「太陽がいっぱい」 (PLEIN SOLEIL)

~海は犯罪の香り~

1960年 仏/伊 ルネ・クレマン監督



何を今更、こんな定番中の定番を、という声は百も承知ではございますが、録画しておいた萩原健一の「青春の蹉跌」を久々に見ていて、モロに「陽のあたる場所」に「太陽がいっぱい」を足して70年代テイストで仕上げた感じだなぁと思っていたら、ショーケンがヨットに乗っているシーンで「太陽がいっぱい」を観たくなってしまった。やはりイタリアのまばゆい太陽のもと、野望に翳るアラン・ドロンの青い目を見ている方が夏の気分には合っている。まぁ、もうじき梅雨もあけて夏も来ることなので、季節ものということで。


これは、美形だが、そこはかとなく卑しさのようなものを漂わせるアラン・ドロンの持ち味が出世作にして最大に生かされた作品だと思う。とにかく彼の演じるトム・リプレイは卑しい。金持ちのぼんぼん、フィリップの取り巻きとして太鼓持ちをやり、フィリップの父の依頼で彼を連れ戻して成功報酬を得ようとイタリアにやってきた。ついでに無銭旅行ができる事にほくそ笑んでもいる。フィリップやその金持ち仲間のでぶっちょフレディに思うサマ嘲笑われても、ぐっと堪えて受け流す。人の財布にたかって生活をするというのはプライドを日々踏んづけられる事なのだ。このトムの卑しさと哀しさは、フィリップが恋人マルジュに再会した時に顕著に現れる。抱き合う二人の横で、おどけてBGMでも奏でようと下手なギターをつまびいて歌を歌おうとすると、フィリップからすぐにゴミのように追い払われる。芸のない太鼓持ちは辛い。が、トムには十八番の芸がある。それはフィリップのモノマネだ。



淀長さんの「トムがフィリップに潜在的な同性愛を抱いている事の象徴」という解説で有名な鏡に向かってフィリップのマネをするシーンだが、あれは何度観ても同性愛というよりも、やはり自己愛以外の何物でもない気がする。ドロンが演じているせいもあるが、鏡の中の自分にキスをするトムは泉に映った自分の姿に恋をするナルキッソスそのままである。フィリップの身分と衣服と財産は理想的な自分像を完成させるための欠かせないアイテムなのだ。彼がウットリと見惚れているのは、フィリップの立場になり変った自分の姿なのである。自分の上に投影させたフィリップの姿ではないような気がする。

貧しい出で、金持ちの世界にぶら下がり、コバンザメのように分け前に預かろうとするトム。ドロンの青い目に浮かぶ打算。だけど若いのでまだ可愛い。まさにドロンのための役だが、最初に観た小学生の頃にはフランス人もアメリカ人も「外人」として一緒くただったのだけど、中学か高校の時の2度目か3度目の再見で、ドロンのトムがアメリカ人という設定だという事に気付いて、びっくりした覚えがある。ドロンとアメリカ人ほど遠いものはあるまい。その点では、リメイクの「リプリー」の方が違和感はなかった。マット・ディモンはアメリカの若造以外の何者でもない。



しゃがれ声で憎々しいフィリップ・グリーンリーフを演じるのはモーリス・ロネ。この人もなんとなくアグリッパの胸像的な風貌だ。シーザー顔とも言えようか。たかりのコバンザメなんかどう扱おうと勝手だとばかりに、甲羅干しの刑に処してヤケドを負わせるなどやりたい放題だが、どんな目に遭おうと一向に堪えないトムはマルジュの同情を買う事もできた上、夜中に安物のイヤリングをそっとフィリップのポケットに入れ、痴話ゲンカの元を作ったりする始末。翌日は落ち着き払って一人でカード占いなどしているのである。「リプリー」でフィリップに相当する役(=ディッキー)を演じていたのはご存知ジュード・ロウだが、ワタシはジュード・ロウがどんな風にフィリップを演じていたのか忘れてしまった。この作品ではマット・ディモンのトムがネソっと地味に暗かった事だけが印象に残っている。「リプリー」の方が原作に忠実らしいけれど、封切り時に一度観ただけであまり記憶に残っていない。


モーリス・ロネ

真っ青な海と光り輝く太陽の下、トムの殺意は熟して閃く。デッキでポーカーをしながら、突如、快晴の海の上でフィリップを刺し殺すトム。青春の野望は陽光の下で一瞬、閃くのだ。海にフィリップを投げ込み、何食わぬ顔でモンジベロの港に戻り、マルジュに会う。マルジュの住む港町で市場をうろつく「観光」シーンもあるが、そんな時でもドロン演じるトムは鋭い眼光と暗い顔つきのままである。暗さと甘さ。これこそは初期のドロンを表す二大キーワードだろう。

 殺意の海


市場をひやかしても暗い顔

見せ場といえば、やはりローマのホテルでプロジェクターに映して壁に貼った紙にサインの練習をするシーン。暗い野望に燃える青年以上に若いドロンが引き立つ役はない。そして、何か臭いと感づいたフィリップのデブの友達フレディがローマのホテルに現れるシーンで、トムは目元にチックを起こす。アドレナリンと憎悪が噴出すシーンだ。そのフレディを置物で殴り殺し、夜を待って車まで運ぶ。このデブの重そうなことは半端じゃない。このフレディを「リプリー」ではフィリップ・シーモア・ホフマンが演じていた。嫌味で重そうな感じがピッタリだった。

 くっそぉ、重いぞ

そして、これ一本で永遠に名前が残る事になったマルジュ役のマリー・ラフォレ。マルジュはまさにこの人で文句なし。この人以外の誰のイメージも浮かばない。そしてイタリアの素朴な港町の風景や、ローマの古いホテルの室内、また再々現れる銀行の窓口など、イタリア旅行をしているような気分にもなる。








フィリップの自殺を偽装し、マルジュについに彼を諦めさせたトムは彼女の心の隙間にここぞとばかりに入り込む。マルジュの手にキスをするシーンのドロンの目つきはまさに真骨頂。人生のかかった一本の映画の中で、観客を鷲掴んだ瞬間である。人の財産と人の女を全て横取りし、陽光の中、海辺で人生最良の瞬間を満喫するトム。だが、カタストロフはすぐ背後に迫っている。全てを手に入れた次の刹那には全てを失う。青春の野望に蹉跌はつきものだ。そんなトムの挫折を、ニーノ・ロータのメロディが甘く憂わしく感傷的に包む。最初から最後まで間然するところがない。完璧な幕切れだ。



昔、TVの洋画枠で観た吹替え版の「太陽がいっぱい」はお馴染み野沢那智の声で、ラストシーンのトムはデッキチェアに寝転んでこう言っていたような記憶がある。「あぁ、太陽がいっぱいだ…きもちがいいな」と。ところが、字幕版で観てみるとラストのトムのセリフは「…最高だ」の一言である。今は「最高だ」だけの方がスッキリしていていいような気がするが、字幕版を初めて観た時には「太陽がいっぱいだ」と言わないなんて…とちょっと拍子抜けしたりした。子供の頃に吹替え版で馴染んだ映画には、たまにこういう事がある。

コメント

  • 2009/07/07 (Tue) 01:15

    kikiさん、こんばんは~。
    アラン・ドロン作品の中で一番好きです!
    「生きる歓び」も「若者のすべて」も「地下室のメロディー」もいいけれど、この「太陽がいっぱい」のドロンがやっぱり一番美しいんですよねえ。彼の青い瞳が如何なく発揮されてると思います。
    モーリス・ロネもいいんですよねえ。彼は「死刑台のエレベーター」が一番好きだけど。
    ちなみに淀川さんはこの作品の「同性愛」について指摘してましたが、私もkikiさんと同じく、この作品にその匂いは感じませんでした。むしろ、トム・リプリーの野望。アラン・ドロンはこういうのピッタリですね~。

  • 2009/07/07 (Tue) 21:54

    ワタシ、けっこう「サムライ」とかも好きですけどね。これはやはり別格的作品でしょうね。文句のつけどころがないですしね。何年かに一度は観て、ラストに「あ~」という気分になりますね。モーリス・ロネは「死刑台のエレベーター」もありましたね。アルジェの英雄とかで眼光鋭いのに、あの間抜けっぷりはどういうこと?みたいな。シリアスなんだかそうでもないのか分からないけど、妙にスタイリッシュな映画で印象的でしたね。マイルス・ディヴィスが流れて。そして、やはり同性愛ってのは深読みのしすぎでは淀川さん、て感じですよね。確かにフィリップの服を着まくるあたりに、ちょろっとほのかにそんな気配も感じなくもないのだけど、もう野望と自己愛の方が激しすぎて目立ちませんわね(笑)

  • 2009/07/08 (Wed) 08:59

    こんにちは。良い作品ですよね~。ラストシーン,トムは確かに犯罪者だけれど,「捕まらないで欲しい」と願ってしまいます。彼の必死さが愛おしくて。アランドロンは常にハンサムだったけれど,この太陽がいっぱいでの彼は,彼自身の俳優としてのハングリーさとトムがシンクロして,特別魅力的だと思います.“冒険者たち”や“ゾロ”も好きですけれどね.

  • 2009/07/08 (Wed) 09:18

    初めてTVで「黒いチューリップ」でアラン・ドロンを見た時(小学生でした) 「ふ~ん、これが世界一ハンサムな男? それほどでも~」 なんてね(笑)
    その後見た「太陽がいっぱい」で、もちろんその美男ぶりに目を奪われるわけですけど。でも明るい二枚目じゃない。卑しさ、野望、わたしは彼の頬のこけ具合(頬骨の出ぐあい)に、余計そう見せるものがあると思うんですよ。25歳にしては老けて見えなくもない。もちろん生まれもそういい所ではなかったみたいですけどね。私もアラン・ドロン=野沢那智ですよん。
    映画は、もちろんストーリーの面白さ(何度見てもラスト、あぁ~完全犯罪が~ と思わされてしまう)、ニーノ・ロータの名曲、キャスティング、ほんと完成された別格の作品ですね。
    トムとフィリップの関係、トムのナルシストという見解は当たってると思いますよ。でも同性愛的な匂わし方が多少あった方が、やっぱり面白いかなとは思います(笑)。マルジュもそんな二人にヤキモキしてたような場面があったような。そういえば、マリー・ラフォレ、この時たしかまだ18歳だったんですよねぇ~。あのファッションも雰囲気も素敵な女優だったけど、他に代表作はなかったんでしたかね。
    ドロンの作品は「サムライ」ももちろん、「冒険者たち」「さらば友よ」なんかもよかったです。ダーバンのCMなんかもなつかしいけれど、70年代のドロンはすでに中年の影がさしてきて、それが渋くて良いとの声もあったようですが、私は今一つ夢中になれなかったかなぁ。ですので60年代までがベスト。あ、でも私がせっせと映画雑誌を講読してた70年代前半はまだまだドロン人気は高くて、ブルース・リーが出てくるまではずっと人気投票一位をキープしてましたよ。同じ頃人気のあった元奥さんのナタリーはどうしてるんでしょうね? そっくりな夫婦といわれてたんですよね。

  • 2009/07/08 (Wed) 23:36

    tamaさん。そうですね。この役はなんとか這い上がろう、のし上がろう、とカンヌをうろついていた若きドロン本人の野望とダイレクトに直結するムードなのが、尽きせぬ魅惑の源なんでしょうね。シンクロしますよね、本人と。それにしても、つまんない作品じゃなくて、こういう後々に残っていくようなエポックな作品に出られてしまうところが彼の引きの強さというもんでしょうか。成功する人間は引きが強いですね。俳優になる前、アルジェでは外人部隊に入って狂気のように人を殺しまくったらしいとか、スターになってからもボディガードの死に関与していると言われたり、後ろ暗い噂の尽きなかった人なので、まぁ、余計にパスポートを偽造するシーンの手つきの良さなど、なんか説得力ありげに見えますね。そういう後ろ暗いものと、若さから来る容貌の甘いロマネスクが混在しているのが、また「太陽がいっぱい」の魅力ですよね。

  • 2009/07/08 (Wed) 23:52

    ジョディさん。「世界一」ハンサムとかそういうんじゃないな、という気はしますね。でも、一時期日本ではアラン・ドロンでなければ夜も日も明けない時期があったんですからねぇ。前にも書いたけれど、うちの母なんてドロン大好きでしたから、ほんと。ドロンの映画はいくつか好きなのありますよ。「地下室のメロディ」とかもスタイリッシュで好きだなぁ。「ゾロ」も良かったですわ。で、思うにこのトムという上昇志向の強い、暗い野望の男、というのはけっこうベイル氏でもいける設定じゃないでしょうかね?どうせリメイクするならマット・ディモンじゃなく、ベイル氏がトムを演じてドロンのラインを踏襲しつつも新しい味付けで作ってみるというのでも案外面白かったかも、という気はしますよ。持ち味的にはベイル氏はトムでOK。(お坊ちゃまより野望に燃えた貧しい青年とかの方が似合いそう)ジュード・ロウとの顔合わせでけっこう面白かったかもですね。でも、「リプリー」では、マット・ディモンの冴えないモサ男のトムが、きらきらしいジュードのフィリップに同性愛に近い強い憧れを抱くというようなニュアンスがキャラ的にかなりちゃんと成立してたような印象はありますね。ドロンのトムは他人なんか愛さないもの。鏡の中の自分を永久に愛するんだもの。そういう奴だもの。ふほふほふほ。

  • 2009/07/09 (Thu) 23:30

    えぇ~っ? クリスチャン・ベイルのトムとは・・・考えてなかったわ~(光栄です)。そりゃもう、彼の役に対する集中力、理解力、咀嚼力は凄いですからねえ、卑屈だけじゃないトムの魅力を引き出してくれるのは間違いないかも! なんて想像ずるだに楽しくなりますね~。 うふふん♪
    たしかにセレブな役はどうもお尻がムズムズしちゃいます(笑)  もうすぐ公開の「3時10分 決断のとき」では貧乏な牧場主、ラッセル・クロウとの男の友情もあったりして結構おもしろそうですよ。
    「リプリー」といえば・・・最初ジュード・ロウが出るというので、てっきりトム役かと勘違いして~(ハハハ)ならばフィリップは誰あたりでしょうね? う~ん。
    ドロンのボディガードの死にまつわるスキャンダルとか、昔雑誌で詠みましたね。アメリカへ渡ったけれど、ただJ・ディーンに似ているだけの男優、といわれて結局アメリカ進出はならなかった、とか。
    目はあれだけ青いのに、ひょっとして前世は日本人だったのかも、とふと思わせる時があって、そう感じるのは私だけかなぁ。日本で高い人気があって親日家で、だから自然とそう感じちゃうのかしら。


  • 2009/07/10 (Fri) 00:13

    ジョディさん。ベイル氏は善人とか正しいヒトなどを演じるとマジメでまともでお地味になってしまうので、ちょっと悪い奴、野望メラメラのクセのある奴とかを演じると誰にも食われずにいけるかもしれませんよ(笑)トムがベイル氏でもフィリップはそのままジュード・ロウでOKでは?顔合わせ的にもなかなかいい感じだし…って、全く取らぬタヌキのナンとやらですね。にょほほほ。
    ドロンはアメリカ進出を何度か試みたけど、うまく行きませんでしたね。「エアポート'80」などにも出たりしたけど作品もまずくて当らなかった気配。アメリカで受ける個性じゃないですわね。彼の人気はやはり欧州と日本で支えていたんだろうと思われます。その昔、14歳だったコマネチが「アラン・ドロンがタイプ!」と言っていたのを思い出しますわ。ともあれ、日本人はなんであんなにドロン好きだったんでしょうねぇ。本国フランスでもベルモンド人気の方が高かったというから、誰よりもドロンを愛したのは本当に日本人かもしれませんね。前世は日本人じゃないの?という俳優だと、昨今ではリチャード・ギアもそんな気配ですが、ドロンは元祖日本大好き俳優ですね。彼は野心家らしく、俳優と二筋道でやってきた事業も成功しているようで、いまやどちらかといえば実業家の側面が強いですよね。でも俳優としてのドロンは、やはり後ろ暗いムードとひやりと青いナルシスティックな目が独特の存在感で、なんだかんだ言ってもエポックを作った人だと思いますわ。あと唇の形も結構好きかも、です。大好きっていうわけでもないけど、なんとなく好きですね。だってやっぱりアラン・ドロンですもの。ふほ。

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