「チェイサー」 (THE CHASER)

~土砂降りの雨と赤い十字架~

2008年 韓国 ナ・ホンジン監督

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ワタシにはかなり強い韓流アレルギーがある。ハングル語がなんとはなしに耳に苦しいし、言葉だけではなく総体にアレルギーを感じるので1本の韓流ドラマも観た事はない。が、韓国映画は国が力瘤を入れているだけあって、お、という作品が時折出てくる事は勿論知っている。で、この「チェイサー」はポスターだけだったらふつうにスルーだったと思うのだけど、そのトレーラーが強くワタシを引っ張った。面白そうな雰囲気がビシビシと出ていた。あぁ、苦手なハングル語をガマンしてでも、これは観に行く価値がありそうだわ、とアンテナが強く反応した。 そんなわけで、生まれて初めて韓国映画を劇場に観に行ってみた。

「10か月に21人を殺害した疑いで逮捕された、韓国で“殺人機械”と言われた連続殺人鬼ユ・ヨンチョルの事件をベースにした衝撃のクライム・サスペンス」という本作。梗概は、デリヘルを経営する元刑事ジュンホの元から女たちが相次いで失踪。時を同じくして街では連続猟奇殺人事件が勃発。ジュンホは女たちが残した携帯電話の番号から一人の客に辿り着く。偶然からこの男ヨンミンを捕らえたジュンホだが、ヨンミンは最後の女ミジンはまだ生きていると嘯く。が、殴られても蹴られても居場所は教えない。無理にヨンミンの元に行かせたミジンには7歳の娘がいた。ジュンホはミジンの居場所を突きとめるべく、一人、必死の探索を始めるが…。

監督のナ・ホンジンはこれがデビュー作の新鋭らしいが、映画というものをよく掴んでいる人だと思う。出来る監督は処女作にして既にきちんと出来上がっているものなのだ。始まった途端にすっとその世界に引き込んでいき、最後までずっと観客を離さない。和太鼓をフィーチュアしていると思われる緊迫感を煽る音楽も非常にインパクトが強い。(エンディングテーマも渋かった。音楽担当はキム・ジュンソクとチェ・ヨンラク。センスがいい)
事件の発端から展開までがスムーズでスピーディ。ショッキングなシーンとサスペンスフルな追跡劇の間に、適度に(主に警察の間抜けさ加減で)笑いを混ぜて緩急自在に繋いで行く。この間抜けな警察も行き過ぎるとあざといのだけど、そうなる一歩手前で辛くも踏みとどまっている感じがする。かなり本気で殴ったり、取っ組み合ったりしていると思われるアクションシーンも非常にリアルで、観ていて力が入ったり、思わずよけたり、暗闇の中でこちらも微妙にリアクションしてしまった。「やってるマネ」ではないズンズンした迫力を感じた。これは1にも2にも元刑事ジュンホ役キム・ユンソクの、パワフルでテンションあがりっぱなしの「熱さ」に由来する。 しかし元刑事ジュンホ、物凄い体力。やはりニンニク、キムチ、焼肉のパワーは侮れない。

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汗臭い男二人が、血の臭いを振りまきながら深夜に追いつ追われつのバトルを展開。深夜の住宅街の狭い坂道を、男二人が全速力で駆け抜ける。階段になった道を登り、また下り、途中で携帯を投げつけ合い、追いかけっこをする。整形顔のぴらぴらした二枚目は一人も出て来ないリアルさ加減がいい。犯人は犯人らしい不気味さとふてぶてしさをたたえ(どことなく犯人を演じるハ・ジョンウという俳優は大鶴義丹に似ている)、元刑事は暴力的で女に身売りをさせてピンハネするようなやさぐれた奴ながら、その暑苦しさの中に元刑事らしい「譲れない筋」を持っている雰囲気が出ていた。韓国映画についてはまるで門外漢なので主演俳優が有名な人なのかどうかも知らないのだが、元刑事で、いまはデリヘルを経営するジュンホを演じているキム・ユンソクという俳優は、桑田佳祐を15キロぐらい太らせたような感じ。この人のしゃべるハングル語はなにか東北弁みたいで(ハングル語って大体そんな雰囲気があるけれど)妙な愛嬌を時折感じた。この元刑事ジュンホ、憎めないキャラ設定がいい。陰惨なシーンはかなり陰惨なのだが、そんな印象を、このジュンホのキャラでかなりカバーしていた。当初出てきた時はむさい上に暑苦しい男だな、と思うのだけど、観ているうちに段々とシンパシーを感じるようになっていく。何より二枚目じゃないところがいい。また、韓国ではさほどヒステリックな禁煙運動が展開されていないのか、登場人物が古典的なまでに煙草をよく吸うので、昔の刑事ものを観ているような気分になったりもした。そういえば日本でもひと昔前までは刑事物に限らず、映画やドラマで頻繁に煙草を吸うシーンが出てきたものだけど、昨今ではとんとお見かけしなくなった。時は流れる。

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かなり太った桑田佳祐的キム・ユンソク

全てのリアル感はキャスティングにあると思うのだが、シリアル・キラーを演じたハ・ジョンウ。上手いのも上手いが、平板な顔の怖さというものをイヤという程印象づける。どこにでもいそうな地味な男が、平板な顔のまま殺人鬼に変る。街の中で容易に人の中に埋もれてしまうような何の特徴もない若者が、表通りから細い坂道をあがった住宅街の中にある大きな一軒家に女を連れ込んでしまうと、態度物腰にふてぶてしさが漂い始める。猫背で、体つきは意外にがっしりしている。こういう平板な、表情のよく分からない顔ってつくづくと怖いなぁと思わせられる。こともなげに人を殺す時も、雑貨屋で煙草を買う時も、警察で取り調べを受ける時も、いつも同じ顔。その平板な表情は動かない。(ただ一度だけ激昂する)猟奇殺人犯ってこんな感じの男が多いんだろうなぁと思わせられる。本作の公式サイトで見たら、この人は韓国映画きっての有望な若手俳優だそうで、海外作品にも次々におよびが懸かっているとか。…ふぅん。まぁ、とにかく非常に気持ち悪かったです、この映画では。猟奇殺人犯以外のなにものでもない、という感じだった。一応、殺人の動機なるものも示唆されるが、そんな事で殺される方はたまらない。さだかなる理由なくして簡単に人を殺す奴は理屈ぬきに怖い。

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平板な顔が不気味なハ・ジョンウ この貝のむき身のような眼が効いている

ジュンホの抱えるデリヘル嬢で子持ちのミジンにソ・ヨンヒ。可憐な雰囲気で観客のシンパシーを惹きつけるタイプだ。ヨンミンに連れられて高台の一軒家の前に立った時に、不安そうに顔を曇らせる様子が痛々しい。立派だが、どこか禍々しい雰囲気を放つ大きな家…。デリヘル嬢だの、ホテトル嬢だのというのは、本当に文字通り体を張った商売だ。サービス内容もそうだが、客と密室に籠もるという行為は、どんな事でも起こりうるというリスクを背負っているという事である。そういう圧倒的なリスクを負ってまでするような商売ではないだろう。万一何か起きた場合には幾ら貰っていてもワリに合うまい。(援交だのと調子づいている小娘には是非見せたほうがいい映画だと思う)また、ミジンの娘を演じたキム・ユジョンが可愛い上に達者な演技だった。仕事から戻らぬ母に不安で小さな胸はいっぱいなのだが、逆境の中で培われた負けん気で元刑事のジュンホを苦笑させ、たじろがせる。つぶらな眼に賢げな光。そして、やさぐれた元刑事にもいつしか宿る父性愛、のようなもの…。

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ミジン役のソ・ヨンヒ

見ていて印象深いのは繰り返し出てくる細い坂道に沿ったシンとした住宅街だ。かなりの勾配の坂道の両側はいずれも構えの大きな一軒家が立ち並ぶ。細い坂道は途中で分岐したりして、迷路のように続いている。こんな住宅街は東京にもある感じだ。が、建物の外観など日本とは微妙に似て非なる造り。繁華街の街並みや道路なども、かなり日本と似たような印象を受けるが、微妙に違う。この似て非なる町や建物を観ているのも少し面白かった(パトカーなどは色合いからして間抜けっぽい)。舞台となる一軒家はきちんとしたなかなかの造りの家だが、しんとひそまった夜の中でどこか禍々しい気を放っている。外側をレンガ塀に囲まれた、携帯の通じないバスルーム。タイルの床の隅にわだかまる長い黒髪…。あぁ、ゾワゾワ。

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さらに印象的なのは雨。ドシャ降りの雨。韓国のクライム映画にはドシャ降りの雨がつきもののような気がするが、この作品でも雨は容赦なく登場人物を叩いている。雨に打たれ、汗にまみれながら夜の街を走り続けるジュンホ。金の事しか頭に無かった彼が犯人ヨンミンを追う意味合いが、最初と最後では全く違ってくるのだが、ミジンの子供の登場でその変化を流れとして非常に自然に見せている。ジュンホの奮闘で警察に捕らえられるヨンミンだが、のらりくらりと受け答えを続けてらちがあかない。確たる証拠を翌日の正午までに挙げられなければ釈放しなければならない。それまでに、まだ生きているというミジンの居場所をジュンホは発見できるのか。ミジンは幼い娘に再会できるのか…。というわけで、二転三転ののちの壮絶なクライマックスまで息もつかせず一息に持って行く。安易な予定調和を排したドラマ作りがクライム・サスペンスとしての徹底したエンターティメント性の追及とあいまって効果的だった。水槽の中で藻のように揺らぐ長い黒髪…ショッキングなシーンだが、それをすらも美しく見せることに成功しているのはタダモノではないお手並。非常に恐ろしい場面も出てくるが、観終るとドンヨリした後味は残らなかったのは、ジュンホのキャラと活力と、ほんの少しだけ救いの残されたラストのせいかもしれない。大きな犠牲と死ぬほどの消耗の果てに「ゴミ」から人へ昇格したジュンホの背中…。
ただ、市長がどうこうというありがちな「上からの圧力」的不条理の部分(間抜けな警察は間抜けすぎやしまいか。それに一体、あの検事はなに?)はすっぽりと無くてもいいような気がした。警察が怠慢の上に間抜けであまりにも使えなさ過ぎるが、それも実際の状況に基づいているのだとしたら、韓国の警察は相当にお寒い状態と言えよう。(日本も昨今かなり危ういけれど…)

ともあれ、苦手なハングルをガマンしても観に行った甲斐はあった。面白かった。

これを(よせばいいのに)早くもハリウッドがリメイクするようだが、デカプーが主演と聞くと、仕上がりはやはり「ディパーテッド」みたいなノリかしらん?と早くも見えてしまったような気もしなくもない。が、デカプーがどちらの役(元刑事or犯人)を演じるかにより、面白みが変るかもしれない。まぁ、普通に考えれば元刑事の方なんでしょうけれどね…。

コメント

  • 2009/05/15 (Fri) 17:48

    やはり観るべきか?
    これ、実話なんだよね。そこが気になってます。
    まだkiki的レビュー拝見しておりませんぜ。
    待っててねー。笑

    • 吾唯足知 #uqr/pqJA
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  • 2009/05/16 (Sat) 07:46

    気になっているなら観てみられたし。「観るべき」とまでは言わないけどネ。ホラー映画でなくても「コワイのはイヤ!」「陰惨なのは絶対観ない!」とかいう人(案外いるよね、そういう人)はやめといた方がいいと思うけど、吾さんは大丈夫のような感じだし…。(笑)

  • 2009/05/16 (Sat) 22:31

    実はこれ、私も気になってます。面白いと評判ですよね。ただ、痛いシーンがあるとちょっと辛い・・・。「SAW」とか絶対に観れませんから。直接的なシーンってありますか?

  • 2009/05/17 (Sun) 09:06

    ワタシも「SAW」はダメでしたが、これは許容範囲かなぁ、という感じでしたね。mayumiさんがどの程度まで大丈夫かにもよると思うんですけど。割引日に観たせいもあり、小さいシアターには女性が多かったです。みんなみじろぎもしないで観てましたよ。猟奇殺人犯を扱っている映画だから、うわ~、という場面もない事はないですが、直接凄い事をやっているシーンというのが延々と出てくるという感じじゃないです。ゾワっとはしますけどね。映画としてはかなり面白かったです。

  • 2009/05/17 (Sun) 23:45

    それほど直接的なシーンが延々と出てこなければ大丈夫そうですね。観に行ってみまーす!ありがとうございました♪ヤバそうなシーンは目を瞑ってます(笑)。

  • 2009/05/18 (Mon) 00:02

    多少の事は眼を瞑っても?見て損はないですよ。感想、楽しみにしてまする。

  • 2009/05/24 (Sun) 12:00

    観て来ましたー。
    確かにとても見応えのある映画でしたが・・・やっぱり怖かったです!特にあのノミとカナヅチのシーンが・・・ぎゃぁぁぁぁと心の中で叫びながら観てました(っていうか、半分ぐらい目瞑りました)。
    それにしてもミジンって可哀想過ぎ・・・。

  • 2009/05/24 (Sun) 17:07

    mayumiさん。遂に観ましたのねん。そしてやはり怖かったですか。…まぁ確かにね。でも、この手の映画でショッキングなシーンがないという事はありえないので、多少の事は目を瞑ってください、と思ったけど半分も瞑ってしまいましたか。刃物でギコギコやるよりはマシなような気もしたんですが…。確かにミジンは気の毒でしたが、その不条理さがストーリー展開としては上手かったなと思いますね。ほんと警察は間抜けすぎで、もうちょっといくと香港ポリスコメディみたいになっちゃうとこでしたね。

  • 2009/05/28 (Thu) 18:38

    観て来ました!力入りすぎにて疲れた。。。
    15kg肥った桑田さん、プププ!相変わらず特徴捉えてニクイニクイ。笑
    ヨンミンはずっと中村俊輔に見えて~。(字合ってるかな?)
    ちょっと重くなったので、気分転換必要でした。
    ちーっともダルくならなかった、一気にラストまで。ワタシはあのラストで賛成かな。余りゴジャゴジャ言わない方が良いと思うので。

    • 吾唯足知 #uqr/pqJA
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  • 2009/05/28 (Thu) 20:34

    kikiさん、これが最初の韓国映画だとしたら、「殺人の記憶」はご覧になってないでしょうね。2004年の作ですが、私が見たほとんど最初の韓国映画です。これも未解決の連続殺人事件が題材になっています。かなり怖かった。韓国映画侮りがたし、と強く感じた映画です。監督のポン・ジュノも主演のソン・ガンホも大好きになりました。機会があったら見てください。是非感想をお聞きしたいです。「チェイサー」はたぶん見ないと思います。ものすごく怖そう。

  • 2009/05/28 (Thu) 22:25

    吾さん、ヨンミンはワタシも中村俊輔顔だ、とずっと思ってたなりよ。似てるよね。体格などもサッカー選手みたいな感じもあったわよね。イケメン系じゃないサッカー選手。この映画はダルくなってる余地ないでしょ。ガンガン進むし、潔く予定調和を排した非情な展開も映画としては面白くなってたしね。警察が馬鹿すぎ、という部分を除けば文句のつけどころはない映画ざんすね。

  • 2009/05/28 (Thu) 22:27

    たむさん。そうそう「殺人の記憶」はちょっと面白そうだな、と当時トレーラーを観て気になってはいたんですよ。あれも凄い雨でしょ?土砂降りの雨ですよね。ハングル・クライム映画のオリジンて感じですかね。でも、なんとなく映画館にまでは引っ張られなかったのですわ。が、きっと面白いに違いないとは思ってます。そのうち映画チャンネルで流れてくるでしょうので、その際はすかさずチェックすると致しまする。そしてレビューを書きますね。

  • 2009/08/01 (Sat) 22:26
    ハリウッド&デカプーでは

    ディパーテッド同様、生ぬるい、お前なめとんのか?!的
    映画になるの間違いなしでしょーね。
    この映画のようなあの空気感は絶対出せないでしょう。
    ディパの時も思ったけど、アジアの湿気、アジアの情感は
    あの乾いたハリウッドでは無縁のものなんだと思います。
    しかし、ホント凄い映画でしたね~。
    ハ・ジョンウの底知れない怖さ!それも語られないから・・・。
    しかし、女性警官があんな犯人と2人っきりの深夜・・・なんて怖すぎ。
    あと、この元刑事みたいに、韓国の中年俳優(いわゆるイケメンではない系)は、
    味わいある人けっこういるのよ~。
    あと、私もあの街並み、凄い興味がありました。
    カメラ持ってフラフラしたい。面白そう!
    最近、何を血迷ったか、某韓国俳優(一人だけよ・笑)に
    ハマりつつあるので、韓国も1回は行ってみてもいいかな?って。
    しかし、映画のクレジット、もうさっぱりわからなくて、
    置いてけぼりくらったような気持ちになるね。

  • 2009/08/02 (Sun) 08:51

    acineさん。デカプーは「ディパーテッド」で味をしめたんだろうけど、いろんな意味でやめときなさいよ、という感じではありますな。
    で、韓国映画だけど、劇場まで観に行ったのはこれが最初だけど、その後、映画チャンネルなどで2、3本観てはいるのよ。「春夏秋冬そして春」とか「シルミド」とかね。「オールド・ボーイ」も一応観たけど、ワタシ、あれはダメだったわ。来なかったわ。すまぬ。韓国映画で観ておきたいのは「殺人の記憶」。これは当時から気になってはいたんだけど劇場まで観に行く気にならずにスルーしてそれきりになっているのね。それもあって、今回は劇場で観ておこうかと思った次第。ハングル映画は、あれこれ観る気には到底なれないけど、たま~に「お、これは観ておかなくちゃ」とアンテナが動く作品は確かにあるので、そういうものはちゃんとチェックしていこうかなとは思ってますわ。どうもあらゆる面でハングル系は苦手だけどね。(笑)acineさんがハマリつつある韓国俳優って誰だろ。いずれにしてもワタシたぶん知らないだろうな。にゃは。
    韓国はそちら方面からだとより一層近い外国よね。李調家具とかもなかなかインテリアとしていい感じだし、acineさん、案外気に入っちゃうかもだわね。前に旅番組でちょろっと観たけど昔ながらの造りの家には、いい感じの味わいの家があるみたい。写真も面白いのが撮れるかも。

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