さらば愛しき女よ (Farewell, My Lovely)

~さよならを言うのは、少しの間死ぬことだ~ ※

1975年 米 ディック・リチャーズ監督

8_20090521225011.jpg

久々のマーロウ物の映画化企画が具体化してきた模様(クライヴ・オーウェン主演「Trouble Is My Business」)に嬉しくなって、ブログを始めてすぐの頃に書いた古い記事「さらば愛しき女よ」に少し手を加えて再度UPすることにした。目下、マーロウ物でワタシがもっとも愛しているのはこの1本。出来ればもうちょっと若い頃のミッチャムで観たかったけれども、セリフ回しや態度物腰など、ワタシの中のマーロウ・イメージにまさにピッタリのロバート・ミッチャムが少しくたびれた風情のマーロウを好演。ちょっとしたセリフにも飄々とした年輪と余韻があって良い。映画全体の持つ空気感も原作のムードをよく再現している。クライヴ・オーウェンのマーロウ物も願わくばこのノリで映画化して貰いたい。何はおいても、時代を現代に置きかえるのだけは絶対にやめてほしい。マーロウは40年代のLAを背景に、ソフトを被って登場しなくてはならないのだ。

梗概:前科者のムース・マロイは刑務所を出た足で「可愛いヴェルマ」に会いに黒人街へ赴くが、女はとうに消息を断っており、消息を尋ねたバーでマロイはまたも人をあやめてしまう。街角でマロイに出会い、ヴェルマ探しを依頼されたマーロウは消えた女を捜すうちに、新たな事件に巻き込まれていく。


2_20090521223329.jpg

この映画はある意味、ムード映画とも言える。
とにかく冒頭からもう1940年代のロサンゼルスの空気がたちこめて
夜とネオンサインと物憂いテーマ音楽が流れただけで、チャンドラーの
世界にすーっと誘われて行くことができる。

マーロウはやや老いて疲れ始め、なぜいつまでもこんな割りに合わない仕事をしているのか、自問自答している。そしてディマジオの連続ホームランで疲れた自分を鼓舞しながら、街の闇に向かっていくのだ。

確かに、R・ミッチャムはマーロウとしては些かくたびれている。
15年ぐらい早くこの役を演じる機会があれば良かったと思う。
思うけれども、この少し疲れた初老のマーロウが味わい深い。
そして、年齢がいったぶん余計に、マーロウ独特の生き方や考え方を
体現するのに成功していると言えるのだ。
いい映画はキャスティングだけで既に成功しているのだけど、この映画も
ご他聞に洩れず、キャスティングがいい。

4_20090521223330.jpg
このマーロウの事務所の感じがまた雰囲気バッチリ

まず、マーロウに盛りを過ぎたといってもいいR・ミッチャムを持って来た
事は慧眼という他はない。あまりにも見事にはまっていて、以来私の中では
マーロウはミッチャムのイメージである。そしてやや枯れた観があるものの
男の色気や肩先にただよう哀愁と逞しいラインは健在で、美女とのラブシーン
も、全くもって違和感がない。

原作には出て来ない新聞スタンドのジョージーという売り子との友情や、
貧しいバンドマンの遺族に向ける眼差し、フローリアン夫人への微かな憐憫
など、人としてのマーロウが、その飄々とした仮面の内側に潜めているものを
実にさりげなく表現している。些細な表情やしぐさが、その人となりを物語る
事があるけれど、ミッチャムのマーロウ像は全編これで形成されている。

落ちぶれ果てて腐臭を放つかのごときフローリアン夫人が昔、コーラスガール
だった時の思い出を語り、古い歌を口ずさむ。マーロウはさりげなく古い歌を
一緒に口ずさんでやるのである。このシーンで見せるミッチャムのさりげない
優しさに、マーロウとしての人物造型が熟成しているのが垣間見える。

1_20090521213843.jpg

そして、悪女ヴェルマのシャーロット・ランプリング。
映画が制作された75年当時に、いわゆるローレン・バコールの
匂いを漂わせるクールビューティとしては、彼女をおいて他にない人選だったろう。彼女の初登場のシーンに被るマーロウのナレーション「髪は古い絵画の金色」というフレーズがことのほか印象深い。

5_20090521223330.jpg
タダモノではない気配をふんだんに放出するシャーロット・ランプリング

じっと据えた薄い翡翠色の目に、低い声。この女はマロイの手には負えない。誰の手にも負えない。そんな感じが一言も発しなくても漂ってくる。線は細いがファムファタールの貫禄は十分。金と名声だけは持っている爺さんの亭主を利用しつくし、コケにしつくし、ないがしろにしつくして省みない。


“ムース”マロイを演じるジャック・オハラハンも、柄だけではあるが、原作を読んだ人間がもつマロイのイメージにぴったりの一途な巨人を演じている。

3_20090521223329.jpg

また、マーロウを捕らえ、急性麻薬中毒にして窮地に陥れるアムソーは、原作では男性の神経科医だが、映画では売春宿の主人である巨漢の女傑に変更されている。映画としてはその方が面白くなっていると思う。このアムソーの売春宿の用心棒役で、若き日のシルベスター・スタローンがいかにも「イタリアの種馬」的な雰囲気でちょろっと顔を見せているのも一興だ。

6_20090521223330.jpg
マーロウと平手打ち合戦を繰り広げる女傑アムソー

7_20090521223330.jpg
いかにもなチンピラ用心棒のシルベスター・スタローン

麻薬を打たれてヨレヨレになりつつも、マーロウが自由に動かない体を引き起こして自分を励ますシーンが、いかにもでいい。

「オーケー、マーロウ。 お前はタフガイだ。
180cm、86kgのアイアンマン。筋肉質で顎も頑丈。
殴られ、咽喉を締められ、銃の台尻で殴られたが参らなかった。
さぁ、タフさを見せろ、立ち上がれ」

このセリフがまた、ミッチャムのセリフ回しで余計にいいんですねぇ。ふふふ。

ミッチャム=マーロウはトレンチコートは似合わないが、茶のソフトとダークスーツはとてもよく似合っている。チャンドラーの原作を現代版に置き換えて作られた作品は幾つかあるが、私はマーロウ物は40年代から50年代という時代設定が、その世界観を支えるバックボーンとしてどうしても欠かせないと思っているので、制作年当時の現代に置き換えられた作品には、どうしても点が辛くなる。マーロウ物はかのボギー主演の「3つ数えろ」を除くと70年代に競って制作され、この「さらば愛しき女よ」以外は「かわいい女」も「ロング・グッドバイ」も制作された70年代当時に時代設定を置き換えられていた。
「ロング・グッドバイ」は原作とは随分趣きが違うのに、ファンの多い作品のようではあるが、私はこれにはどうしても乗れない。最大の理由はまず、テリー・レノックスがただのイヤな奴として描かれている事で、これでは最後に撃殺されても文句も言えず、余韻もヘタクレもあったものではない。この作品においては、テリーが「どうしても嫌いになれない男である」という事が非常に重要な意味を持つと思っているので、ただマーロウを騙した、色と欲に目の眩んだ男という事にしてしまっては、「ロング・グッドバイ」のテーマそのものが揺らいでしまう、または全く変質してしまうのである。あまりにも分かり易い方向に脚色してしまったのね、という感じだ。だから、アルトマンの「ロング・グッドバイ」はワタシ的にはNGだった。ルパーン3世のようなエリオット・グールドのマーロウはそれなりに良かったとしても。
もし、これから制作される「Trouble Is My Business」の出来が良かったら、クライヴ・オーウェンのマーロウで、是非とも「ロング・グッドバイ」も40年代の時代設定でリメイクして貰いたいと思う。

「さらば愛しき女よ」と「ロング・グッドバイ」はどちらもある意味、男の友情の物語であるとも言える。双方、ひょんな事から知合った男に友情を感じたマーロウがその男の依頼を引き受けるところから話が始まる。その友情の度合いは「ロング・グッドバイ」の方が無論、数段強いのだけど…。
「さらば愛しき女よ」では、悪女に純情を抱き続けるマロイにほだされて、行方の知れない女を探す。殴られたり、麻薬を打たれたり、警察にひっぱられたり散々な目にあって女を探し出すが、彼はそれで得られたそこばくの収入も、捜索の過程で巻き添えで死んだバンドマンの遺族にやってしまうのである。

オーケー、マーロウ。
それでいい。
また、明日には明日の風が吹くだろう。

※冒頭のサブタイトルは「ロング・グッドバイ」からの引用。

  関連記事:「春樹、ロング・グッドバイ、そして羊をめぐる冒険」
         「マーロウ、ダニエル、そしてクライヴ」

コメント

  • 2009/05/22 (Fri) 16:04

    これは随分前にビデオで見まして、小説のマーロウも読んでなかったし、ボギーのマーロウも見てなかったんですが、ミッチャム、実にいい!と思いました。マーロウって絶対あんな人なんだろう、とイメージを植え付けてくれたような。おまけにファムファタールとしてこれ以上望めないようなシャーロット・ランプリング。ちょっと悪女にすぎるかも、とも思ったけど。あの、ノウゼンカズラ色のドレスにこれ見よがしにつけた翡翠のネックレス、美しいというにはあまりに毒がありすぎます。細かいところはほとんど忘れているので、是非もう一度みてみたいです。

  • 2009/05/23 (Sat) 08:32

    たむさん。チャンドラーのマーロウを味わいたいという場合には、他のものは何も見なくてもこの映画を観ればそれでOKかもしれません。それぐらい良いと思います。意に適ってる度合いが非常に高い。そうそう、そうあるべき!という感じに仕上がっていてキャストも設定も脚本も演出も音楽も何ひとつ不満がありません。唯一の要望としては40代のミッチャムで見たかったという事ですが、この映画が作られたという事だけでも満足すべきなのかもしれませんね。ちなみにもう1本ミッチャムがマーロウを演じた「大いなる眠り」はあまり良くありません。柳の下に二匹目のドジョウは居なかったんですね。ともあれ、これはバッチリです。言う事なしです。是非とも、もう一度ご覧になって、この世界観にたっぷりと浸ってくださいまし。

  • 2009/05/27 (Wed) 21:20

    私はどっちかというとS・ランプリング見たさで~でした(といっても私もビデオで)。あの三白眼と妖しさ。そういえば「愛の嵐」のレビュー、引っ込められてしまいました? なんか好きなのにコメントしそびれてたんですよね。そんなわけで、kikiさんほどには深く観ておりませんでした~(そりゃそうか)
    原作は読まずとも何となくイメージは掴めてたマーロウ像。映画はこれしか観てないんですが、これでのR・ミッチャムが一番近いんですね?今度じっくり読んでみようかな。映画はたしかに40年代の雰囲気が良くでてましたよね。音楽といい時代設定雰囲気も、いかにももkikiさん好みという感じ。ミッチャムは、もう少し若い頃の映画はちょこちょこ観ていて、わりと好きな俳優でしたよ。「恐怖の岬」は主演のG・ぺックよりよかったわ。kikiさんお気に入りの岸恵子共演の「ザ・ヤクザ」はどうですか?私は未だに観てないんですけど。あっ、それとマロイ役の彼は、R・ムーアの007に出てたあの”ジョーズ”では?って思うほど似てる~!?



  • 2009/05/28 (Thu) 07:46

    ジョディさん。「愛の嵐」についてはそもそも書いてませぬよ(笑)で、マーロウについでですが、これまでの映画化作品の中では、「さらば愛しき女よ」が一番原作のもつ雰囲気をそのまま出していると思います。原作の余分なところを削り、流れをよくした上で、更にディマジオのホームランなど原作にないテイストも付け加えて味わいを濃くしてますね。アルトマンの「ロンググッドバイ」は原作のおセンチな部分を換骨奪胎して原作よりずっとクールな結末に仕上げてあって、映画の方がちゃんとハードボイルドになってますが、ワタシは何か駄目なんですよ。映画化作品の中ではミッチャムのマーロウが一番良いです。ワタシ的には。「ザ・ヤクザ」は昔TVで観たけど忘れちゃいましたねぇ。マロイ役のでかい人は、ジョーズの人とは違うような気がします。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する