「女殺油地獄」 (おんなころしあぶらのじごく)

~女は魔物、男は子供~
1992年 松竹 五社英雄監督



これも随分前に、樋口可南子が油まみれになっていたなぁ、と漠然とは記憶していたが、本編を見た事はなかった。が、例によって映画チャンネルより流れてきたのを捕獲、観賞してみた。監督の名だけでは見なかったと思うが、この作品には樋口可南子以外にも実はけっこう役者が出ておりまして。岸辺一徳 真一、石橋蓮司に藤谷美和子と、クセモノ勢ぞろいで俄然食指が動いた。五社英雄お約束の「女の掴み合い」シーンもさらっと一箇所あったが夢の中の事に止めて、近松モノですゆえ男女の情念がメイン。でもドロドロ感はあまり感じず、陰影に富んだ映像の中で、二人の魔性の女に翻弄される男の顛末が妖しく美しく描かれている。遺作になった作品ゆえか、五社英雄のいつものギラギラ感はなく、エッセンスだけがスっと染み出している雰囲気の作品。題材のわりにドロドロしていないのは樋口可南子の個性も影響しているかもしれない。



カメラマンの仕事特集の中の1本だけあって、森田富士郎のカメラがとてもいい。江戸時代の景色を束の間、垣間見ている気分になれるシーンがいくつかあった。衣装もいい仕事をしていて、油問屋の女将さんで二人の子持ちのお吉(樋口)の着物は縞模様や渋い小紋。色も藍や紺などかなり抑え気味だが、いい年増っぷりが引き立つような渋いチョイスの着物を着て、細身の体に大振りな髷がよく似合っていた。



樋口可南子は北国の顔だと思う。なんとなく越後系という気がしていたら、やはり新潟の出身だとか。北でも東北とはまた違う。北陸か新潟の雰囲気である。が、顔は越後系なれども今回の役はナニワの小さな油問屋のおかみさん・お吉。このお吉は同業の油問屋「河内屋」の次男坊・与兵衛の乳母でもあったが、成長した与兵衛は立派な放蕩息子に育ってしまった。この与兵衛を演じるのは 真一。さして変っていない感じだがやはり若いし、まだカワイイ。常に赤フンを覗かせて、組みひもで髷を結わいたりして、歌舞いている感じである。


二人の女に振り回される“ど甲斐性無し”与兵衛( 真一

昔は乳をやった幼子がいまや一丁前の男に成長している。彼を目の前にするとお吉はついつい目元が緩む。かわいくて仕方が無いのだ。もちろん昔から知っている小僧だから可愛いのではなく、その小僧が様子のいい男に成長しているから可愛いのである。この放蕩息子与兵衛にお吉は「ど甲斐性無し」と呼びかける。文字にするとかなりキツイ感じの関西言葉だが、樋口可南子はしんから可愛くて仕方ない、という口調で「ど甲斐性無し」と言うのだ。その可愛い与兵衛は女郎から起請文(廓の女郎が客に自分の気持ちが嘘で無い事を示すために書いて渡したもの)を貰ったりして喜んでいたが、今は油問屋元締の娘・小菊に夢中になっている。この小菊は男蕩らしの男好きで生まれは大店のお嬢様だがとんでもないアバズレである。まさに藤谷美和子はドンピシャリ。美和子はその古風な顔つきに髷と着物がよく似合うので、どのカットもなかなかいい感じだった。逢うとその場限りあなただけよの連れて逃げてのと調子のいい事を言うが、カモは時間別に何羽もいる。与兵衛一人にかまけているわけではないのだ。散々男どもと遊び散らかした末に大層な家と縁組が決まって嫁いでいくのだが、その嫁入りの白無垢姿が一番綺麗に映るようにカメラマンも配慮したか、とにかく「お!」という感じに映っていた。




こういう役は秋吉久美子か藤谷美和子か、というところだと思う。(ワタシはこの手のちんまりと淋しい顔だちの小悪魔系女優が結構好きだ)小菊の嫁入り道中は本編中の見せ場のひとつで、様式美に満ちている。男衆がああいうキツネの面を被って道中する風習があったのかどうか知らないが、江戸時代のナニワの豪商らしい空気が出ている。


キツネの嫁入り?

朱塗りの紋入りの籠を船に据えて、川からの嫁入り。このシーンに限らず、昔のナニワは水郷だったので、とにかくどこも川沿いに船で行くのね、という事が映画を観ているとよく分かる。


川沿いの出逢い茶屋

豪勢な嫁入り支度で嫁いでも、小菊はニンフォマニアなので一向に行状は改まらない。とっかえひっかえ日毎に別のセフレを出逢い茶屋に呼び出しては昼間からお楽しみである。小菊が嫁にいった事で、少しまっとうに油問屋の仕事に身を入れようとしていた矢先、与兵衛の前に人妻になった小菊がおこそ頭巾姿で現れる。藤谷美和子、紫のおこそ頭巾姿がキマっている。



小菊にとっては、刃物を出して心中を迫るのも一種のゲームである。勿論心中などはポーズなので、二人は川の傍の小屋で抱き合うわけだが、刃物を握った小菊が与兵衛のふんどしの紐を切るシーンの藤谷の表情が小悪魔全開。結局のところ、小菊がこの世に求めているものは「スリル」に尽きるのだろうと思う。男が好きというよりも、スリルが好きなのだ。退屈な日常に変化を与えてくれるスリルを求めているという感じである。

そして、小菊の昼遊びをやんわりとなじり、与兵衛について釘をさしに来たお吉に、小菊は思い切りな侮蔑の視線を投げかけ「あんたはん、幾つにならはった?…あほくさ。 ア・ホ・ク・サ!」と吐き捨て、あまつさえ、黒塗りの下駄のつま先でお吉の足の甲を踏みにじる。小菊はとうからおためごかしな言動の下のお吉の本音に気付いている。お吉が与兵衛を男として意識している事はお見通しなのだ。年増が若い男に懸想してなんやねん、というわけである。藤谷美和子、涼しい顔で憎々しい。いいですね。二人の女の、静かで表面はニコヤカだが陰湿で険悪な対決である。可南子と美和子、アップの切り返しで火花を散らす。まぁ、髷を掴んで取っ組み合うよりもずっと効果的なシーンだと思う。



足の甲とともにプライドも踏まれたお吉は、ついにある決意をする。理性でずっと自分を押し止めてきた事。小菊から与兵衛を奪い返し、わがものにすることを…。お吉は箪笥から紅絹の襦袢を取り出す。それはお吉がずっと箪笥の中にしまいこんできた「女」の象徴である。いつもの地味な着物の下に紅絹の襦袢を着たお吉は、夫に嘘をついて家を出て、与兵衛を船宿に呼び寄せる。夫にはけして満足していないお吉。お吉を満足させられない夫に岸辺一徳。一徳さんもまだ若い。眠ったような目は相変わらずだが、女房を寝取られたと知り、与兵衛を斬ろうとする面もある。夫は夫でお吉をとても愛しているのだ。一方通行で。そんな逆上した夫をいさめる油絞りの親方に石橋蓮司。出番は短いが、「あ、蓮司だ」とニヤニヤしてしまう。


若い一徳さん


出番は少ないがピリっとしている蓮司

おばはん、と呼んでいたお吉に女として迫られ、抱き合ったが最後、与兵衛はコロリと小菊を忘れて今度はお吉一筋になる。遊んでいるようだが、与兵衛って純情なのだ。これだ!と思ったら毎日でも逢いたい。逢いたくてガマンできない。人目があってもお吉に逢いに来てしまう。お吉は無論、家庭を壊す気はない。ただ、時おり与兵衛と逢えればいいのだが、それはお吉の都合。与兵衛には通じない。思いこんだら一途に惚れる性格ゆえに、若いのと年増と、二人の魔性の女にさんざん振り回される与兵衛。駆落ちを約束しながら、お吉は与兵衛を裏切り、あまつさえ与兵衛に乱暴されたと嘘をつく。女の口先と本音はどこまで一緒なのか、まるきり嘘なのか。



面白いのは、当初は全面的に小菊の魔性について描いているが、ずっと良妻賢母の仮面を被って与兵衛をたしなめてばかり来たお吉のほうが、小菊より数等、関わったら命取りな危険な魔性を秘めていたという二重底の構造だ。前半は一方的に小菊がいかに性悪かという事を見せ続けるのだが、それは後半に明らかになるお吉の魔性の意外性をより引き立てるための釣りなのである。ラストの油まみれの修羅場も、お吉の中の「身勝手な女」が呼び起こした結末でもある。



二人の女に振り回されるど甲斐性無し、与兵衛は 真一でOKだろう。あまりに存在感があっても違和感があるし、ワタシとしては真田広之あたりよりも 真一で正解だったと思う。そして何と言っても樋口可南子vs藤谷美和子という組み合わせ。二人ともどちらかといえば植物的な涼しい容姿で、痩せ型の体から独特の色気を放ってくるタイプ。どちらかでも暑苦しい女優が演じていたらかなり引いたと思うのだが、この女優の組み合わせが大正解だった。ことに大振りな髷の細身な樋口可南子の着物姿は、浮世絵から出てきたようでもあり、夢路の絵から抜け出たようでもある。衣装や風俗などに江戸文化爛熟期の空気が再現され、風景描写もありきたりな時代劇のそれとは一線を画すカットがあって、いろいろな意味で楽しめた作品だった。

コメント

  • 2010/02/25 (Thu) 23:53

    kikiさん
    藤谷美和子ってだれだっけ?と検索した私ですが、顔と歌は覚えてるけど
    出演作がいまいちピンときません。写真によっては大原麗子さんに似てるなと
    思いました。樋口可南子さんもそうですね。糸井重里さんの奥さん。というとああ、と
    (CMは別ですが)思いだすぐらい。
    今まで、ほとんど洋画しかみてこなかったため、邦画は名前や話題は知っててもよく知らないのです。
    kikiさんの幅広い映画歴にはいまさらながら脱帽です。私も邦画みたくなりましたね。

  • 2010/02/26 (Fri) 07:53

    ふうさん。洋画オンリーのかたというのは、藤谷美和子も樋口可南子も、へ?誰?って感じなんですかしらねぇ。へぇ~面白い。
    藤谷美和子。大原麗子に似てると思った事はないけど、そう言われば似た感じもなくはないでしょうかね。彼女はそう代表作と言える作品はないかもしれないけど(結局カルビーのポテチのCMで記憶されるのかしらん)、樋口可南子はそこそこありますよ。何はともあれ、ワタシの邦画記事によって、これまで興味のなかった邦画に興味を持っていただけるならば、それは嬉しい事でございますわ。邦画もなかなか面白いですわよん。

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