「パリ、テキサス」 (PARIS, TEXAS)

~あまりにも愛しすぎて~

1984年  西独/仏 ヴィム・ヴェンダース監督

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これは観たようなつもりになっていたけれど、このほど洋画チャンネルのカンヌ特集で観てみて、どのシーンもさっぱり覚えがないので殆ど初見であることが判明した。なぜ観たような気になっていたのだろう?有名すぎるからかしらん。
淡々としていて、しかも長尺の映画なのに、観終って冗長に感じないというのは監督に力がなければできない技。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」 (1999)以降、ワタシはちょっとヴィム・ヴェンダースにはご無沙汰しているけれど、過去作品に遡って、またじっくりとあれこれの作品を観てみようかしらん、という気になった。

テキサス原野で倒れ、病院に担ぎ込まれたひとりの男。彼の名はトラヴィス、4年前から行方不明になっていた。病院に迎えに来た彼の弟は、記憶を失っている様子のトラヴィスを家につれて帰ることに。彼は別れた妻ジェーンと息子ハンターのことも憶えておらず、ただ『パリ、テキサス』という土地の名前を呟いていた。(「ザ・シネマ」解説より)

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それにしても、西部の乾いた大地には何故かギターの調べがよく似合う。からからに乾いた大地。砂色の地面と水色の空。観ているだけで咽喉が渇いてきそうなテキサスの原野。照りつける太陽の下、タンブル・ウィードが転がっていく光景と見事にマッチしたライ・クーダーの音楽。こういう映像と音楽はその後、随分CMなどで模倣された気がする。

この映画は145分の長尺なのだが、淡々と流れていくものの、冗長さを少しも感じさせない。映画は3つのパートに分かれている。まず、弟のウォルトが兄を引き取りに行き、ロスに戻ってくるまで、次に弟の家で、4年もほったらかしてあった息子ハンターと再会してわだかまりを解くまで、そして、その息子を連れて妻を捜しに出かける部分である。最初の、弟と車でテキサスからロスまで戻る部分がけっこうじっくりと長い。記憶も食欲も睡眠欲もなくしていたトラヴィスは、弟との車の長旅の間に、少しずつ人らしさを取り戻していく。

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4年の空白を抱えた兄(右)と面倒見のいい弟(左)

主演の髭の男・トラヴィスは、ずっとデニス・ウィーバー(「激突」、「警部マクロード」等)だろうと勝手に思っていたのだけど、ハリー・ディーン・スタントンであった。失礼しました。行き倒れ、病院に担ぎこまれたトラヴィスを弟のウォルト(ディーン・ストックウェル)が迎えに来る。一時的に記憶喪失のようになったトラヴィスを、弟は自分の住むロサンゼルスまで連れて帰る。当初は弟を思いだせなかったほど何もかも忘れていた兄をどうにか車に乗せて空港まで行ったはいいが、飛行機にどうしても乗りたくないという兄に根負けして2日もかかる車旅を選ぶハメになり、その道中、運転を兄に任せて寝てたら勝手にハイウェイを降りてしまって道に迷ったり、と、魂が放浪している兄に手を焼きつつも、兄を気遣う。この弟のウォルトをみていると肉親というのはつくづくとありがたいもんだと思わざるをえない。演じているディーン・ストックウェルも好演だった。弟というより友達みたいな雰囲気。

この映画には悪意をもった人物というのが一人も出て来ないのが特徴なのだが、弟もそのフランス人の妻も、子供を置き去りにして勝手に失踪したトラヴィスをやさしく迎える。トラヴィスは弟夫婦へのせめてもの気持ちで、食器を洗い、家族の靴を全て磨く。憎めない兄・トラヴィスの性格がよくでている。
ハリー・ディーン・スタントンは、黙ったまま静かな微笑をじわーっと浮かべるトラヴィスを地のように演じていた。

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子供のない弟夫婦が育てていてくれたハンターは風来坊のような実の父が突如登場しても当然すぐには馴染まない。このハンターを演じているのはハンター・カーソンという子役だが、この子が可愛い顔をした僕ちゃんで、そのボーイッシュな女の子みたいな雰囲気がなかなかナイスだった。強く拒否するのでもなく、かといって受け入れるでもなく、距離をおいて突如現れた親父を「ふぅん」と眺めている感じが自然でいい。

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この息子とトラヴィスが心の距離を縮める過程も丁寧に描かれている。弟の妻が車で送り迎えしている学校に、トラヴィスが徒歩で迎えに行くと、息子はオヤジと歩きで帰るのを避け、友達の車に乗せてもらって帰ってしまう。叔父さん夫婦が親としていてくれればいいやと思っていたハンターの気持ちが動くのは、四年前の8ミリビデオに映っていた母・ジェーンの姿を見つめるトラヴィスの姿を見てから。
「まだ愛してるんだね。様子でわかる」と叔母のアンに言う幼い息子。
がきんちょにも愛する心は伝わるのだ。

でも、あれは彼女じゃないよ。
あれは、遠い昔のフィルムの中の姿だもん。
遠い昔、遥かな銀河系での出来事さ。

と、もうじき8歳になるハンターは言う。こまっしゃくれてるけど気の効いた事を言うのだね。ラストの一言はスターウォーズの冒頭からのもじり。こういうシーンを見たりすると、その場だけちょっと息子が欲しくなる。自我と個性がはっきりしてきて、面白い事を言うようになると子供は面白いだろうなぁとふと思う。ハンターみたいな息子だったら欲しいかも。演じているハンター君は大人になっても俳優を続けているみたいだが、大人になった姿はきっと見ない方がいいんだろうな。なんとなく平凡な青年になっているような気がする。何はともあれ、この映画では非常にいいですね。生意気さ加減が程がいいというのか、動作やしゃべり方や表情などになんとも言えない少年らしい味わいがある。子供な部分は子供だが、時折、大人も顔負けに訳知りな表情を見せたりもする。子供は大人が思っているよりも、ずっとオトナなのだ。
実の父と子の距離が縮まってくると、弟の妻アンはハンターを奪われる可能性に怯える。実子がいないぶん慈しんで育ててきたのに、血の繋がりにはあっという間にその絆も薄れてしまうとなると、義母の無念も無理はない。でも、事実としてあっという間に息子は4年も消えていた父に気持ちが寄っていく。

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「その人が話したり、歩いていたのを覚えていると(そこに居なくても)死んだとは感じない。僕はパパが死んだとは一度も感じなかった。ママの事もそうだよ」

う?ん、そうかハンター。  やはり親は親なのだね。

脚本は俳優で監督もこなす才人、サム・シェパード。いいですね。淡々としみじみと。出てくる人がみな温かい可愛い人ばかりなのもこの映画では気持ちよく感じる。あまりいい人だらけだと、時折お尻がモゾモゾしちゃったりもするワタシなのだけど…。

父親に少し気持ちが近くなったハンターが、学校からトラヴィスと歩いて帰るシーンもいい。車道を挟んで両サイドの舗道を平行して歩く父と子はやがて寄り添って並んで歩く。ベタに手など繋がないのもいい。息子を迎えに行くために、弟の一張羅を借りて「金持ち父さん」の格好で迎えに行くトラヴィス。
かわいい。

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最初は「君んちの車に乗せて」なんて逃げちゃったハンターなれども…

そして、弟の妻アンの話から、毎月ハンターにジェーンが送金してくる事を知り、トラヴィスはハンターを連れて妻ジェーン探しの旅に出る。分かっているのはヒューストンの銀行から毎月金を振り込んでいるという事だけ。トラヴィス、再びテキサスへ逆戻り。
息子を学校から拉致してそのまま連れていってしまうんだから弟夫婦にしてみれば踏んだり蹴ったりである。ロス郊外の丘の上の家で、夕日を背に呆然とする弟ウォルト。しょうがない。なんだかんだ言っても、息子は放浪の父トラヴィスが好きなのだ。

どんなにして妻をみつけるの?と思ったら、案外アッサリと見つけ出してしまうのだが、焦点はそこにあるのではなく、妻と本音で語りあえずに別れてしまった男が、ある特殊な状況下でついに赤裸々な気持ちを妻に伝える事の方にあるのだから、発見するまでにあまり時間をかけてはいられないのだ。追憶の8ミリ以外では姿を見せなかったナスターシャ・キンスキーが、大詰めで遂に姿を現す。風俗嬢として。でも、どんなきつい化粧をしていても、ケバい服を着ていても、やはりこの人にはそこはかとない品がある。そしてやっぱり美人ですね。そういえば「テス」でデビューした当時、イングリッド・バーグマンの再来と言われたのだったっけ。でも、顔はバーグマンよりナスターシャ・キンスキーの方が美人かもしれない。最近はあまり姿を見かけなくなってしまったけど、今でも相変わらず綺麗に違いない。でも女優としてはあまり大成できなかったのは、恋愛のほうにお盛んだったからだろうか。ちょっと残念な気もする。

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愛して愛して愛し過ぎて妄執の虜になった男、若すぎて、子供が生まれても母になる事にうまく順応できなかった女。互いに想っていればいるほどすれ違ってしまった心。夫と妻、4年ぶり、マジックミラー越しの再会。

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トラヴィスは土地を買ってあった。テキサスのパリに。何もないテキサスの原野に。そこは彼の父母が初めて愛を交わし、彼が母の胎内に宿った場所だった。いわば彼の原点。そこに家族三人で住むのがトラヴィスの夢だった。が、息子ハンターは一言でこれを退ける。「僕が砂の中に住むの?」

ラストのトラヴィスの選択はほろにがな結末で味わい深いが、現実問題として考えるとハンターは不安定な妻ジェーンに渡すよりも、弟夫婦にあのままきちんと育ててもらった方がずっと安全確実だろうのに、チッチッチ、という感じだ。ジェーンは母親になりきれず子供を置き去りにしてしまった母なのである。僅か4年で成長したとも思えないし、まともな仕事にもついていない。少しハンターが成長したからといって、ちゃんと育てられるとも思われない。息子のためにはいい環境とはけして言えないのだ。あんなに可愛がってくれていた弟夫婦のもとから勝手につれ出してきて、ジェーンの元に置いていくんじゃ、ちょっとどうなの。それはダメじゃないの?という気がしてならないのは、ワタシが気分的に少しだけ「ハンターの母」になっていたせいかもしれない。何がどうでも実の親の元にさえいれば幸せってもんでもないのだ。遅かれ早かれ、ジェーンはハンターを育てきれずに、またロスのウォルト夫妻の元へ送り返す事になるだろうと推察されるのだけど…。今度は頑張れるのか、ジェーン。正念場ぞよ。
ともあれ、息子を妻に託して自己満足の笑みをうかべ、過去の空白を抱えたまま、トラヴィスの旅はなおも続くのだ。遥かなる彼の心の理想郷、テキサスのパリにいつか辿り着く日まで。

コメント

  • 2009/05/22 (Fri) 22:40
    ナスターシャ・キンスキー・・・

    ヴェンダース、作品を網羅できているわけではないのですが、観たことのある作品の中では一番この作品が好きです。とにかくナスターシャ・キンスキーが美しくて・・・トラヴィスがガラス越しに妻の姿を眺めるシーンの神々しいばかりの美しさは絶句モノです。あと子役の子も適度にかしこく、でも賢しげではないのが良いですよね。乾いたアメリカの空気を映す映像も良いし。

    kikiさんのレビューを読んでいたら久しぶりにこの映画を観たくなりました。

  • 2009/05/23 (Sat) 08:39

    yukazoさん。ワタシも数本観た事があるだけでヴェンダースについてどうこう語れるほど観てないというのが実情ですが(「パリ、テキサス」だっていまごろちゃんと見たわけだし…ふぅ)この作品はとてもよかったですね。この頃のカンヌのグランプリは、それにふさわしい作品が獲っていたんだなと思いました。とにかく、けっこうゆったりと丁寧に撮ってるんですが、長いなぁ、とか無駄だなぁとか思うシーンが無く、ずーっと引っ張られて観てしまいますね。テキサスからロスへのずっと乾きっぱなしの道中の景色。高台の弟の家からの眺め、ヒューストンのビル郡などの風景描写も印象的だし、音楽も良かった。子役を含むキャスティングも良かった。ナスターシャ・キンスキーはこの頃最も綺麗な時かな。声もスィートな感じで役のイメージにピッタリでしたね。これじゃ確かに永遠に妻を忘れる事はできませんわ。

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