ディーバ!な人生とは エディット・ピアフとマリア・カラス

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ワタシはどういうものかバイオグラフィというのが好きで、そういう番組はよく見る。この都度、エディット・ピアフは伝記映画が封切になるし、マリア・カラスは9月の16日に没後30年を迎えるという事で、お気に入りヒストリー・チャンネルが、この二人のディーバのバイオグラフィを放送してくれた。マリア・カラスは9月に亡くなったのか。ワタシは9月に生まれたのだけど…(関係なし)とにかくこの二人は伝説のディーバ。そして伝説のディーバの人生は何故か猛烈に波乱万丈なのだ。人の人生だからうわ?ぉと思いつつ味わい深いが、自分の人生だったら後に名が残ろうとどうだろうと、そんな人生は真っ平だと思うようなソーゼツ人生である。
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最高の恋人セルダンと

ピアフといえば、何と言ってもマルセル・セルダンとの悲恋が有名。ボクサーが大好きだったピアフ。ミドル級チャンピオンだったセルダンとは生涯最高の大恋愛だったが、彼が防衛戦でアメリカに渡り対戦したのが、あの「レイジング・ブル」のジェイク・ラモッタ。この試合でラモッタがタイトルを奪取、破れたセルダンは数ヶ月後ラモッタと再戦の為、渡米する途中に飛行機事故で亡くなった。

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ロンバードとゲイブル

生涯最高の相手が、ふいに飛行機事故で死んでしまうというエピソードは、他に有名なクラーク・ゲイブルとキャロル・ロンバードの悲劇がある。愛妻キャロルを戦時公債キャンペーン途中の飛行機事故で亡くしたゲイブルの深い傷心は、彼を志願して戦場に向かわせる程だった。


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話をディーバに戻すと、ピアフは大道芸人の子に生まれ、売春宿に育ち、戦時中はレジスタンス活動にも加わった。歌で身を立てられるようになるまでもスゴい人生だが、その後も殺人容疑はかけられる。薬物中毒にはなる。恋人は二人まで飛行機事故で死ぬ。自らも自動車事故に遭う。作り話のような人生である。 150cmに満たない身長であだ名の「小さな雀」がそのまま芸名になった。が、そんな小さな体から出るとは思われない、湧きあがり響き渡るその歌声。歌姫としては支援者にコクトーもいて、才能は花開いたが実人生は苦しみの連続。有名な「愛の賛歌」も日本ではロマンティックな岩谷時子の訳詞がついて甘い恋の歌として知られているが、原詩ではもっと激しく苦渋に満ちた愛を歌っているようだ。セルダンの死を悼んで作られた歌。そんなに甘い歌であるわけもない。

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が、晩年は20歳年下の夫とディートリッヒの仲介で結婚し、その夫に看取られて癌で亡くなった。享年47歳。病気のせいか写真を見るともっと老けて見える。人の何倍も濃縮された激しい人生を生きた人の顔だと思う。シャンソンはちと苦手でピアフも有名なのを2曲しか聴いた事がないのだけど、その声の迫力はワタシにも分る。


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マリア・カラスの歌声を初めて聴いたのはいつだっただろうか。多分20代の初め頃、最も有名な、「歌に生き、愛に生き」あたりを聴いたのが最初だ思うのだが、同じアリアを別の歌手が歌っているものと聞き比べると、彼女の歌唱がいかにドラマチックであるかがよく分る。殊に凄いと思ったのはカタラーニ作曲、ラ・ワリーの「さようなら、ふるさとの家よ」。(映画「ディーバ」の中でも印象的にフィーチュアされていたアリア)偶然レナータ・テバルディの歌ったものも持っていたので聞き比べたが、こういう悲壮な色合いを帯びたアリアの場合には、ライバルだったレナータはマリアの敵ではない。

”それがお前の運命、もうけして、帰ることも見ることもできないわ”と徐々に盛りあがってくる辺りからザワザワと鳥肌が立ち、”白い雪のかなた、雪のかなたに…と” で最高潮の盛りあがりをもって終わるあたりの余韻がもう他の追随を許さない迫力と表現力。いやでもおうでも掴まれる。揺さぶられる。でも、「私の大好きなお父様」のようなアリアの場合はキリ・テ・カナワの方が合っているし、適役のように思われる「トゥランドット」も、それが当たり役のビルギット・ニルセンのどこまでも力強く出る最高音域の艶が勝っているように思われる。(ニルセンはワグナーも十八番)
マリア・カラスの定番はやはりベリーニの「ノルマ」、ドニゼッティの「ルチア」、そしてプッチーニの「トスカ」であろう。ビゼーの「カルメン」も良い。全盛期にはスカラ座のシャンデリアも震わせたというその歌声の迫力。彼女は本当にその歌唱のごとくドラマチックで激しい人生を生きた。

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母との確執。美しい姉へのコンプレックス。輝ける才能と毀誉褒貶の的になる激しい性格。イヤな女だった事は異口同音に語られている。しかし、象から蝶へ、と言われた大減量に成功し(一説によると腸内にサナダムシを入れていたらしい。A・ヘプバーンのような服を着たくて3ヶ月で45kg!減らした)、50年代、今よりもずっと錚々たるセレブが揃っていたヨーロッパ社交界のヒロインとなる。マネジャーである年長の夫(この夫メネギーニ、「バットマン・リターンズ」に登場するペンギンそっくり)と若くして結婚し、恋愛もロクにしてこないままセレブになった彼女は、その絶頂期に怪物に魂を捕われてしまう。ギリシャの海運王・オナシス。ギリシャの血が呼んだのか…。この恋がマリアに人生の絶頂とどん底を齎す。

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ペンギン夫

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マリアとオナシス

この海運王オナシスのヨット「クリスチナ号」はこの時代、欧州やアメリカのセレブ達の海上サロンだったらしい。マリアとオナシスもここで恋におちた。ちなみにガルボ様もこのヨットによく招待されていた。
成上りで、人も羨む勲章がほしいだけの海運王にとってはマリアもその勲章の1つ。しかもオナシスとの恋に溺れて舞台を遠ざかったマリアからは、音域の広い演目が多かった事による声帯の酷使で声が失われつつあった。シャンデリアをも震わせたその高音が…。名声の翳りに勲章としての輝きも失われたか、オナシスは次なる勲章に目を移す。悲劇の未亡人・ジャクリーヌ・ケネディ。虎と綽名された程に気が強いが実は純情一途だったマリアと、計算高く強かな百戦錬磨のジャクリーヌ。彼女はケネディによって、愛と結婚の幻滅を散々味わわされて鍛えられていた。そしてケネディは彼女を愛さかったかもしれないが、彼女はやはりあの夫を愛していたんだろうと思う。その女に心を求めたオナシスの大誤算。
マリアは捨てられ、オナシスはジャクリーヌを正妻に迎えるが、この妻がオナシスの死神になる。金だけを毟り取って同居せず、N.Y.に住んで贅沢三昧。ジャクリーヌは嫁した家に災厄をもたらす女。必ず死人が出る。ケネディ家しかり。オナシス家もオナシス本人に彼の息子、娘と死人続出。死と災厄しか齎さない「黒衣の花嫁」である。好きではないが非常に興味深い人物。おまけに自らの息子の事故死を見ずにあの世に行く廻り合せ。運がいいのか、悪いのか。とかく一言では語れない人生を生き抜いた女性だ。

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ジャッキーが1枚ウワテ

息子も事故死し、傷心のオナシスが泣きついたのはマリアだった。だが、過去を悔い、ジャッキーとは別れるからと求婚するオナシスを今度はマリアが突き放す。声が失われ、最も心細い時にマリアを捨てて他の女と結婚した男。
この男をまた受け入れるのか、突き放すのか。
マリアはすがりつくオナシスを振りきってカムバック・リサイタルに旅だつ。(この最後のリサイタルで来日している)しかし失われた栄光は戻らず、時代が去ったことを本人も世界も再認識しただけに終わる。ツアーから戻ると、筋無力症にかかったオナシスは瀕死の状態になり、かつての倣岸さはどこへやら、衰弱しきってこの世を去る。人間、気力が失われる時が人生の終わる時なのだ。

声も失われ、最愛の男も失われてしまったマリアはパリのアパルトマンに一人こもり、2年後ひっそりと世を去る。マリア・カラスには墓がない。彼女が死ぬと遺体は火葬にされ、灰はギリシャの海に撒かれた。ペール・ラシェーズ墓地にピアフのように墓がありそうなものだけれど、無いのである。遺されたものは歌声と舞台の映像だけ。
けれどその人生は、まさしく「歌に生き、愛に生き」。やはり選ばれた人の人生だという気がする。彼女は特別な、選ばれた人になりたかった。そしてそうなった。だが、「選ばれた人」の人生は辛い。傑出した何かは大きな欠落の代償に与えられるのだ。「ほんとうのジャクリーヌ・デュプレ」を観た時、ワタシは何故かずっとこの人のことを思い出していた。

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時代がスターを生むのか、スターが時代を作るのか、この二人の活躍期は40?50年代でとにかく周辺に登場する顔ぶれも豪華である。ピアフの周辺にはジャン・コクトー、モーリス・シュバリエ、マレーネ・デートリッヒ等。才能を見出した後輩にシャルル・アズナブール、イブ・モンタン。
マリア・カラスの周辺は、ライバルにレナータ・テバルディ、共演者に黄金のテノール、マリオ・デル・モナコ。社交界ではモナコ王妃グレースと競い、恋人はオナシスで、その恋敵がジャクリーヌ・ケネディである。この時代ならではの顔ぶれ。つくづくと50年代ってセレブの時代である。

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ピアフとカラスは、その満たされない希求を声に乗せて全身で表現するかのような歌唱が、聴いているだけで鳥肌のたつような、異様な感銘を呼び起こす点で似ている。永遠に聴く者の魂をゆさぶる歌声の余韻。しかし、なんと厳しい人生か。

バイオグラフィが好きなのは、色んな人の人生や運命、その時々の思いや選択を傍観者的に追体験できるからだろうと思うが、同時にそんなスゴい人生じゃなくて平凡でも平和にやってるから、ま、いっか、と小さく安心したい為かもしれないと、ふと思った。

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