夏のおわりに… 「サザンオールスターズ」

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活動休止コンサートが話題になっているサザンオールスターズ。
現在はWOWOWに加入していないので、そのコンサートの模様は断片的にニュースショーなどで観ただけだが、さすがに30年にもわたる活動。観客が親と子で大合唱というそのコンサートの様子には、桑田佳祐が絶えず振りまいてきた音楽ハッピーの粉が世代を超えてキラキラと降りかかっているサマをみるような気がした。世代を超えて共有できる音楽を持つ、というのは幸せな事である。ことに今のように親殺し、子殺しが横行するような世の中にあっては、親と子が無理なく同じバンドの曲を口ずさめるというのは貴重な事かもしれない。
30年間も第一線にあれば、常に生活の背景にサザン、時代の傍らにサザンという感じで、無意識的にもその曲が記憶の底を流れていることにもなる。特別にファンというわけではないワタシだって、振り返れば記憶と分かちがたく結びついているサザンのナンバーはいくつかある。

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そういえば、サザンと同じ頃にデビューして凌ぎを削っていたバンドに世良正則の「ツイスト」がある。彼らがデビューした頃は、ちょうどTBSの「ザ・ベストテン」も花盛りで、毎週のように盛り上がっていた。ごくごく初期には、「勝手にシンドバッド」でデビューしたサザンは、どちらかと言えば一発屋的なイロモノ扱いを受けていたように思う。「ザ・ベストテン」でもタマネギおばさんが、随分馬鹿にしたような鼻の先でのあしらいをしていたような記憶があるが、「いとしのエリー」のメガヒットのあたりから態度がコロリと変わり、中継先の桑田に「息子よ!」なんて呼びかける手のひらコロリの様子を見て、(オトナの世界を観ちゃったよ)などと些かジト目になったりした子供のワタシ。桑田氏は「おか?さ?ん」なんて屈託なく受けていたっけ。やわらかいなぁと思った。ヒット連発でいつか頂点から落ちる日が来るなんて考えられないなぁ、と思っていたツイストは割合活動期間は短く、あっという間に解散してしまった。サザンはその頃から今に至るまで、ずっと変わらずに続いてきたのだ。

「いとしのエリー」を始めとしてサザンの曲をスタンダード化するのに深く寄与したのがTBSドラマ「ふぞろいの林檎たち」だ。
とにかくほぼ絶え間なしにサザン・ナンバーが背景に流れていて、「いなせなロコモーション」「栞のテーマ」「チャコの海岸物語」「Ya Ya (あの時代を忘れない)」「思い過ごしも恋のうち」など、これで刷り込まれた観がある。中でもワタシがお気に入りだったのはサザン的には傍系のナンバーであろう「メリケン情緒は涙のカラー」。夜・港・横浜・謎・女・無国籍・血・闇などのイメージが散りばめられていてなんだか耳に残る。
このドラマで初めて小林 薫を知った。無口で無愛想なのになぜか女にモテる酒屋を継いだ兄貴の役で、弟役の中井貴一のイモっぽさに比べて兄貴は気になるなぁと思っていた。のちにプッツン三昧で女優生命もすり減らしてしまった感じの石原真理子もこの頃はピーク時で、気儘ながらも、向かない看護婦を辞めてどこに進んで行こうかと悩む晴江の役にとても合っていた。

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世代別に最も好きな歌が分かれるのもサザンならではだが、30歳以下に圧倒的な人気なのが「TSUNAMI」で、30半ばから上の世代が好むのはやはり「いとしのエリー」らしい。ワタシはやたらに流行っている時から「エリー」にはさほど来なかったので、この2曲だったら「TSUNAMI」の方が好ましいが、サザンナンバーとしては「真夏の果実」や「涙のキッス」なんかも結構好きである。「涙のキッス」はカラオケで必ず歌うオハコの一曲。 
♪泣かないで 夜が辛くても 雨に打たれた 花のように というくだりがとても好きなのだ。あのドラマはともかくも。
「フリフリ'65」はバブル期に毎週楽しみに見ていた「夢で逢えたら」のテーマ曲だったので、なんだか懐かしい。あの番組自体も今のお笑い番組よりは面白かった記憶があるのだけど、思い過ごしだろうか。最も記憶に残っているのは野沢直子だが、「畑野芋介」だとかガララにニョロロ、みどりちゃん、など売れ始めて間もないダウンタウンやウンナン、清水ミチコなどが弾けまくっていて毎週大笑いしていた記憶がある。

その他、♪行かないで あの夏は夢 今は思い出に残るひととき…の「あなただけを」や
♪振り向くたびに切ないけれど 君の視線を背中で受けた… の「LOVE AFFAIR」などもドラマの主題歌だったっけ。前者はドラマは一切見ていなかったのだが、後者はドラマも見ていた。この2曲は同程度に好きなのだが、どちらも音域が広くてカラオケで歌うとけっこう難しい。


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もっとも忘れがたい曲としては「鎌倉物語」がある。
♪鎌倉よ何故 夢のような虹を遠ざける 誰の心も悲しみで 闇に溶けてゆく…という原 由子のアンニュイなヴォーカルが、鎌倉各所および七里ガ浜あたりの海岸を江ノ島を眺めつつそぞろ歩く時など、脳裏に必ず流れてくる。

また、必ずしも同世代ではない数人で旅行に行った時など、趣味も嗜好もそれぞれに違うメンバーが、車中のBGMにサザンが流れると(ある種の無難さも手伝って)好きな歌は一緒に口ずさんだり、思い出の曲で盛り上がったりする。そしてつくづくサザンって息が長いなぁと思うわけである。ユーミンはある時期まで第一線だったが、いつしか時代は彼女を超えていってしまった。ワタシはユーミンが最も才能をほとばしらせていたのは荒井由美時代だと思うのだが(「ベルベット・イースター」「瞳を閉じて」「ひこうき雲」など)、中期にもユーミンらしい作品は目白押し。だが、いつしかユーミンは後退していったのに引き変えてサザン(桑田佳祐)は悠々と同じような曲を繰り出しつつも常に「現在」なのである。サザンの曲は(大ヒットしたものは特に)似たような曲が多いような気がする。いわゆるサザン調である。
思うに、桑田佳祐という人は、万人の最大公約数的嗜好を衝く感覚を持っているのだろう。
絶えず変化していく事が求められるものもあれば、変化しない事を求められるものがある。サザンの音楽は後者である。変化しないこと、30年も前から変わらぬ状態でそこにあること、それこそを大衆が求めているからには、変化することはできないのだ。桑田佳祐がその事に息苦しさを感じたとしても無理はない。しかし、その永遠のマンネリズムのなんという心地よさだろうか。
サザンて変わらないなぁ、と思いつつも、聴いていてなにがなし快く、けして古くもならない。それは過去にしがみつくのではなく「現在(いま)」を永遠に置き換えるという力技が働いているからだろうとも思うのだけど、30年という歳月を思う時、それはつくづく尋常ならざる業(つまり偉業)だなぁと思うわけである。

暫く休んで、やりたい音楽を心ゆくまでやって、その気になったら(還暦を過ぎたあたりででも?)また活動再開となるだろう。その時にはきっと、期待を裏切らない変わらぬ姿と変わらぬ歌声、そしていわゆるサザン調の曲を引っさげて再び戻ってくるに違いない。
♪ さよならは別れの言葉じゃなくて ふたたび逢うまでの遠い約束
…って、あ、これはサザンじゃなくって来生たかおだったっけ。

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