「サガン -悲しみよ こんにちは-」 (SAGAN)

~愛と同じくらい孤独~

2008年 仏 ディアーヌ・キュリス監督

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春先に予告編を観て以来、ちょっと気になっていた本作。サガンを演じているシルヴィー・テステューが前にちらっと見たことのあるサガンの写真の雰囲気とよく似ていたし、60年代のセレブになんとなく興味があったりもしたので、シネスイッチ銀座にて観賞してきた。

実はサガンの作品て1冊も読んだ事がないワタシ。母が一時期好きだったらしく、昔我が家に数冊文庫があったのでタイトルぐらいは知っているが、彼女の作品では映画化されたものを2本観ているだけである。(「悲しみよこんにちは」及び「さよならをもう一度(「ブラームスはお好き」の映画化)」)。レビューは前者のを書いているが、映画としては後者の方がずっと好きだ。バーグマンが演じる大人の女の哀しみがモノクロ画面に静かに漂っていてなんとも言えない。…と、サガンに話を戻すと小説は1冊も読んだ事はないが、サガン本人については漠然と浮き沈みが激しいという事だけは知っていた。その程度の、漠然と知っているだけという方が楽しめそうな気がした。

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夏休みに書いた小説が出版社に売れ、発売されるや忽ちベストセラーになった。18歳にして一躍時代の寵児。小娘は一夜にして作家先生となり、湯水のように入ってくる金を何も考えずに蕩尽するようになる。忽ち周囲を取り巻きが囲む。カジノで儲けたあぶく銭で田舎の別荘をポンと買う。男とも女とも「お付き合い」する。結婚は二度とも失敗。アルコール依存にコカイン中毒。歳月のたつうちに、いつしか巨額の収入は巨額の借金にすり変り、あまたの取り巻きも死んだり去ったりで、気がつくと一人になっていた…という絵に書いたようなライズ&フォールの人生だが、18歳で突如有名になり、使いきれないほどの金が舞い込んできて、それをそっくりそのまま貯金したり、カッチリと堅いところに投資したりするような小役人みたいに堅実でしみったれた作家なんて面白くもなんともないだろう。一度しかない人生、あぶく銭はパーっと使うのだ。先の事など考えず。思うさま好きに生きればいい。たとえ最後はどんなに惨めで孤独でも。ある意味、人生なんてやったもの勝ちなんだから。とはいえ、あまりに若いうちに無防備にフェイムという業病に執り付かれるのは確かにしんどいに違いない。好むと好まざるとに関わらず、フリークスとして生きる事を余儀なくされてしまうだろうし。セレブとしての人生をコントロールするのは並大抵な事ではないだろうとお察しする次第。

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サガン役のシルヴィー・テステューってもう37歳にもなっているそうだが、冒頭18歳のアンファン・テリブルを演じて違和感がなかった。サガンてこんな感じだろうなぁ、とよく知らないのに何故か納得して眺めた。スポーツカーを乗り回し、海辺のカジノで金を使い、パーティをはしごし、ナイトクラブで遊び回り、一目で恋に落ち、忽ち飽きる。それらしい雰囲気が出ている。漠然とワタシの中にあるサガンのイメージにピッタリだった。
有頂天の時期に、若くして瀕死の事故に遭うサガン。一命はとりとめたが、痛み止めに投与されたモルヒネ系の鎮痛剤で中毒になり、生涯、麻薬中毒に悩まされた。この部分はあのハワード・ヒューズを想起させる。ヒューズも自分で操縦していた飛行機で墜落し、瀕死の重傷を負いつつも九死に一生を得たはいいが、痛み止めのコデイン投与で中毒になり、事故前と事故後では別人になってしまった。大事故に遭遇する事の本当の怖さは、リスクを負って生き残る事にあるのだ…。シルヴィー・テステュー、徐々に老けていくメイクと演技が見事。年齢を追って、実に微妙に少しずつ年を取って行き、やがて瀕死の床に至る。中年も晩年も、その年代を演じている時には無理なくその年代の人に見えるシルヴィー・テステュー。そしてサガンその人を垣間見ているような気分にさせてくれる。よくぞこんなにもサガンに持って来いな人がいたものだ。

事故後、猫背でやや足をひきずって歩くような風情の痩せた体が痛々しい。枯れた姿で常に愛を求めてさすらっていたサガン。彼女はそんなにも何を求めていたのか。求めれば求めるほど孤独になりながら…。

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友人シャゾ(ピエール・パルマード)と

彼女がその子をほしいと望み、結婚したいと願った友人シャゾ(ピエール・パルマード)は終生の友だったが、結婚にも子供にもウンとは言わない。ゲイだったからだ。男運のないサガン。息子の父親である二度目の夫もゲイである。そして、男からは得られない「愛」を求めて同性とも付き合う。ロングタイム・コンパニオンとなったデザイナーのペギー・ロッシュはサガンを本気で心配してくれる人だったが、死に至る病を得て先に逝ってしまう。晩年、金も体力もなくなっていく時期に、親しい人が先に逝ってしまうというのは誰にとっても衝撃だろう。1枚、また1枚と散って行くわくら葉のような、恋人や、友人、知人の死が、人の晩年を枯葉色に染め、埋めていくのだ。

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辛抱強い理解者ペギー(ジャンヌ・バリバール)と

もっと沢山セレブ同士の交際もあったのだろうし(トルーマン・カポーティと交流があったらしいし、サルトルやピカソ、セルジュ・ゲンズブールにミッテラン大統領、バルドーやドヌーヴに至るまで、いかにもな交遊録だ)、取り巻きだってウンザリするほど居たのだろうが、映画では常に身近にいたのであろう4~5人の取り巻きをピックアップしてサガンの周囲に配している。この取り巻きや友人たちも、歳月につれ、きちんと微妙に年を重ねていく様子がメイクや表情で表現されていた。あるシーンからポンと飛ぶといきなり壮年になっている、というような雑さのないところが女性監督らしいなぁと思われた。

ワタシは今カポーティの小説を読んでいるので、映画にちょろっとカポーティでも出てくるかしらん、と思ったりもしたが、彼まで登場させると何やらtoo mach だという事でそのへんは削ったのかもしれない。確かにエキセントリックな時代の寵児は二人も要らない。この映画の主役はサガンなのだし…。
親密交際があったと言われるミッテラン大統領はニュースフィルムで登場していた。有名人の友人が登場したのはこのミッテラン大統領のみである。(監督は、キンキラキンのセレブそっくりさん総登場みたいな映画にはしたくなかったのだろう)
そういえば、忘れられていたサガンがどこやら異国で入院したという際に、ミッテランが見舞いに行ったというニュースを昔見たような記憶がうっすらと蘇ってきた。


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予告編を見た時に、こういう感触の映画なんだろうな、と思った通りの映画だったので、破滅型セレブの半生を興味深く見た。だが、少なくとも60年代は出す本、出す本全て売れ、印税もジャンジャン入ってきただろうのに、一体いつから収支が逆転したのか、彼女の管財人て誰だったのかがイマイチはっきりしなかったので、いつの間にあれだけ入ってきたお金が借金だらけになってしまったのか、その辺がよく分からなかった。気付いたら一文無しである。
引き合いに出すのもナンだけど、小室哲也の例を挙げるまでもなく、幾ら数え切れない程稼いでいても自らの収入に無頓着で、取り巻きにばら撒き、時に盗まれても知らん顔で糸目をつけずに使っていたら、使いきれない程あったお金もあっという間になくなってしまうのだろう。稼いでいる本人が収支に無頓着というのは致命的な事であるとつくづくと思ったりするわけである。

そして今日も明日も永遠に、湯水のようにお金が入ってきて使いきれないなどという日が続く事はありえない。どんなゲームにも終わりがある。そして誰の人生にも終わりが来る。けれど冬に備えてせっせと木の実を溜め込むような生き方はサガンのスタイルではなかった。彼女は手放しで、気分の赴くままに生きた。そして愛を求め、ひたすら書いた。(1996年まで現役で書いていたらしい)そして、持っていたものは全て手放して世を去った。そういう風にしか生きられなかったにせよ、ある種の潔さも感じられる。

見舞いに来た息子ドニと、魂が肉体を離れたサガンが海岸で言葉を交わすラストシーンもさらりとしていて良い。自分の墓碑銘を自分で書いたサガン。
作家としてこれ以上の人生の締めくくり方はないだろう。

コメント

  • 2009/06/19 (Fri) 17:43

    これ、見たいんです。中学生の頃だったか一時期すごくはまって、ほぼ全部読んだのではなかったかと。年若くして世に出て、お金がガバガバ入り、それを湯水のように使い、やりたいことを思うままにやり、そして夭折したい・・・と言うのが10代前半の夢でした(爆)
    それにしてもシルヴィー・テステューさんというのですね、ホントにサガンそのものに見える。37歳なんて信じられないくらい18歳のサガンっぽい。
    この映画、都内3館でしか上映していないんですよね。見たい作品は限られた劇場でしかやってないことが多いです。見ようと思えば行けるけど、近所でやっていてくれたらもっと嬉しい。

  • 2009/06/20 (Sat) 10:59

    Rikoさん、サガンの愛読者だったんですね~。多感な時期にほぼ全部読まれましたか。私はサガンは未読だけれど、若くして世に出て印税で儲け、それをパーっと使って夭折する、というのにはご同様にとても憧れましたねぇ。うんうん。あの頃の人生設計だと今時分は気に入りの都市に一軒ずつ家を持って季節ごとに移り住み、濃緑のジャガーを転がし、時計はブルガリ、バッグはエルメス、季節や気分に応じて恋人を替え、2~3年に1冊の割合で長編を出して、あとは適当にエッセイでも書いて楽々と過ごしましょ、な~んて感じだったんですが…まぁ、会社員もそれなりに面白いのでそれはそれでいいんですけどね。(笑)
    そうそう、ミニシアター系はなんといっても上映館が少ないのが問題ですね。「サガン~」はワタシには見易いところでやっていたので行きましたが、テリトリー外な地域でしかやっていない映画は見ない事になってしまいがちですわ。で、これは伝記映画としては、マリア・カラス物などよりずっと出来が良かった気がするので、気が向いた時にでも平日の昼間にぷらっと銀ブラがてら行かれるのもよきかも、ですことよん。

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