「火宅の人」

~三界は安きことなく、なお、火宅のごとし~

1986年 東映 深作欣二監督



「剱岳 点の記」でカツドウヤ魂を見せつけた木村大作がカメラを廻し、自らも火宅の人だった深作欣二がメガホンを取った作品。そして、亡くなった今ともなれば、緒形 ファンとしてはおじいさんになった緒形 よりも、やはり男盛りの緒形 が懐かしい。というわけで、今回は「火宅の人」。

「火宅の人」は言わずと知れた檀一雄の自伝的な小説で、早くに死んだ最初の妻との事を書いた「リツ子・その愛」「リツ子・その死」とともに代表作なわけであるが、映画やドラマの方を先に見てしまったので、もうお腹イッパイな気分になって原作はどちらもまだ読んでいない。多分、この先も読む事はないと思う。「火宅の人」にはドラマ版もあった。映画よりも数年早く連続ドラマ化されていたのだ。こちらの主人公・桂一雄(=檀一雄)役を演じていたのはジャーン、三國連太郎だった。ハマっていた。妻ヨリ子に池内淳子、これもイメージぴったり。だが、愛人の新劇女優・恵子はドラマ版も映画版も不動のキャスティングで原田美枝子である。ドラマの時もピッタリだと思ったが数年後の映画版では更に当たり役としての年季も加わったか、余計にキラキラとして見えた。そして、身に起きる事から目を逸らさず、全てを受け止めて三界の火宅に身を灼く主人公・一雄に緒形 。コブシさんはガっと出る一方じゃなくて受けの芝居もきっちりとやる人なのだ。

蓋をあけてみると緒形 よりも彼を取り囲む女優陣の芝居の方に目がいくのだが、緒形 はある意味受けの芝居に廻って映画を土台から支えている。女優が沢山出てくるが、圧倒的な存在感で凄みさえ感じるのは妻・ヨリ子役のいしだあゆみ。怖くて凄くて、時折かわいく、かなしいほど女だった。




映画の華として愛人恵子には当たり役の原田美枝子、ワンポイントで友情出演的に姿を見せる「美人女優」だった頃の松坂慶子。そして、冒頭、主人公一雄の母役で追憶シーンに登場する檀ふみ。檀ふみはうりざね顔で着物姿が美しく、明治や大正の佳人がとても似合う。(余談だが美人で有名だった森 鷗外の妻しげは、写真を見ると檀ふみによく似た面差だ)神経症の父に暴力をふるわれたりしていた一雄の母は、ある時大学生と駆け落ちしていずこへともなく去ってしまう。両親の不仲と母の駆け落ちが檀一雄のその後の男女観、夫婦観、人生観に深い影響を及ぼした事は容易に想像できる。


美しき母は去りたまいぬ 祖母の役を演じる檀ふみ

檀一雄は戦後無頼派で、太宰 治や坂口安吾の友人だった。映画に安吾は出て来ないが、太宰として登場するのは東映の御曹司・岡田裕介。イメージ的にはかなりピッタリである。ちなみにこの岡田裕介について、子供の頃のワタシは石坂浩二の弟だろうなんて勝手に思っていた。全く関係ないのだけど。また、一雄の父役で石橋蓮司、浅草警察の刑事役で蟹江敬三のクセモノ脇コンビもちらりと顔を見せていた。



無頼派として互いにまつわりながらも「生まれてすみません」の死にたい人、太宰に対して、無意識のうちに生きる事を選ぶ一雄は違うメンタリティに生きる者だという事がよく分かるエピソードが挿入されている。(嵐山光三郎によれば、あまりにとっぱずれた太宰や坂口の前では、檀はいやおうなく常識人を装うほかはなかったらしい)この太宰との思い出に絡む若き日のシーンに中原中也として真田広之がワンシーンだけ出てくる。トレードマークの帽子を被ったおかっぱ頭姿でカストリ焼酎を飲んで暴れ「汚れちまった悲しみに…」なんてやっていた。些か形式的すぎる登場シーンに苦笑するが、まぁいいか。またも余談だが、ワタシ的に中也役は伝記TVドラマか何かで見た三上 博が一番適役だったという印象が強い。何しろもう、顔があの中也の写真にソックリだった。

一雄が火宅に踏み込んだのは、次男・二郎が日本脳炎を発病し、その苦しみから妻が怪しい宗教にすがるようになった事が直接のトリガーだ。家庭の中に出現した地獄…。10年も前から知っていて恋愛感情も持っていた新劇女優・恵子への思いをずっと抑えてきた一雄だが、そんなこんなで遂に彼女を旅行に誘ってしまう。ずっと抑えてきただけに、ただの浮気心とは違うやむにやまれぬものがあり、単なる現実逃避だけでもない。進むも地獄、進まぬも地獄なら、いっそ自分に正直に進んで火宅に焼かれてみよう、という事であろうか。



緒形 の一雄は「放埓に生きる人」というよりも自分の欲望に抗わずに生きるとどういう事になるのかを予期しつつも、それを見定めようとする人、「生きる事にまつわる様々な生臭み」を味わい尽くそうとする人のように見える。実際の檀 一雄もそういう人だったような気がする。さすが「百味真髄」。檀一雄は檀流クッキングで自分の人生も賞味するのだ。



一郎を筆頭とする子供たちが一雄を「チチー」と呼ぶことや、日本脳炎の二郎が「第3のコース、桂二郎さん。二郎さん、飛び込みました、泳いでいます、泳いでいます!早い、早い!」というチチの実況放送モノマネをとても喜ぶシーンなど、子供たちとのシーンについては、なぜかTVドラマ版の印象が強い。それゆえ、映画では知られている事をなぞっているだけのようにも見えた。


「第3のコース、桂 次郎さん」のシーン

が、映画版で凄いのは妻役いしだあゆみの演技。「あなたがなさることは、何でも私、わかるんです」 って、いや?、これは帰ってきたくなくなるよ、という怖さをかもし出しつつ、夫が女と旅行に行ってきたのを知っていて、おやすみなさいと静かに一人布団を被ってから「ウ、ウ、ウ」と激しく泣いたりする。嫉妬のあまりに狂気に近いものを猛烈に抑圧しているという感じがヒシヒシ出ている。それでいて家を外にしている亭主から仕事を手伝ってくれと言われるとイソイソと駆けつけ、女としての媚をちらっと出したりする。いしだあゆみ、上手くて凄い。

 …怖い

一雄が家を出て恵子と逢瀬を重ねるのは、作家の缶詰ホテルとして有名な、あの山の上ホテルだろうと思うのだが、映画の中にもその外観が登場するのが嬉しい。(室内シーンもセットでなくロケだろうか)そして、とにもかくにも原田美枝子はダイナマイトバディを惜しげもなく晒して当たり役を極めている。小柄だけど均整がとれていて、胸は大きいのに他の部分は見事に贅肉がない。ご立派。



何も望まないと言いながらも子供が出来ても産む事は出来ず、次第に苦悩を深める恵子。浅草裏のアパートで同棲しながら、幸せなら幸せなほどいつか来る熱の醒める日を怖れる一雄。不倫は甘く切なく、そして苦しいのだ。そうこうするうち、二人の愛の巣に空き巣が入る。長男・一郎の嫌がらせだ。浅草警察に事情聴取に呼ばれた二人と、一郎を引き取りに来た妻が直接対決。おじけながら挨拶をした恵子の頭を無表情でひっぱたく妻。ひゃー、いしだあゆみ、コワイ! なすすべもない一雄。火宅ここに極まれり。


お怒りごもっとも、なれど、非常にコワイいしだあゆみ

だが、編集者の前でも堂々と痴話ゲンカを繰り広げ、愛人が妊娠した下りを妻を呼んで口述筆記させる一雄の図太さに呆れつつ、そんな泥仕合を公開で行いつつも、その中であがく自分を冷静に眺める私小説作家のありようというのは、やはり尋常ならざるもんだと感心したりもする。檀一雄ってとても男らしい人だったらしい。同じ私小説書きの自分晒しでも島崎藤村の陰湿さとは性質が異なるような印象がある。おまけに緒形 が演じているので、しょうもないオヤジだなぁと思いつつもなんだか憎めない。



紆余曲折の果てに恵子から別れを切り出し、二人の関係は終わる。その途上、一人ふらりと旅に出た檀一雄の旅仲間になるホステス・葉子役で松坂慶子が出てくる。役としては別に必要もないような感じで、この頃交際していたらしい深作がどうしても松坂を出したくて出しちゃった、という感じがしなくもないのだけど、今のドッカリした姿を見慣れると、そういえば、確かに昔はキレイだったのよね、と白くてほっそりした松坂の水中花時代を思いだした。また、この旅のシーンの風景の数々は木村大作のカメラの見せどころでもある。この人はやはり自然を撮って最も活き活きするカメラマンのような気がする。





年末に旅を終え、一銭も持たずに一匹のぶりをぶら下げて家に帰る一雄。
切り口上で受け答えをしつつも夫が戻った事が嬉しくてならない妻ヨリ子。
恵子との仲に秋風が吹き始めた頃に、日本脳炎を患っていた次男・二郎が世を去る。一雄の煩悩を全て背負ってあの世に旅だったような二郎の死。
二郎の病気とその死は恵子との不倫と密接に関わっており、一雄の火宅を構成する大きな要因といえるだろう。

ラスト、石神井公園で子供と遊ぶ一雄を自転車に乗って買い物に行くヨリ子が振り返って
「私、あなたの事はなんでも分かるんです」と言ってニっと笑う。
そんな事言うと、また出て行きたくなっちゃうんじゃないの?と他人事ながら、気になった。
この奥さん、やっぱり怖い。



緒形 は「華の乱」では与謝野鉄幹役で、何をやっても上手くいかない失意の時期の鉄幹を弱々しく演じていた。
「火宅の人」ではマジメに堕落する男を抑え気味に演じ、入れ替わり登場する女優たちの芝居を静かに受けていた。
昔TVから録画したこの映画を再見していたら、途中であの一番絞りのCMが挟まっていた。
「うれしー」というキメのコブシさんのひと言が、ひとしお耳に懐かしかった。

コメント

  • 2012/04/08 (Sun) 23:20

    kikiさん、実はわたくし最近緒方拳にはまっておりますです。きっかけは何だったろうかと考えるんですけど、一番最初に注目したのは、去年日本映画専門チャンネルで放映された「阿修羅のごとく」で八千草薫のダンナ役だったかな。そんなに出演シーンが多かった記憶もないけど、緒方拳の芝居をほとんど知らず見たことがなかったので「ふうん、こんな人なのか」とその大きなよく通る声が印象に残りましたっけ。で、その後の作品を追うこともなく、「復讐するは~」「鬼畜」を見はしましたが緒方拳目当てということもなく純粋に作品そのもの見たさでDVDを借りたように思います。そしてその時は正直あまり惹かれなかったんですけどね。
    では何がいま緒方拳にはまるきっかけになったかというと、チャンネル銀河で山田太一脚本の「タクシーサンバ」というドラマを録画していたものをつい最近見たんですけど、なんでしょう、あのごつい顔が時々見せる笑顔の愛らしさについキュンと(笑)。で、「魚影の群れ」を見てなんちゅうスゴイ俳優さんか、と目からウロコ、もう釘付けでしたねえ。
    そして本作「火宅の人」を見て、ますます熱が上がりました(笑)。これ面白かったですね。深作作品だからかテンポもよくてトントントンっと。
    わたし、映画見たあとに原作読むの割に好きなんですけど「火宅の人(上)」買っちゃいました。映画が気にいると原作読んでるときは俳優を想像しながら読めるので結構のめり込む感じです(田宮二郎に熱を上げていたときは「白い巨塔」「無影灯」で死んでいく主人公を思って泣きました、単純ですね~)。なのできっと小説も拳さんを思い夢中になって読める気がします(笑)。
    緒方拳の魅力とはなんぞやと考えるんですけど、真摯な俳優魂を見る気がします。ハンサムとは思われないけど愛らしい笑顔とじっと見つめる眼差しがいいなと。

    これはドラマもあったのですね。三國バージョンもぜひ見てみたいなあ。原田美枝子はとっても可愛いですね。
    そして壇一雄という人はなんだか憎めない感じがしてしまいます。緒方拳へのひいき目かもしれませんが。もう少し深く知りたくなりました。

    長々と書いてしまい失礼いたしました。あ~、でも周りに「緒方拳ってかっこよくない?」って言っても賛同してくれる人はいなさそうなのでkikiさんに打ち明けちゃいました(笑)。
    あれ、また故人ですね、トホホ。

  • 2012/04/09 (Mon) 00:12

    ミナリコさん。
    遂にコブシさんにハマりましたのねん?ふぉっふぉっふぉ。Welcome!緒形拳はやっぱり良いですよね。えもいわれない愛嬌と凄み。泥臭いようで、物を食べる時など、さらっとしてて食べ方が男らしく綺麗なんですよ。この人は「仕掛人」の梅安も良かったですけどね。もう、とにかく色々と好きでしたわ、うん。映画よりドラマの方が緒形拳らしい作品が多いかもですが、その「タクシーサンバ」観たいんだけど、未見なんざますわ。今はチャンネル銀河が入ってないのでねぇ。それはともかく、チャンスがあったら「とっておきの青春」もぜひ観てください。きっともっとコブシさんを好きになりますよ。で、確かに「鬼畜」は情けないオヤジの役だし、「復讐するは~」は連続殺人鬼なので惚れる、という感じでもないかもですが、連続殺人鬼を演じつつも折々独特の愛嬌がにじむあたりが緒形拳なんですのよね。そして「火宅の人」。檀一夫役はハマってたと思います。ワタシはドラマ版の方を先に見てて、三國連太郎も印象が強かったんですけどね。のっそりと大きな体でそれなりに檀一夫っぽかったかも。うちの母が檀一夫をけっこう読んでて、解説を聞きつつドラマを見ていた気がしますわ。最初の奥さんがリツコと言ってね…なんて。これはドラマ版も映画版も双方良かったと思います。ただ映画版の方は、ゲスト出演みたいな感じで松坂慶子が唐突に出てきたりして、ちょっとねぇ…と思ったけど、まぁいいか。ワタシは檀一夫読んだ事ないのだけど、今読んでもそれなりに面白いかもしれませんね。小説家としては「リツ子その愛」「リツ子その死」と「火宅の人」が有名なぐらいで他に代表作はないですが、それだけで十分かもですね。のちに、日本中を旅しつつ、旅先で土地の人と酒を呑んで、料理を作って振舞い、「檀流クッキング」なんて本も出して、料理の方でも有名になるんですが、本人も男が惚れるような、魅力と男気のある人だったようです。そういう意味でも、緒形拳が演じたのは正解だったかもですね。
    ワタシは少し前に、自分より若い友人と話していて、上司や夫には緒形拳のような人が理想的だわ、と言ったら、あんな人、そうそう居ないわよ~と言われた事があります。コブシさんが良いと言ってサッパリ理解されない、という事はないかもですよ。でも、確かにコブシさんも亡くなって3年ちょっと経ちますね。そういえば、またも故人じゃないですのミナリコさん。ちょっとは現在進行形の人にも目を向けないと…(笑)

  • 2012/04/09 (Mon) 23:18

    kikiさん、わたくしときたらファンの風上に置けませぬね。コブシさんは「緒形」であって「緒方」ではございませんですね(恥)。
    「タクシーサンバ」自体は物語的にそんなにハマる面白さでもなかったのですけど、元エリート商社マンがタクシードライバーになって車に乗っけるお客さんとの交流が描かれるというもので。この初回(全三回)であの愛らしい笑顔を見せられてしまいまして。多分色んなドラマ・映画でもあの笑顔は見られるのではないかと想像しますが、わたしはこのドラマが初めてだったものですからとても印象に残っているというわけです。
    わたしも会社の先輩(15歳以上年上ですが)に緒形ファンになったことを話すと先輩は「豆腐屋の四季」っていうドラマがすごく良かったよと教えてくれて。随分昔の作品なので見るのはかなり難しそうですが、原作となった小説があることが分かり、なんだかわたし好みの貧乏青春もののようです。これも読まねばです、忙しいです(笑)。「とっておきの青春」、初耳です。青春モノに弱いのでかなり気になります。アンテナ張っておきますね。
    壇一雄、男が惚れる男って分かる気がしますね。コブシさんもきっとそうだった気がしますね。女もきっと惚れますね。あんな人が夫だったら、上司だったらもう他に何にも要りません(ほんと?)。

  • 2012/04/10 (Tue) 00:15

    ミナリコさん
    そうそう。「緒形」ですのよ。お間違えなく。(ついでに檀一雄のダンは壇じゃなく檀なのざますわ) タクシーサンバ、3回モノなんですね。機会があったらすかさず観てみるとしますわ。
    コブシさんの笑顔というと、長くやっていた「一番搾り」のCMのシメに「うれしい~」と呟いてにっこりするのも忘れがたいです。コブシさんの「一番搾り」CM、好きだったなぁ。で、その「豆腐屋の四季」は、うちも母が言うんですわ。緒形拳がとても良かったって。でもねぇ、確かそれって緒形拳のTVデビューぐらいな作品で、かなり大昔だろうと思うんですね。モノクロの上にVTRが貴重品という時代だと思うので、殆どNHKにも収録したものが残ってないんじゃないかと。多分、もはや観られないんじゃないかと思われます。コブシさんは豆腐屋のにいさんで、とってもナイスな感じだったみたいです。ワタシが緒形拳を見た一番古い記憶は大河ドラマの「黄金の日々」あたりかなと思いますが、これも若くて活気に溢れた木下藤吉郎時代と、太閤さまになって秀吉の独裁者としての怖さが全面に出る後半と演じ分けていて良かったです。いや~、つくづくといい俳優だったなぁ、と思いますねぇ。上司にしても良いし、亭主にしても良いし、お父さんとしても良いなぁという感じ。「とっておきの青春」などを観ると、こういうお父さんもナイスだなぁ、と思っちゃうんですわ。とにかく、いい感じでしたわ、うん。

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