時で既にタッジオとしては少し大きすぎるのではという懸念もあったらしいが、本当にその最高に美しい時期をピンポイントで捉えて映像に永遠に焼き付ける事ができたのはまさに奇跡ともいえる。映画の日本公開にあわせて来日したときの写真を見ると既にもうあの特殊な時期を通り過ぎて普通のティーンエイジャーになっていた。ありていに言うと神秘性は剥げ落ちてしまい、人生のほんの一瞬にしかない少年と少女のハザマの時期を過ぎ、ただのノッポのティーンエイジャーになっていたのである。

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撮影の翌年か? はや既にあるポイントを超えてしまっている

画面に現れた神秘性は、彼の素の上に巨匠の入念な演出が施されて人工的に映像の中に焼き付けられたものであって、けしてありのままであの異様なまでの美を輝かせていたわけではない。が、入念に細心に衣装や照明やヘアスタイルや淡いメイクなどで作り上げられたタッジオの姿も、素のビョルン・アンドレセンの土台あってこそである。それはまさに14歳のその時期を逃しては、もう何をどう施そうとも「タッジオとしては育ちすぎ」になってしまう寸前のきわどいタイミングであった。

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少年と少女のはざま
背後は母役のシルヴァーナ・マンガーノ

私がこの映画を初めてTVで見たのは幾つのときだったかハッキリ記憶にないが、とにかく少女漫画ってあながち嘘でもないんだなぁと彼の姿をみて、つくづく実感した。ただ存在していればいい役とはいえ、彼にも芝居のしどころはある。アッシェンバッハに対して、意図的な誘惑なのか無意識にか、曖昧な微笑や態度で思わせぶりに接するとき、巨匠が、「ハイ、幾つ数えたらこっちをキっと睨んでごらん」とか手取り足取りロボットでも動かすようにしぐさを振付けたんだろうなぁと思われるシーンが幾つもあってほほえましい。タッジオに接するうちにアッシェンバッハが昔、売春宿で少女のような娼婦を買った事を思い出すくだりなど、この初老の芸術家のリビドーを暗示するシーンがある。そして、ついに若返りを図り、理容室で髪を染め、顔に不気味な薄化粧を施すに至る。このシーンでの理髪店のオヤジの、慇懃な口調と小指が常に立っているようなファンシーな動作が妙に気に入ってしまい、たまにここだけを見たりもする。
この映画でのビョルン=タッジオは空前絶後のハマリ役であったが、だからこそこれ1本だけでもう出てこなかったのは正解だったとつくづく思う。本人がミュージシャン志向であまり映画に興味がなかったことも影響したに違いない。

長らく、あまりに杳として消息が知れないので死亡説まで出るありさまだったが、故国スェーデンで順調に年を重ね、子持ちの50代のオヤジになっている事が去年、ネットサーフィンをしていて分った。面影はあるものの些か枯れた風貌である。14歳などという若年でピークが来てしまうと、あとは枯れる一方なのかもしれない。

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ビョルン近影
(画像をいただいてきたサイト名を失念してしまったのだが、どこかから頂いてきた画像である。使わせていただきました)

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