「重力ピエロ」 

~春が二階から落ちてきた~

2009年 アスミック・エース 森 淳一監督

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伊坂幸太郎は昨今大ブームの作家だ。ワタシも昨年、3冊ほど読んだ。そのときは面白いと思ったけれどハマるほどではなく、何だかそれきり読んでいない。だから「重力ピエロ」も原作は未読。余談だが、ハマる作家を見出すのはなかなか難しい。春樹のピークが去った気がして以降、随分色々な作家の作品を読んでみたが、結局どの作家についても出たら必ず読む、という状況にはならぬまま今日に至っている。今や春樹の新刊も様子見を決め込んでいる有様。 …ふー、難しい。 脱線したが、この映画はトレーラーをみるたびになんとなく「春が二階から落ちてきた」というフレーズが頭の片隅にひっかかり、小日向文世加瀬に、京香さんも出てるのね?、ふぅんとキャスティングにも引っ張られた。TVドラマも「ホノカア・ボーイ」他も未見なので、岡田将生は今回初おめもじ。
いつも仙台が舞台の伊坂ワールド。さてさて「重力ピエロ」はどんな感じ?
梗概:泉水と春は、優しい父と今は亡き美しい母の愛情に包まれて育った仲の良い兄弟。兄の泉水は遺伝子の研究をする大学院生。一方、街中で落書き消しの仕事をしている弟の春。彼らが暮らす仙台市内は、頻発する連続放火事件に揺れていた。あるとき春は、放火現場の近くに必ず謎のグラフィティアートが描かれていることに気づく。事件との繋がりを直感した春は、泉水を誘って夜の街で張り込みを開始するが…。(all cinema onlineより)

ひとくちに言ってこの映画はキャスティングの勝利。適材適所、まさにドンピシャな役者をはめてあって、特に奥野家の家族四人がみな、それぞれにキャラが立っている。兄の泉水(加瀬 )と弟の春(岡田将生)。この二人の少年時代を演じる子役がまた、心にくいばかりに彼らによく似ていて、観ていて気持ちよかった。それぞれの特徴をよく捉えて、彼が子供だった時にはこういう子に違いないでしょう、という少年をキャスティングしている。こういう部分を等閑にしないでキッチリとやってもらえると観ていて気持ちがいい。

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彼らの父を演じるのは小日向文世。いいですねぇ。「優しい父」というのは、この人にとってはある意味タイプキャストといってもいい役柄ではあるのだけど、ただの優しい父ではない、穏やかな顔の下に揺るがない自分なりの哲学を持った人の動じない強さが底光りしていた。まさに今この父を演じられるのは小日向文世をおいて他にいないだろう。映画の成功の大きな要因はこの人が父親役を演じているところにあると思う。こういう父でなかったら、春はどういう風に育ったか分からないし、そもそも誕生すらしていないかもしれない。

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そして、家族それぞれの記憶の中に住む美しい母には鈴木京香。京香さんは既に亡くなっているという設定で回想シーンでの登場なのだが、男三人の中にこの母の存在が残しているものは非常に大きい。まぁ、そうでしょうねぇ。 そんな母の笑顔が京香さんにピッタリだった。

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冒頭、トレーラーにも使われていた満開の桜花散る高校のシーンから、アタリ映画の予感がびゅうびゅうとスクリーンから漂ってくる。2階の窓からひらりと身軽く飛び降りてくる春(岡田将生)。立ちすくんでそんな弟を呆然と見るメガネの兄(加瀬 )。

岡田将生はやはり華のある若手俳優だ。姿を観ているだけでも目に楽しいというのはやはり素敵な事ではある。余談だが、昔、飲み仲間にクマガイ君という男子がいて、非常に整った綺麗な顔だちをしていた。この手の男子はやけに唇が赤いのが特徴。岡田将生の顔(そして赤い唇)を見ていて、ふと、あいつも妙に赤い唇をしていたなぁ、とクマガイ君を思いだした。話を戻すと、岡田将生はクセのない演技に好感が持てた。冒頭のシーンで生意気な女子をレイプしようとしている連中をバットを振るって追い散らすのだが、当の女子がヒロイン気取りで礼を言うと、物も言わずにいきなり女子の腹をボンとバットの頭で突く。意表をつく爽快な動きだ。この動きのキレが、二階の窓からの飛び降りも軽々と美しくみせるのだろう。この弟・春は郊外に父と暮らし、兄は一人でアパート暮らしをしている。弟は兄によく連絡する。彼にとって兄はいつまでも「オニイチャン」である。自分の出生について、全てを知りながら一人で耐えてきた春だが、肝心な時には兄を心底頼りにしている。兄に何をやって欲しいわけではなく、傍に居てほしいのだ。お前の面倒をいつまでも看られないという兄をじっとみつめる喫茶店のシーンでは周囲から婦女子の鼻をすする音が聞こえてきた。また、小日向の父が妻の死んだ夜に息子二人を前に重大な秘密を話し、「俺たちは最強の家族だ」というキメのシーンでも、あっちこっちからすすり泣きの気配が…。「なんか、こんな婦女子的空間に紛れ込んじゃってアテクシ、場違いな気配も…」などと思いつつ、涙ウルウルの女子たちに取り巻かれつつ、アテクシは特にウルウルはしないで観賞。…う?む、つくづくと婦女子じゃないのね。

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加瀬 もタイプキャストな役柄だが十分にキャラが立つように描かれている。ヘドモドしたような地味でおとなしめな大学院生の姿をいつものように自然に演じていた。なんかこういうような役でばかり加瀬 を観ているので、この次は平凡そうに見えて凶悪な殺人犯の役とか、ねじくれた愉快犯の役などで観てみたいような気もした。

そして、渡部篤郎。邪悪ですがれた渡部篤郎。これも実にナイスなキャスティング。世の中と人生をナメきっている男にはまさにドンピシャリ。裏稼業で稼いでいる奴の妙な廃りも全身に現れていて、演技なんだか地なんだか、という感じ。(笑)ともあれ、こういうドンヨリした目つきの生まれつき歪んでいる男にはぴったりだった。

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高校時代から春をストーカーし続けている夏子役の吉高由里子は、全身整形して見た目は生まれ変わっても、態度物腰などについつい変なブサ女の仕草が抜けきれないところをちゃんと演じていた。整形しても中身までは変らない、という感じがよく出ていた気がする。

***
地方都市に住む一家族の記憶と絆を、現在進行形で起きている連続放火事件と、24年前に当地で起きた連続レイプ事件との「二重らせん」の中に描き出す本作。構造まで遺伝子配列である。家族を襲った24年前の奇禍とそれを乗り越えた父と母。だが、母は事故で数年前に亡くなり、父も不治の病を抱える身となった。春は出生のいきさつに圧迫され、傍観者である兄も弟をずっと精神的に支えてきた。一見ホワホワした幸せな家族だが、容赦なく過酷な現実は襲いかかって来る。誰にとっても人生は楽じゃないし、どんな事でも起りうる。奥野家を襲うのは、どれひとつ取っても重い事柄だが、見ていてズッシリ重く感じないのは小日向文世のホワホワした笑顔と、綺麗な京香母さんと、メガネの兄に可愛い弟の、四人家族のいつも幸せだった記憶が全てを覆うからだ。幸せそうに暮していれば、酷い事なんか起きないよ、と父はいう。重い事を重くは感じさせないのはこの父の真骨頂。その生き方のスタンスが家族を支え、春を支える。このお父さんのように慫慂としてにこやかに、かつ淡々と生きられれば素晴らしいが、現実問題、これはかなり難しいですね。だからこれは家族の寓話。グラフィティ・アートや遺伝子配列などを散りばめたミステリーを通して描く家族の寓話だ。(だが観終った後、ワタシにとって一番のミステリーは何故母が事故死したのか、という事だった。…なぜ?自殺でもなく若い身空で?本当にただの事故?なんて色々と疑問が…。でも、それも人生という事だろう)
兄弟が「遊んで」帰ってきたあと、父が病の身で彼らに向き合い、自分に内緒で何をしてきたのか問うシーンは、小日向文世全開。「人間力」という言葉が脳裏に浮かぶような目の光だった。そして、タイトル「重力ピエロ」についても、ラストで明らかになる。
特に事件らしい事件も起きないなかで淡々と描かれる家族像(日常の中の非日常)もあれば、あれこれと事件が起きる中で描かれる家族像もある。どちらも脚本、演出にキャスティングが良ければそれぞれに見ごたえがある。そして、どちらにも共通しているのは「それでも、家族だからね」というメッセージだろう。鬱陶しい事も往々にしてあるけれど、人を根本のところで支えるのは家族であり、どういう家庭に育ったか、という事は時に人生そのものを左右する重要な事柄であるのだな、と改めて感じた2時間だった。

コメント

  • 2009/06/14 (Sun) 12:40

    kikiさん、こんにちは。
    私も先日観て来ました。キャストは本当にハマってましたよね。kikiさんの仰るとおり、父親役の小日向文世が良かったですね~。春役の岡田将生は「ホノカアボーイ」とは全く違うキャラクターでしたけど、良かったです。セリフがちょっと・・・な感じでしたが、これはこれから徐々に良くなっていくんじゃないかな、と。
    そして私も母親の事故死はちょっとひっかかりましたねえ・・・。

  • 2009/06/15 (Mon) 00:14

    mayumiさんも観られましたのね。これ、観た時は悪くないなと思ったんだけど、日がたつと印象が急速に薄れてあまり記憶に残らない映画になっちゃってて。(ふ~;)そういう意味ではちょっと不思議な映画ですね。その時だけ!みたいな(笑)岡田将生、セリフだめでしたか?ワタシはあまり気にならなかったというか、いまどきの若造はみんなあんなしゃべり方のような気もして…。鈴木京香が演じている母の事故死って本当に事故死?という感じですよね。あのお母さんの人生って不幸なんだかそうでもないのか相当に微妙、みたいな。でも仲のいい家族が一人欠けてしまうと、残された家族はより結束が堅くなるもの。そういう部分を表現するために母を早死させる必要があったのかな、と思ったりもしています。

  • 2009/10/05 (Mon) 21:39

    公開時はスルーだったんですが、kikiさん観てる!!!って慌てたときには既に見逃し。
    今日、4ヶ月遅れで蠍座さんにて。(蠍座さんで上映されるのもビックリしたほど)
    原作も映画も全く知らずで観ました。
    父、小日向のセリフが深いなー。結構メモってきましたよ。笑
    春の部屋、大量のポスターは初めから怪しいと睨んでましたわ。オホホ
    子ども時代の子役、本当にいい味!やっぱり映画のキャスティングって大事ですな。

    • 吾唯足知 #uqr/pqJA
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  • 2009/10/06 (Tue) 00:31

    加瀬 亮出演作なのに、吾さんは4ヶ月遅れでの観賞だったのねん(笑)蠍座さんは吾さんの映画ライフにはかかせぬ映画館なりね。ワタシは岡田君目当ての婦女子満載のシネコンで見ちゃったからもう周囲は岡田君寄りのリアクションの嵐だったわ。そんな婦女子の群れに飛び込んでしまったのは松ケンのクラウザーさんを観た時以来なり。ワタシは個人的に渡部篤郎と鶴見辰吾がどこまで廃れゆくのか、その廃れ度合をチェックしているので、この作品での渡部の廃れっぷりも印象に残ったわ。小日向さん、静かに良かったよね。

  • 2009/12/24 (Thu) 12:51

    こんにちは。大阪は本日とても温かいです。東京はどうですか?
    「重力ピエロ」は「遺伝か?環境か?」という問題が提起されていましたが、どちらともいいがたいですね。映画では血のつながりのない父と子が同じような癖をもっているという描写がありましたが。

  • 2009/12/26 (Sat) 20:27

    Bell Bottom Blues さん。東京は毎日晴れてけっこう寒いですよ。でも24日はこちらも少し気温は高めでした。
    さて「重力ピエロ」。結局、家族というのは心情的には血の繋がりではなく、共に生活し、大切な過去の記憶を共有する人々、という事になるのかもしれませんね。確かに春の中には遺伝子を貰った父親から受け継いだものがあるのかもしれないけれど、それを統御するのは理性。小日向父さんに育まれた理性なんでしょね。

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