「アガサ 愛の失踪事件」

~身長と男前度は比例しない~
1979年 米 マイケル・アプテッド監督



この作品は、とにかく時代背景と時代風俗が大好きな20年代であるところにもってきて、キャストも撮影も良かったので昔から大好きな映画の1本である。とにかく男女の服装に建物、車、食器、家具、小道具など全ての物がデザインが良く、今みてもとても洒落た形をしている。おまけに音楽はチャールストン。このチャールストンダンスを身長差をものともせずダスティン・ホフマンの記者とバネッサ・レッドグレーブのアガサが踊るシーンがあるが、ユーモラスでいいシーンである。この作品では悉く二人の身長差を印象付ける事で演出上の面白みを出そうとしている。撮影はビットリオ・ストラーロ。さすがの光線使いである。音楽はジョニー・マンデル。メランコリックな主題曲が雰囲気を盛り上げている。

とにかくキャストがぴったりで文句なし。アガサには何といってもこの人以外はいないであろうバネッサ・レッドグレーブ。初めて見たのはTV放映していた「ジュリア」でだった。ダシール・ハメット夫人でもある劇作家リリアン・ヘルマンが、少女時代からの親友ジュリアの波瀾の人生と、自分との関わりを回想した原作を映画化したもので、ナチの見張りをかい潜り、親友ジュリア(バネッサ)の為にリリアン・ヘルマン(ジェーン・フォンダ)がスパイもどきのハラハラのメッセンジャーを引き受けるシーンが山場だった。ジュリアの激しい生き方に少しショックを受けたことを覚えている。このアガサではそういう意志的な強さは奥にひそやかに引っ込んで、控えめで夫への満たされぬ愛から憂いに沈む有名作家の面影を美しく演じている。

 颯爽ダスティン

彼女の失踪を追い、スクープをモノにしようとするアメリカのジャーナリスト、スタントンにダスティン・ホフマン。すがるアガサを無情に振り切り「もうお前とは一緒にいたくない」と言い放つ、つれない夫にティモシー・ダルトン。大真面目の四代目ボンド役者のティモシーであるが、この時はベストセラーを生み出し流行作家になった有名人の亭主という扱いにウンザリし、アガサへの愛も醒め、ひたすら若い愛人にのみ優しい二枚目なだけの冷たい男を見たままの感じで演じている。

 つれない亭主

夫の誕生日に銀のシガレットケースを贈るアガサだが、夫は「愛も醒めた。お前とは別れたい」という言葉でそれに返礼する。棄てないでとすがるアガサの手を振り放して出て行く夫。こんな亭主をそんなにも好きだとは。しかし、「クリスティ」はこの亭主の苗字で、いまだに彼女はその名で有名なのである。皮肉である。

出ていった夫にショックを隠せないアガサ。夫の愛人は近々温泉地にスリミングの施術を受けに行くらしい。アガサはその夜失踪し、そのハロゲートという温泉地にミセズ・ニールという名で現われる。ニールは夫の愛人の姓だった。スリミングの治療に使うという電気ショックを与える電気椅子のような道具をひそかに研究するアガサ。夫の愛人をその「電気椅子」で殺害するつもりなのか…。愛人は別のホテルに泊まり、治療の予約を入れた。果してアガサは…、というわけで 1926年の暮れに11日間失踪し、その間記憶喪失だったと伝えられるアガサ・クリスティの謎の失踪について、「こういうこともあったのでは?」という観点で作られたフィクション。ミステリーの女王が自らミステリーの主役になるというところがミソ。彼女の企みを先読みしようとするスタントンが、ミステリーの女王に暗黙のうちに推理合戦を挑むという側面も、静かな見所である。

ワタシはこの映画ではもっぱらバネッサ=アガサの被る様々なデザインのクロッシェ帽と、アールデコ全盛時のその服。毛皮の襟のついた素敵なコート数点、そしてダスティン・ホフマンのちっこいけど自信満々で颯爽たる男っぷりと彼の持つクラシカルな小道具(カメラやタイプライターなど)、温泉地ハロゲートの優雅なホテルや、保養所の少し間が抜けた感じの治療やその装置類などを眺めている。

 つくづくいい形の帽子である

ダスティン・ホフマンは男にも女にもいつも首を上げて仰角で対さなくてはならない。いつも見下ろされている姿勢でいながら、彼には卑屈な様子が微塵も無く、常に堂々として相手を圧倒している。女に見下ろされる姿勢でキスをしながら、惨めに見えないというのは凄い人間力である。誰にでも出来るという技ではない。最初の方でアガサの自宅に面会にいって、出てきた亭主に「妻は誰とも会わない。帰れ」と高圧的に言われて、不敵な笑顔を浮かべ「今日は来た甲斐があった。あの有名なアガサ・クリスティのご亭主に会えた」と皮肉をお見舞するシーンにその真骨頂が現われる。小さいけど身だしなみに気をつかい、オシャレでダンディ。ダンスも巧いし、泳ぎも巧い。ビリヤードだってバッチリ。あんな亭主より、ちっこくてもこの記者の方が全然いいのに、と観客に思わせるパワー十分。ちっこい人に特有の凝縮されたエナジーが伝わってくる。



作品の殆どが有名で、殊にポワロシリーズやミス・マープルシリーズなどはテレビドラマでも映画でも散々観ているワタシなのだが、原作は一度も読んだことがないという不届き者である。ポワロ物などは一度読もうと思いつつも、これだけあれこれと映像で見てしまうと今更原作読んで何とするかなぁという気分にもなってしまい、なかなか食指が伸びない。これも一種の有名であることの弊害かもしれない。有名になった事が夫との亀裂を深めた側面もあるであろうアガサ。有名過ぎるというのも考え物である。


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