「空中庭園」 

~本当に大事な事はね、墓場まで持ってくもんだよ~

2005年 アスミック・エース 豊田利晃監督

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有料映画チャンネルを観ていると、自発的には映画館に見に行かない、ましてやDVDを借りたりもしないだろう作品を観てみる機会が巡ってきたりする。どうにも苦手な俳優や女優が主演している場合には、自発的なチョイスからは漏れてしまいがちになるわけだが、そんな作品の中に思わぬ掘り出し物があったりもする。再々書いているがワタシはコイズミ・アレルギーの持ち主。この「空中庭園」は、ここ数年のコイズミ(小泉今日子)売れっ子状態のトリガーになった作品なのだろうと思うのだが、勝手に流れてこなければ自発的に観る事はけして無かったと思われる。それはさておき映画として面白かったし、小泉今日子よりもその母を演じた大楠道代が断然光っていた。この人もこの年代の女優としては最も売れている気がする。阪本順治の「顔」あたりから熟年バイプレイヤーとしての味をフルに発揮し始めたような気がするのだけど、「空中庭園」でも存在感が他を圧していた。その他、気になる女・永作博美が、友情出演で少しだけの登場にも関わらずインパクト大で、膝を叩いて受けてしまった。

原作は角田光代の同名小説。何一つ隠し事をしないのがルールの四人家族・京橋家だが、家族はそれぞれに人に言わない秘密を抱えている。(それぞれあまり大した事じゃないのだけど)郊外のニュータウン、駅までバスで行かなくてはならない場所に建つ大規模マンション住いの一家。母・絵里子はルーフ・バルコニー・ガーデニングにいそしんでいる。周囲に何もない丘の上に数棟建つ大規模マンション。その上層階でうっそうと緑を茂らす絵里子の庭はさながら小さな「空中庭園」だ。冒頭、バビロンの空中庭園の絵がさらりと導入される。階層状の庭園の入り口を一対の鼻を持ち上げた象が守るバビロンの空中庭園…。頼りない夫は居ても、京橋家にネブカドネザル王は居ない。王妃アミュティスならぬ絵里子は自ら空中庭園を造って自分を慰めるのである。

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一見明るい娘マナ(鈴木 杏)はイジメが原因の登校拒否で、もうずっと学校へ行っていない。近隣唯一のショッピングモールで一日の大半を潰し、BFをラブホへ引っ張っていく。物静かな息子コウも学校をサボり気味。つねに街角をふらふらしている。父・貴史は妻とご無沙汰のせいもあり、セフレはいるわ、浮気はするわで、なかなか身辺が賑わしい。この夫・貴史を演じているのは板尾創路。いつのころからかすっかり俳優になり、しかもこういう夫の役には打ってつけなので、こんな役ばかりやっているような気もするのだけど、ともあれ俳優としてかなり売れっ子状態だ。使い易いのかもしれない。貴史のセフレの黄色いワーゲン・ビートルに乗った女・麻子役で永作博美が登場。エスニック・レストランで理屈っぽく貴史を責め、ラブホへ行っては女王サマとして貴史を責める。(この部分で直接的なシーンが無いのも良い)「チョロチョロしてる」からと貴史をチョロ介と呼び、「あたしはあんたに、もっとちゃんとして欲しいの!あたしや奥さんや子供や、そういう身近な人達をナメきった事をするのはやめてほしいの!」と言いつつ、過激に貴史を苛む。独壇場というか、面目躍如というか、実に永作博美である。この映画では殆ど声だけの芝居と言ってもいいのだけど、それだけでも強い存在感を放っていた。おまけに黒い帽子といい、黄色いビートルといい、まさに絶妙。変な記念日を勝手に拵えて貴史に時計のプレゼントを押し付ける。車の中では大音量で変な曲をかけ(これは誰の歌だろうか。いずれにしても奇異な感じがピッタリ)、車でマンションの近所まで貴史を送ってきて降ろし、走り去ったかと思うとまた現れるシーンで笑った。後半、この麻子が貴史にかけてきた電話を姑のさと子(大楠道代)がとって、珍妙な会話をするシーンにも受けてしまった。「どなたさまですか?」「チョロ介のセフレでございます」「まぁ、いつもお世話になっております。…チョロ介さ?ん、セフレさんからお電話」   は?。永作vs大楠。楽しませて貰いました。

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永作博美 出番は少ないがインパクトは絶大 

そして絵里子(小泉今日子)はいつも笑顔を絶やさない理想の母の姿を追求しつつも、自らの母・さと子(大楠道代)との関係に悩んでいる。絵里子の母・さと子は肺がんで入院中だが、病室でも煙草を吸うなどやりたい放題、言いたい放題である。この母親らしくない母に、厄介者と思われながら育ってきたという事がトラウマになっている絵里子は、暗く、友達もいない、イジメに悩まされた学生時代を送り、社会人になるとすぐに計算づくで貴史とデキ婚して自分の家庭を持った。憧れの郊外ニュータウンにマンションを買って暮らし始めて以来、絵里子は毎日芝居をしてきた。自分の生い立った環境を反面教師とした「しあわせ芝居」を。いつも張り付いたような笑顔で何を言われても怒らない。些細な事を記念日として祝い、家族の中で秘密を持たない「しあわせ家族の母」。が、詰まらない事を記念日にして祝いたがるというのは不安の現れ。必死で幸せを確認しなくてはいられないという事である。(そういう意味でセフレの麻子と絵里子は共通するバックボーンの持ち主と言える)そして、人はどこまで行っても表側だけのような影のない街には住めないように、隠し事をしないなどというルールを造られると秘密を持ちたくなるものなのかもしれない。何事も包み隠さない家族なんて、正直キモチ悪い。

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やりたい放題の母・さと子(大楠道代)

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絵里子のバビロン

が、子供たちはそれぞれに自分の家族に造り物のようなうわついた危うさを感じてはいるものの、心底イヤになっているわけではない。家族四人の中で、間違いなく一番精神的に病んでいるのは母の絵里子である。パート仲間の小娘にも不自然な笑顔に苛々すると毒づかれる絵里子。その小娘には笑顔で当りサワリなく接しておいて、蔭で店長に讒訴してクビにさせる。パート帰りにコンビニで雑誌を立ち読みしている際、娘マナに声をかけられ、ふいに険しい素顔を見せてしまったりもする。ずっと芝居を続けてきた絵里子がついに素をさらけ出すのは、息子コウの家庭教師ミーナと母さと子の誕生日パーティを開いた夜だ。ミーナは貴史の愛人だが、ひょんな事から息子コウの家庭教師として京橋家にやってくる。ミーナを演じるのはソニン。だらしない唇に大きな胸。プリミティヴな色気があって役にピッタリだった。永作が強烈だったので、ソニンはワタシ的には水準値だなぁという感じがしたが、大雨の中、窓から飛び出してバスを降り、駆け去っていくシーンが印象的だった。足の指で男を苛む小悪魔っぷりは「フラッシュ・ダンス」以来、小悪魔キャラの定番だ。

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話を戻すと、この誕生日パーティの日、京橋家に役者が全て揃う。その場に姿を現さない永作の麻子は前述のごとく電話で登場する。この役者陣の中でもっとも異彩を放っているのが大楠道代演じる祖母のさと子。この手の女は幾つになっても「おばあちゃん」と呼ばれる事を拒否する。だから娘の家族からサッちゃんと呼ばれている。いや?、大楠道代。いいですね。これはワタシが見た中でもベストのパフォーマンスかもしれない。大楠道代について書きたいので、この映画のレビューを書いたと言っても過言ではない。大楠道代は大映の若手女優としてスタート。(当時の芸名は安田道代)そのころの作品では谷崎の「痴人の愛」のナオミ役を見た事がある。ナオミとしてはバタ臭さが足りず、あまり役に合っていなかった印象。途中の作品は殆ど知らないが、80年、81年の鈴木清順作品2本(「ツィゴイネルワイゼン」、「陽炎座」)あたりで、お!という感じになってくる。この鈴木清順作品が最初の転換点で、2回目のブレイクポイントが阪本順治の「顔」のマダム役かなと思うのだが、そこから更にジャンプしたのがこの「空中庭園」のサッちゃん役であろう。常に和服のサッちゃん。着こなしはキリっとしているが、どこか水商売のニオイがする。酒焼けしたようなダミた低い声に和風のキツネ顔。麻酔がイヤだと手術を拒否し、病院からひょいひょいと抜け出してくる。バスの中で煙草を吸い、他の客に注意されると、突如タコ踊りを始めて相手を煙に巻く。万引きで掴まった孫・コウを貰い下げに病院から出てきて、ラブホでソニンのミーナと対決するシーンの貫禄は拍手もの。不良としての年季が違う。大貫禄で小娘をへこましておいて、京橋家の誕生パーティでミーナと同席すると、何事もなかったようにニコヤカに初対面の挨拶をする。サッちゃん、自己紹介の時にはかならず「木ノ崎さと子でございます」と頭を下げる。終盤で、娘の絵里子に病院から電話をした時は「死に損ないでございます」と言う。いいですね。

ともあれ、この誕生パーティでワインに悪酔いしたミーナが愛人関係を暴露した事から絵里子の「しあわせ家族ごっこ」に亀裂が入り、彼女はニコニコ仮面をかなぐり捨てて本音を炸裂させる。厚木のヤンキー的素顔がちらっと出るような部分ではコイズミも座りがいい。コイズミが母を演じている、似たような家族ものとしては、昨年「トウキョウソナタ」を観たが、これには徹頭徹尾乗れなかったワタシなれども、「空中庭園」は意外にコイズミが観賞の邪魔にならず、映画として楽しむ事ができた。正直コイズミは、造り笑顔の不自然さも、その笑顔の裏に病的な心を押し隠している女の「病んだ気配」もほとんど出せていず、開き直ったシーン以外は何もいいところはない状態ではあったのだけど。

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サッちゃんが絵里子に言う「本当に大事な事はね、墓場の中まで持ってくもんだよ」というのがこの作品のキーワードだろう。夫婦や親子の間にも、ささやかな秘密はあっていい。けして人には言わない事の1つや2つあるほうが人として健全だ。そして、「強い思いこみが人を不幸にする」という事。思いこみ過ぎて物が見えなくなる事について。それが時には全てを歪めることについて。
激しい思い込みで母との関係を歪めていた絵里子。そこから逃れる為に彼女が必死に築いてきた空中庭園は砂上の楼閣だったのか?

原作を読んでいないので、果たして母との間の確執は絵里子の思いこみだけだったのか、もっと深い暗い川が流れていたのか、そのへんの部分については映画だけからでは分からないのだが、この映画としてはこれで良いような気もする。その必死の努力がアダにはならないというラストに、家族という共同体の面白みが宿っている。ラスト間際の父・貴史のセリフもうふふん、という感じ。世のお父さん達はみな、そうココロモチで頑張っているのだね…。

売れっ子中年の國村隼が絵里子の兄としてワンシーンのみ登場し、娘マナをラブホに誘う男役で瑛太がバビロンの刺青を胴っぱらにいれた姿で新興宗教でも始めそうな、いっちゃってる感じで楽しんでいた。また、ラブホテル「野猿(のざる)」は話の中に再々登場し、その周辺にはそのホテルしかないの?(おまけに毎度同じ部屋しか出て来ない)と訝しく思ってしまう程だが、冒頭近く、自分が命を授かったのがそこだと聞いて、娘マナが「野猿」へ行ってみたくなるという部分で、この家族は壊れているわけじゃない、という事は既に語られているような気もする。どこの家族にもありそうな話を「空中庭園」なんて大仰なタイトルをつけて描かなくてもね、と思わないでもないけれど、いくつかツボなシーンもあって映画としては面白く観られた。

コメント

  • 2009/05/24 (Sun) 23:45
    大楠道代の存在感

    この作品の大楠道代は凄いですよね。他を圧倒する存在感で。画面に出ているだけで「なんか起きるだろうな・・・」と思ってしまう、不穏な空気だしまくりなのが良かったです。大楠道代はこの作品に限らず、「あ、この人が出ている映画なら面白いんだろうな」と思わせる、数少ない女優さんだと思います。

    kikiさんはこの作品のコイズミはアリだったのですね。私はむしろ「トウキョウソナタ」はアリでこの作品のコイズミはナシでした。コイズミ以外のキャストは皆良いんだけどなあ・・・なんでコイズミ・・・とこの映画を観たときに残念に思った覚えがあります。「トウキョウソナタ」とこの作品は家族の崩壊モノ&壊れた母親をコイズミが演じる、という点が一緒ですが、感じる方が観た人によって違うというのも興味深いですね。

    あと、私も原作を読んでいないのですが「ホテル野猿」は確か八王子のほうに実在するホテルがモデルになっているのだったと思います(実在するほうは「やえん」と読むのだったかと)。以前、会社の研修でかの地を訪れたときに当のホテルを発見し、「冗談みたいな名前・・・」と感心した事があります(でも、その付近には「野猿峠」という峠があるのでギャグではなくそれなりの由来があるのでしょうが)。

  • 2009/05/25 (Mon) 07:34

    大楠道代はここ十年ばかりずっといい仕事をしてる気がしますよね。この映画での「道代っぷり」の堂々たる事は、ほんとにアッパレな程でキモチよかったです。あと、ワタシ的には永作にもかなり受けました。で、コイズミですが、ワタシは彼女に関しては「トウキョウソナタ」は勿論「空中庭園」でもナシです。ただこの作品での方がコイズミを邪魔に感じる度合いが低い、という印象だったんですね。下手なんだから目立たない方が邪魔にならなくていい、と。道代が強烈なので全然目立たなかったのが幸いしたか(笑)「トウキョウソナタ」は小泉云々より映画自体がナシというか、乗れなかったんですわ、ワタシ。黒沢 清がどうも苦手なのかも…。「空中庭園」はコイズミが居ても作品としてアリ、という感じでした。
    「野猿」は実在するホテルなんですね?物語は東京郊外のベッドタウンという設定らしいから、八王子界隈は大いにありそうですが、ロケではハマの港北ニュータウンを使っていたので、結局どこの設定なのかしらん、と思ったりしてました。監督の狙いとしてはどこでも郊外ならOKってことだったのかもですが。yukazoさんはこの作品の豊田利晃監督がご贔屓なんでしたね。その話を聞いてなければコイズミ・アレルギーが災いして観ていなかった可能性も大。豊田監督の作品は他に観た事がないのだけど、また機会があったら観てみようかしらん、と思ってます。

  • 2009/05/25 (Mon) 22:39
    何故か駄目・・・

    私も小泉アレルギー、大いにあります。ついでに韓流アレルギーも同じだし、俳優としてはイーストウッド好きだけど監督した作品は・・・というもの同じです。でも、レッドフォードは俳優として嫌いじゃない、むしろ好きなほうかも・・・です。

    で、コイズミさん。コイズミさんが出てる、というだけで観ないであろうけれど、大楠道代さんが出ているのならちょっと観たいかも。鈴木清順作品で観てから気になる女優さんです。
    妻夫木&竹内結子も苦手なのでどうかな、とは思ったものの、三島作品をどう映像化しているのか、それに大楠道代さんや石橋蓮司さんが出演、ということで興味があって観た「春の雪」でも存在感が凄くて、あのお2人が出演しているだけでも見た甲斐はありました。

    私はよくわからないけど、コイズミさんって人気があるのですよね。どういうところが良いのでしょう?

  • 2009/05/26 (Tue) 07:20

    Rikoさんもコイズミ・アレルギーをお持ちでしたのねん。「空中庭園」は、ある意味大楠道代の不良婆さんぶりを観賞する映画なので、コイズミが出ていてもさして気になりませんよ。(というかワタシ的には気になりませんでした。邪魔になるほどの芝居してないので)次にコイズミ人気についてですが、アンチ・コイズミのワタシに訊かれても何ともお答えのしようがなくてですわよ。ふほふほ。いま監督達が彼女を使うのは、作り手側としては何かしらの吸引力を感じるせいなのか、ニーズに合う40代の女優が払底しているせいなんでしょうけど、世間的に現在どの程度人気があるのかは、はかりかねるという感じ。ただ、ワタシは昔からダメなのだけど、アイドル時代の彼女の事をいつまでも忘れない人が結構いることだけは確かなんでしょうね。最近は歌わなくなっただけまだマシかもですが…。
    「春の雪」も観られたんですね。あれは原作になるべく忠実にその世界を再現しようとしていた姿勢に好感が持てました。主演二人は子犬のカップルみたいで全然イメージじゃないのだけど。
    で、ワタシ、レッドフォードは「嫌い」というんじゃないんですよね。好きじゃないけど嫌いでもない、というところ。なんかこう、俳優としては正し過ぎる面がまっこうから出すぎて遊びがないというか、ね。そういう部分がちっと苦手なのですの…。ふほ。 

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