「扉をたたく人」 (THE VISITOR)

~心の震えを取り戻す ということ~

2007年 米 トム・マッカーシー監督



トレーラーを観たかぎりではさして引っ張られなかったのだけど、案外良いらしいという評判は漏れ聞こえてきていたので、終了しないうちにと恵比寿ガーデンシネマにて観賞してきた。とにかく主演のリチャード・ジェンキンスの演技に尽きる映画。心を閉ざした偏屈者の教授が音楽を媒介に再び人間性を取り戻していく様子が静かに丁寧に描かれている。監督は俳優のトム・マッカーシー。監督のトムも、主演のリチャード・ジェンキンスも、顔は知っているが名前まではチェックしていなかった俳優だったが、いや?今回、しっかりと覚えさせていただきました。

梗概:妻を亡くして以来、心を閉ざす孤独な男が、ひょんなことから出会ったジャンベ(アフリンカン・ドラム)奏者との友情を通じて次第に本来の自分らしさを取り戻していく姿を、9.11以降非常に厳格な措置を講ずるようになったアメリカの移民政策を背景に綴る。(all cinema onlineより)

というわけで、コネティカットの静かな家で一人暮らし、妻の遺品のピアノをなんとか演奏できるようになろうとピアノ教師に来てもらうものの、一向に上達もしないし、毎度教師の教え方に嫌気がさしては別の教師を探す、という事を繰り返しているウォルター(リチャード・ジェンキンス)。前半は、彼が非常に偏屈で非妥協的で非寛容で協調性がなく、仕事も「やっているフリ」だけで形骸的にやり飛ばし、他人との関わりを極端に避けて偏屈に暮している様子がテンポのいい編集でしっかりと伝わるようになっている。リチャード・ジェンキンスの容姿がまた役にあまりにもピッタリで、何も説明を聞かなくても一目で偏屈で心を閉ざした大学教授だと分かる感じだった。



妻の死後、なるべく余計な事で手を煩わさず、面倒事を徹底的に避け、人との接触を最小限にして一人で生きてきたこの先生が、あれこれとゴネてみたが、NYで行われる学会に出席して講演しないわけにいかなくなり、コネティカットから車でNYに来るハメになる。NYには以前住んでいた時に買ったアパートがあるのだ。先生がキャリーバッグを引きずって部屋に入ると、何故か人の気配がする。風呂の戸をあけると、バスタブには真っ黒な女が浸かっていて先生を見て金属的な悲鳴をあげる。こっちが悲鳴をあげたいよ、という感じだが、そこに間髪を入れずに女の亭主が飛び込んできて先生にとびかかる。先生はとにかく誤解されて危害を加えられたら大変だと思って懸命に自分が所有者だと説明する。男は自分の方が招かれざる客である事に気付く。この導入部は上手い。先生はあまりの事にたまげて偏屈癖を出している暇もないわけである。

正統な所有者が戻ってきてしまい、いい加減な仲介者のせいで不法侵入者になってしまった自分たちは不法滞在の移民である。通報されたらひとたまりもないので移民カップルはおとなしくその夜のうちに荷物をまとめて出て行く。男はシリア人、女はセネガル人だ。大荷物で行く当てもない上に、セネガル人の女房はけっこう我儘で気難しい。先生はじっと部屋の窓から道路を渡っていくカップルを見る。これまでだったらやれやれ厄介なものを追い出した。長い間部屋をあけておくと何が起きるかわからない、とぶつくさ言いながら管理会社にでもクレームを入れるところかもしれないが、先生は行く当てもなく商店の店先で知り合いに電話をかけているカップルのところへ自ら歩み寄るのだ。

面白いのはコネティカットでは生徒にも情け容赦なく、同僚とも付き合わず、ピアノ教師はすぐにクビにして些かも省みなかった先生が、この移民カップルには最初から譲歩的であるというところ。何が彼のルールを変えさせたのだろう。シリア人タレクの善良な人柄が、ごく最初の段階でなんとなく伝わったからだろうか。先生が何か言うよりも先に急いで荷物をまとめて自ら出て行ってしまったからだろうか…。それにしても見知らぬ他人に勝手に部屋に入り込まれていただけでもウンザリだろうのに、先生は難儀をしている移民カップルを結局泊めてやるのである。真っ黒なセネガル人の女房は先生が苦手らしく、先生の(彼にあるまじき破格の)好意に預かっているのにも関わらず、あまり感謝をしている風もなく、先生を苦手として常に猛烈に警戒している。やれやれである。


警戒心が強く、ビリビリした奥さん ゼイナブ

この真っ黒な女房がとてもビリビリしているので、夫のタレクの人柄の良さがより一層際立つようにもなっている。シリア人という設定だが演じているハーズ・スレイマンはレバノン出身らしい。映画の後半でこのタレクの母としてイスラエル出身の女優・ヒアム・アッバスが出てくるのだが、若い頃はさぞ美しかったろうと思われる鼻筋の通った彫刻のような顔立ちをしていて、改めて中東の人は彫りが深いなぁと再認識した。同じ第3世界でも(こういう言い方は語弊がありそうだけど)中東の男とアフリカの女のカップルというのも、いかにもNYならではだなという気がする。ビリビリしたセネガル人の妻ゼイナブを演じているのはジンバブエからの移民二世のダナイ・グリラ。アメリカの生まれ育ちらしいが、アフリカからやってきて、街角で自作のアクセサリーを売って生活費を稼いでいるアフリカ女性の雰囲気がよく出ていた。ちりちりの髪を思い切り短くしたヘアスタイルに、大きなイヤリングと襟を立てたコートがよく似合っていた。



この女房はウォルターに警戒心を解かないが(人に慣れない野生動物のようだ)、人懐こいタレクは、彼の生計の道具でもあるジャンベ(アフリカン・ドラム)に興味を持ったらしい先生に、叩き方を教える。ひそかにタレクのジャンベを叩いていたところを彼にみつかって驚き恥ずかしがる先生。リチャード・ジェンキンス、かわいらしい。叩き方を教えるよというタレクに従って彼の言う事に子供のように耳を傾ける様子や、何年も同じ講義を生徒たちに情熱もなく繰り返してきた彼が、人に物を教わる事の楽しさをこの年になって味わえる喜びを感じている様子なども非常にびんびんと伝わってくる。さすがに各方面から絶賛されただけあって、リチャード・ジェンキンスのいぶし銀の演技力がところどころで光っている。学会の会場に程近いセントラル・パークのベンチでランチを済ませ、公園の片隅で移民と思しき人々がバケツをひっくり返したものをリズミカルに叩いているのを間近で聞く先生。偏屈な顔をしながら体や首がリズムに勝手に乗り出す様子も微笑ましい。先生は楽器を演奏する事に長年憧れていたのだ。ピアニストだった妻が死に、どうしてもピアノは上達しない。が、ジャンベならなんとかなるかもしれない…。タレクにジャンベを教わりつつ、夜、店で演奏するタレクの演奏を聞きに行くのが習慣になる。ジャンベを間にしてタレクと先生は急速に近づいていく。そんなある日、二人で公園で演奏した帰りに地下鉄の改札でトラブった際に、タレクは有無を言わさず警察に引っ立てられてしまう。忌まわしい9.11以降、中東系の移民に対する当局の対応はヒステリックなまでに問答無用になっていた。彼の逮捕を知り顔を曇らせる妻ゼイナブ。だが自らも不法滞在である以上面会に行くわけにもいかない。先生は入国管理局の拘置所に移されたタレクにせっせと面会に行き、自腹を切って弁護士さえつけてやるのだが…。



というわけで、涙ぐましい先生の尽力は実るのかどうなのか、というところであるが、タレクもゼイナブも、先生のありうべからざる好意を当り前のような顔をして受け取り、自分の不幸だけで目一杯になって、先生は自分を助けてくれるのが当り前だ、だってこっちはこんなに不幸なんだもの、というような態度になってくるのがちょっと見ていて引っ掛かる(タレク、お前もか みたいな)のだが、それだけリアルでもあった。突如災難が身に降りかかったら、人を思いやる余裕など、どんな善良な人間でも失くしてしまうのかもしれない。あまつさえ、そろそろ大学に戻らなくてはならない先生の前にタレクの母まで現れる。この母が前述の通りタレクのうんと年上の姉と言ってもいいぐらいに一見若くて綺麗なので(アップになるとかなりのシワだが…)、観客も「おや?」と思うが先生も「おや?」と思うわけである。だが、正直、この母親が登場する前までの展開がワタシとしては好ましく、母親登場後はやや映画としての面白みがダウンしてしまったような印象もあるのだけど、ずっと一人で硬直してきた先生にちっとぐらいロマンスがあったってバチは当らないわけである。心の震えを取り戻すということ、それは心が柔らかくなって、恋愛もできるようになるということだ。


タレクの妻(左)と母(右) 母はなかなかの美人

この母親登場のあたりになると、先生には偏屈だった片鱗はカケラもなくなっていて、もはやすっかり頼まれないのに世話を焼く、お人よしのオッサンと化している。

…紆余曲折あってのち、NYの地下鉄の駅のホームでジャンベを膝の間に抱え、様々な思いを叩き付けるように激しくビートを打ち鳴らす先生の姿で幕。9.11後のアメリカの硬直を背景に起きつつも、やたらに全面的にヒステリックにそれを攻撃するというのではなく、さらりと描いているのも良かったかもしれない。あまり熱く批難するようなシーンが多くても却って逆効果にしかならぬものだし…。

それにしても、あのテロ事件以降のアメリカにおける中東の人々の受難は言うに言いがたいものがあるに違いない。映画で観ている分にはいいがアメリカという国に1ミリの憧れも無く、行ってみたいなどと一度も思った事のないワタシからしたら、なんでそんなにまでしてアメリカなんかに住みたいの?と思わないでもないのだけど、それは移民として他国に住む必要に迫られずにとりあえず生きていかれるからなのかもしれない(有難いことに)。いずれにせよ、今日も明日もあさっても、グリーンカードを巡る悲喜こもごもは後を断たないのである。

ともあれ、この作品は前半がとても良かった。狷介になり、世捨て人のように生きていた先生が、ジャンベを演奏するという行為を通して、人間らしい感情の潤いを取り戻していくさまを、リチャード・ジェンキンスのきめ細かい表情の変化で繊細に綴っていく。見知らぬ人といきなり太鼓を叩いてセッションできるようになったら、もう大丈夫。どこででも溶け込んで生きていける、という感じがする。

それにしても、先生はどうやってその後を生きていくのだろう。なんか家を売って大学を辞めて中東へ旅だってしまうんじゃなかろうかと懸念されたりもするのだけど…。一度しかない人生だから、それもまたよし、かもしれないですけれどね。

コメント

  • 2009/08/01 (Sat) 02:43

    良かったですよね。リチャード・ジェンキンス。彼にオスカーをあげたかったです。だって、彼が「主演男優賞」でノミネートされるなんて、今後なさそうじゃないですか。ショーン・ペンなんて、これから何回でも取れそうなのに・・・。
    タレク母の役の人は「シリアの花嫁」という作品にも出ています。こちらもいい作品でしたよ。

    そして、私もkikiさんと同じく、ウォルターがシリアに行けばいいんじゃない、と思ったクチです・・・。

  • 2009/08/01 (Sat) 09:06

    mayumiさん。確かにリチャード・ジェンキンスが主演男優賞でノミネートされるというのは今後はもう無いかもしれませんね。それがちょうどショーン・ペンが一皮剥けた演技を示した時とぶつかってしまったのがちっと運が無かったかもですね。でも初主演作がかなりの好評価というので彼にしてみれば十分嬉しかったかも。
    タレクの母役の人は、老けメイクをしてるんですかね。それとも他作品でもあんな感じですか?まだ40代らしいけど随分シワがあったなぁ。そしてラスト。やはり、思う存分太鼓を叩いた果てに全てを処分してシリアに行く事になるんじゃないですかねぇ先生は。どうもそんな感じがしますよね。(笑)

  • 2009/09/12 (Sat) 19:56

    こっちはやっと公開で、本日観て来ました。
    結構クスッと笑える場面多し。
    ワタシはアメリカ、まぁNYに恋焦がれていたので街並を見るのだけでも良し!なんですが。笑
    先生が声を荒げて言ったセリフに、大きなテーマがありましたね。
    それにしても、いとも簡単に偏屈性格が直るなんて!音楽って素晴らしい~のね。笑
    これはなんとなく秋に観たい作品でした!グッド!

    • 吾唯足知 #uqr/pqJA
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  • 2009/09/13 (Sun) 00:30

    そちらでも公開になりましたかいな。こっちでもまだやってるみたいよ。あの先生、かわいらしかったよね。そうそう、吾さんはアメリカ(NY)好きよね。あまり海外旅行してないのに、NYにだけは行ってるぐらいだもんね(笑)ワタシは映画で観るだけで沢山。お腹いっぱいなりよ、アメリカは。ふほ。
    それにしても、ああいうワールドミュージックが演奏される場所としてはなんつってもセントラル・パークなんだろね~。そして、言葉は要らない、の典型的な世界だよね、音楽って。

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