「いつか晴れた日に」

~そして待ちわびた春~
1995年英・米 アン・リー監督



原題は「分別と感性」 もう、とにかくジェーン・オースティンである。監督のアン・リーは名前だけだと女性のようだが、台湾出身の映画監督。(この人についていまさら説明するのもヤボかもしれない。)前に「ホテル・スプレンディッド」の記事でも少し引き合いに出した「飲食男女」という映画も彼の台湾時代の監督作品である。これは欧米進出1本目。しかし、台湾人の監督が撮っているとはにわかに信じられないほどに18世紀イギリス風味の横溢する画面である。絵画的で、色彩設計が非常に見事。まるでフェルメールの絵でも見ているかのような柔らかい陰影に富む美しい映像で、こういう光はアジアにはないなぁ、と痛感させられる。

お話もモロにオースティン的世界で(当たり前)、土地家屋は全て長子相続であったイギリス18世紀。長男とは腹違いの3姉妹は父の死とともに、にわかに生活の激変に晒される。住んでいた屋敷を追われ、田舎のコテージを借りて、父の遺言もむなしく減らされた年金で慎ましい生活を送る日々となる。力ない母を支え、情熱家の次女と、まだ幼い三女を見守りつつ、必死に家を切り盛りする長女エレノア(エマ・トンプソン)。この姉が"分別"で、激情家の奔放な妹マリアンヌ(ケイト・ウインスレット)が"感性"である。分りやすい。ジェーン・オースティンだから。 このエレノアを演じているエマ・トンプソンが自ら脚本も書いている。それほどやりたかった企画という事なのだろう。長女役でも少し薹(トウ)がたって見えるけれど、それは言わないお約束。ケネス・ブラナーと結婚していただけのことはある才女。顔も長いが才能も人一倍である。…本題に戻る。

エレノアは、腹違いの兄の嫁の弟(ややこしいな)エドワード(ヒュー・グラント!首なし)とほのかに心の交流を持つが、田舎への引越しとともに疎遠にならざるを得なくなる。いっぽう、田舎に引っ越して早々、次女マリアンヌは退役軍人のブランドン大佐(アラン・リックマン)に見初められるが、ふとした事で知合った若い二枚目ウィロビーに夢中になる。そりゃこんな若い娘がいきなりくたびれたオヤジには向かわない。若くてブリリアントな二枚目にコロリと行くのは当然である。この映画でのケイトはまだ、肉付きも薄くて、なかなか可愛い。常に体の内側で情熱の火が燃えているような次女を好演している。そして、いい年をして、ピアノを弾きながら歌う彼女を見初めてしまうブランドン大佐を、アラン・リックマンがくたびれと品のないまぜになった静けさでこれまた好演している。情熱を封印してきた男が、自分にないものを持っている相手に、理屈ではなくあっという間に惚れてしまった、という感じがよく表現されている。彼は、マリアンヌの気持ちが自分にないことを知りつつも、ずっと彼女を見守りつづける。ウィロビーとの恋愛にうつつを抜かす彼女を、じっと見つめる静かな視線がほろ苦い。彼のそうした姿には、過去の恋愛での後悔が潜んでいる。見た目的には、この大佐と長女がお似合いなのだけど、人生、そうは都合よく物事が運ばないのである。

そして、母とともに厳しい家計のやりくりに追われるエレノアが、ふと恋に輝く妹を羨望をこめて眺めてしまうシーンでは、ずっと心の奥底に押し込められてきた彼女の憧れが表出する。彼女にも想い人はいる。けれど、それはほんの微かな交流で、何も約束したわけではない。相手の気持ちも本当のところはわからない。何もかも放り出して逢いに行くことができればいいが、この立ち行かない生活を投げ出して出て行くわけにもいかないし、第一、相手の気持ちがわからないのにどうにもこうにもしようがない。恋愛に一喜一憂する妹を脇に、彼女は生活に明け暮れ、そして一人になった部屋のベッドに腰を下ろすと、一人静かにうなだれる。辛いことは山積みなのに、それをむきつけに言葉には出さず、常に穏やかな微笑(少し諦めもまざっている)を浮かべて人にやさしいエレノア。慎みとは、こういう事である。ワタシにはなかなか、身につかない。

同じく慎みといえば、マリアンヌの恋人であるウィロビーが、見た目だけの女たらしの無責任男であることを知っていながら、この時点ではあからさまにそれを言わず、幸せを祈る、彼がそれに値するだけの男であればよいが…、と物静かにエレノアに語るブランドン大佐のそれも、印象深い。何事も思ったままを言えばいいものではないのだ。勉強になるなぁ。でも、ワタシには出来そうもない。またも越えられぬ壁である。
そして、全く性格が違う姉妹だけれど、お互いを思い遣るエレノアとマリアンヌの姉妹愛もじんわりとしていて、よく伝わってくる。片方だけでは不完全、二人そろって一人の人間のような個性の極端な姉妹。

その後、マリアンヌの恋が二転三転している間に、エレノアの方は、途中からエドワードと婚約していたという女が現われるなど、前途多難な様相を見せてくる。そしてこの映画でのヒュー・グラントのもっさりしていることと来たら、なんだか笑ってしまうぐらいである。飾り襟のついたブラウスが、その首をとみに短く見せる。いつも微かに困惑したような表情でぼわーっと立っているので、はっきりせんのか、この間抜け、と言いたくなってしまう。そして、彼は若気の至りでした婚約を守ろうとし、財産を失い、家族からも見放されてしまう。そういうエドワードの前で、必死に自分を抑えてブランドン大佐からの仕事の話をするエレノア。一方、マリアンヌは紆余曲折の果てに落ち着くべきところに落ち着く。そして、もう全ては終わってしまったと思っていた姉のエレノアにも、ある晴れた日に、福音が訪れる。

最後の最後にずっと抑えてきた感情をほとばしらせるように激しく泣き出すエレノア。耐えに耐え忍んできた人が、ついに思いかなって流す涙は清々しい。ワタシの目にも思わず一粒の涙がにじんだ。

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