「クイズ・ショウ」 (QUIZ SHOW)

~アメリカ50'sの空気~

1994年 米 ロバート・レッドフォード監督

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面白いことに、俳優としては大好きなクリント・イーストウッドが作る映画はおおむね苦手なワタシなのだけど、俳優としては苦手な部類に入るロバート・レッドフォードの監督作品は、わりに好きなものが多かったりする。中でもこれは一番好きな作品かもしれない。思いだして久々に観てみたら、ジョン・タトゥーロ十八番の粘っこい演技は記憶の通りだったが、レイフ・ファインズは記憶にあったよりも若くてブリリアントだった。確かこれでスターダムに躍り出たのだと思うんだけれど、実にジョン・タトゥーロとの対比が効いている。そしてなんと、クイズ番組を一社提供する健康飲料会社の社長役でマーティン・スコセッシが出演しており、何事も思いのままを押し通す「スポンサー天皇」を演じてハマっていた。マーティン、さっぱり記憶になかったけど、出ておられたのね…。
オープニングテーマは軽快なボビー・ダーリンの「マック・ザ・ナイフ」。いいですね、50年代後半の雰囲気が溢れている。実話を元に作られた本作。当時、人気絶頂だったNBCのクイズ番組「21」で9週勝ち抜いていた、NYはクイーンズ出身のハーヴィー・ステンペル。だが冴えないユダヤ系中年男の彼が何週勝ち抜いても視聴率は横這いか、むしろ低下する始末。数字的に芳しくないため、スポンサーの飲料会社「ジェリトル」社長(M・スコセッシ)はもっと見栄えのする回答者を出してステンペルを下ろせと番組制作者に指示する。スポンサーの意向に沿う回答者を探していたプロデューサーの目に、名門インテリ一族出身のコロンビア大学講師、チャールズ・ヴァン・ドーレンが飛び込んでくる。彼本人がクイズ番組に興味を持っていた事もあり、出演はアッサリと決まる。因果を含められたステンペルは得意の「映画ジャンル」の問題を間違えて負け、退場する筋書きを振られる。その問題は55年のアカデミー賞作品はなにか?というもので、僅か2年前の受賞作。殊に映画ジャンルを得意としていたステンペルが、当時子供でも答えられるような問題を間違えろといわれて腐るシーンが笑えるが、プロデューサーもこの際本当に答えの分からない超難問を振ってやればいいのに情けがないなぁと思う。八百長にだって武士の情けが必要なのだ。それを欠くと丸く収まるべきものも収まらなくなってしまうのである。負け犬人生をクイズ王になることで一変させようと目論んでいたステンペルはそれまで勝ちぬいた賞金を貰ってブラウン管から消えるのだが…。

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というわけで、舅の借り着のぶかぶかした背広で、愛想笑いを浮かべて番組に残ろうと必死のステンペルを演じるジョン・タトゥーロ。この役はもうこの人以外におりますまい。僻み根性が強く、雑学にだけは強いが、大金を手にしてもすぐに投資でスってしまう「天性負け犬」の空気はこの人ならでは。通り過ぎざまに、なんかニッチョリとした安いオヤジ整髪料のニオイを漂わせそうな感じの男をバッチリと構築していた。また、彼が微に入り細をうがって番組側の八百長の演出(ブースの空調を意図的に止めて額に汗をかかせる、唇を舐めて分かっている問題に悩むふりをさせる等)を大陪審で証言するシーンの、瞳孔の開きっぷりや、へらへらと卑屈な笑いを浮かべる様子など、野心家の負け犬の嫌らしさがとてもよく出ていた。

対する「ブリリアント」なチャールズ・ヴァン・ドーレンを演じるレイフ・ファインズは、いやが上にも明るい水色の目に、赤みがかったブロンド。チークでも塗っちゃってるんじゃないの?というほどにぽうっと「ばら色」の頬で、育ちのよい微笑みを浮かべる。この毛並みのよい感じ、というのはレイフ・ファインズお得意の空気感だが、この前「ある公爵夫人の生涯」を見たばかりなので、最近のレイフと、登場したてのレイフの落差が(ことに毛髪の量に)ひとしおはっきりと見えてふふふんと受けてしまった。(老婆心ながら一応ことわっておくと、ワタシはレイフのファンではありません)でも、そんなにも爽やかで感じのよい貴公子でいながら、八百長と分かっていてTVの世界に足を踏み込んでしまう面を持つヴァン・ドーレンを演じているところに後年のレイフの影が早くもにじみ出しているような気がする。つまり、ブリリアントでいながら、笑顔の陰にどこか後ろ暗い尻尾を隠している男である、ということだ。どんなにキラキラでもあの奥目はクセモノなのだ。ハンサムでお上品なれども、なんだかズルそうなのである。

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当初は「八百長なんて気が咎める。問題は教えて貰わないでいい」と言っていたのに、勝ち抜いて人気が出てくると無邪気に束の間の大金と名声に酔ってしまう。車で職場の学校に向かい、生徒に取り巻かれたいがために休み時間になって生徒が外に出てくるまで車から出ないで待つという俗物性も持っているお坊ちゃま。人生に突如七色の色彩を与える美酒、美食、美女をもたらすフェイムの蠱惑に良心の咎めも忘れてしまう。彼の名声への弱さは、著名な学者である父の影から出たいという、親と子の潜在的な問題に根がある。偉大な父をもった息子の悲喜劇ともいえる。最初に彼を観た時に司会者がぽつりと言う。「なぜ彼のような男がクイズ番組に?」そう。そもそもは無縁な世界だったものを、チャールズ・ヴァン・ドーレンは自らのうちなる俗物性で墓穴を掘ってしまうのだ。

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で、ここにもう一人登場するのはロブ・モロー演じる立法管理委員会の調査官で弁護士資格を持つリチャード・グッドウィンである。彼もユダヤ系だがハーバードの法科を主席で出た事が金看板の野心家だ。ここでステンペルとグッドウィンという二種類のジューイッシュを対比させるという構図も出てくる。NY下町に埋もれたステンペルと、頭脳で這い上がろうとするグッドウィン。同根異種の二人。グッドウィンはハイエナのようなステンペルにあからさまな嫌悪感を示す。が、どちらもユダヤ人として抜き難く卑屈な部分を持っているという点で共通している。全米で人気沸騰のクイズ番組に八百長疑惑が浮上したのに目をつけたグッドウィンは一度封印されたこの件を立件しようとNYにやってくる。出世主義ぷんぷんの野心家グッドウィンだが、話を聞くために会ったヴァン・ドーレンに微かな好感を持つ。週末、彼の別荘で催された高名な学者である彼の父マーク・ヴァン・ドーレンの誕生会に紛れ込んだグッドウィンは、有名学者の父を中心とするハイソでアカデミックな上流家庭の雰囲気に抑えがたい憧れを抱く。ロブ・モローという人はこれでしか見た事がないのだけど、役にピッタリで好演だった。ニコニコと無邪気な笑顔だが、頭がよく何も見逃さないグッドウィン。自らの優秀さには誰よりも自信を持っているが、貧しいユダヤ家庭の生まれである自分を卑下する気持ちも抜きがたい。そんな彼のコンプレックスを刺激するのがブリリアントなチャールズ・ヴァン・ドーレンの家庭なのである。

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野心家グッドウィンと人気者ヴァン・ドーレン

輝けるヴァン・ドーレン一族の看板として悠然と振る舞う有名教授の父を演じるのはポール・スコフィールド。とても雰囲気が出ていた。その知性と人格と業績で、誰からも尊敬を集める有名な文学者で、野心家グッドウィンさえも、その名になびき、その姿を憧れの眼差しで見上げてしまうような存在感が自然に出ていた。八百長が暴かれたら、この高潔で高名な父の名さえも傷つく事になる…。グッドウィンが調査に乗り出した事で、チャールズは次第に苦悩を深め、適度なところで負けて番組を降りるという選択をするが、NBCもスポンサーも彼を手放そうとしない。それまで有名人だった父を息子が追い抜いたという比喩に、父と息子はレオポルド国王とボードワン国王を持ち出すが、このボードワン国王ネタはクイズ問題として肝心なところで再度登場する。

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名門の総帥で高名な学者、という雰囲気がよく出ていた

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大陪審で審理を再開しても、ヴァン・ドーレンだけは喚問しないでおこうとするグッドウィンに、そんなのハムレットの出ない「ハムレット」みたいなものよ。あなたの態度は卑屈なユダヤ人そのものだわ!と非難する妻にミラ・ソルヴィーノ。へぇ、こんなところに出てたのねん。ミラ・ソルヴィーノ演じるグッドウィンの奥さんはなかなか辛らつでクセモノっぽいキャラ。優秀なグッドウィンも気の強い妻に鼻面を取られて操縦されている感じなのが面白い。エリートの奥さんでこういうタイプの女性は大抵、大学の同級生とかですね。この奥さんもそんな感じ。

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これは視聴者への裏切りです な?んて空々しくかますスコセッシ社長 
相変わらずちっこいが、意外にも社長が似合っていた

マスメディアとそれを裏で操る巨大資本の恣意に翻弄され、ほんの数ヶ月間甘い密を吸ったがために輝かしい将来を棒に振ることになった若い学者の姿を通して、マスメディアの専横を描き、マスコミという怪物の取り扱いについての警告を発している作品という事なのだろうけど、まぁ、そんな表向きのお題目よりも、まだベトナムの影などなかった50年代、国力がもっとも充実していたアメリカ絶頂期の脳天気で明るい空気が映画全体を覆っていて、アメリカでさえも、リビングの小さな一台のTVの前に家族が集って1つの番組を眼を輝かせて全員が見ていた、古きよき時代へのノスタルジックな視線の方に好ましさを感じる。グッドウィンの憧れるヴァン・ドーレン一族のコネティカット州の別荘の優雅な佇まいなども、50年代の空気を醸し出す一助となっている。どこを切り取っても背景はきちんと50年代の空気が流れており、映画全体の雰囲気作りが実に緻密。映画の好き嫌いはその映画のもつ空気感によるところが大きいワタシだが、この映画はまさにその空気感がとても好ましい作品だった。

余談ながら、日本でも80年代に大当たりしたクイズ番組で、長年に渡って高い正解率を誇っていた回答者に、答えを教わっていたという八百長疑惑が出て騒がれた事があったけれど、番組を制作する側になればそんな事は当り前の事なんでしょうね。番組には筋書きというものがあり、回答者にもそれらしいキャラというものがある。(ボケキャラを振られた回答者は毎回ボケて間違えるという具合に)この手の番組にはそういう裏がある事は折込済みで楽しむという風に、昨今では視聴者もこなれてきているような気もする。けれど、正解率の高い回答者に八百長疑惑が取り沙汰されると、最もリスクを負うのはスポンサーでも制作サイドでもなく、そのキャラを引き受けた回答者なのだという事は昔からあまり変っていないのかもしれない。

コメント

  • 2009/05/18 (Mon) 08:22

    はじめまして。
    mayumiさんのブログから辿って来ました。

    レッドフォードは役者としても監督としても好きなのですが、この作品はその中でも好きな方です。
    名前にMY記事、リンクさせました。

    尚、私もクリント・イーストウッドの監督作品には世間が言うほど酔わない人間です。^^

  • 2009/05/18 (Mon) 17:40
    初めまして。

    はじめまして。いつも秀逸な副題と明解な文章を楽しみに読ませていただいています。ドラマ、“ありふれた奇跡”の感想を読んでいた頃からずっと「似た感性の方が居るもんだなぁ。いつかコメントしたいなぁ」と思っていました。俳優の好みは大きく違っていますが(私はロバートレッドフォード上品で大好きです。リアルタイムで知らないのが悔しいくらいです)、それにこだわらず、これからもコメントしたいと思っています。よろしくお願い致します。

    今回のクイズ・ショウですが、私はロブ・モローが出ているからというので10年位前に見ました。シャロン・ストーン主演の“ラスト・ダンス”という映画で弁護士を演じていた彼を見て、「カッコいい♡」と思って追いかけました。でもこの2本以外に出演作が分からないんですよね。kikiさんが書かれている通り、この頃のレイフ・ファインズはキラキラと輝いていますね。肌はつるつる、正にお坊ちゃま。イングリッシュ・ペイシェントも同じ頃ではないでしょうか?ミラ・ソルヴィーノもスコセッシも覚えていないので、またレンタルして見てみたいと思います。

  • 2009/05/18 (Mon) 22:02

    十瑠さん、はじめまして。mayumiさんのブログで時折お名前拝見してます。こちらにも遊びに来てくださってありがとうございます。この映画、十瑠さんもお好きでしたか。ちょっと前まで監督も俳優業と同じか、それ以上にこなすスターとしてはレッドフォードが最右翼でしたが、今じゃすっかりイーストウッドが代表選手になってますね。確かに上手いんですけど北野 武同様、ちと過大評価され気味な気がします。のちほど、十瑠さんの記事も拝読させていただきにうかがいますね。

  • 2009/05/18 (Mon) 22:06

    tamaさん、初めまして。もちろん俳優の好みが違ってもコメントは大歓迎です。これからも書きたいと思われる記事にはどんどんコメントしてください。楽しみにしてますね。で、「クイズ・ショウ」。ロブ・モロー目当てで見られたというのはもしかするとかなりのマイノリティかも?でも、いい俳優ですよね。ロブ・モロー。愛嬌もあるし。他でも色々見かけたような気がするのに、実は殆ど見かけない不思議な俳優さんです。日本未公開の作品に多く出ているのかもしれませんね。それと、ワタシも今回見なおすまでスコセッシもソルヴィーノもさっぱり記憶にありませんでした。スコセッシについては多分昔は顔を知らなかったんですね。レイフは実にきらんきらんした王子さまキャラで、そういえば公開当時はちょっと騒がれていましたね。ベースのお上品は崩さず色々な役に挑戦する俳優で、ファンとまではいかないけど観ていると面白いですね。ただキレイなだけでは終わらないというのはなかなかです。キレイじゃなくなっても生き残れるし。(笑)ともあれ、また遊びに来て下さい。

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